大ブーム『おどるポンポコリン』秘話 織田哲郎「誰もそんなに売れるとは思っていなかった」
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【織田哲郎 あれからこれから Vol.34】
『ちびまる子ちゃん』の曲を作るにあたり、まず漫画を全巻読みました。特に強かった印象が“ピュアさ”と“奇妙さ”で、その2つの要素をそれぞれ曲にしようと思いました。
結果、“ピュアさ”は『ゆめいっぱい』というオープニング曲になり、“奇妙さ”は『おどるポンポコリン』というエンディング曲になったのです。
『ゆめいっぱい』は子供らしい勢いとピュアさ、そして漫画の中にずっと流れている“ノスタルジア”を感じられるように作ったつもりです。
『おどるポンポコリン』はなんせ“奇妙さ”がテーマなので、やりたい放題です。リコーダーは私がちょっと下手っぽく吹いて何本も重ねたり、ピーヒャラピーヒャラという
コーラス部分はメインがボコーダーで、それにまた私が何十本もオペラ声を重ねたりと変なことばかりやっています。
そしてなんと言っても、さくらももこさんが天才的としか言いようのない素晴らしい歌詞を書いてくれました。そこに坪倉唯子と近藤房之助という超実力派が
徹底的に本気で遊んで歌ったわけです。このチームはデビューにあたり「B.B.クイーンズ」と名付けられました。「とても面白いものが出来たなぁ」とは感じていましたが、
私を含め誰もそんなに売れるとは思っていなかったと思います。
今でこそアニメのタイアップがヒットするのは普通な気がしますが、当時例えば『サザエさん』の主題歌はみんな知っていてもいわゆる“ヒット曲”とは違うわけです。
だから私もあくまで主題歌として良いものを作りたいとしか考えていませんでした。
ところが1990年1月から、いよいよ『ちびまる子ちゃん』のアニメが始まり、4月に『おどるポンポコリン』がリリースされると、あれよあれよという間に
ブームになっていきました。気がつくと、当時大流行していたカラオケボックスで、女子のみならずおじさんたちの歌うポンポコリンが響き渡るという、
正直「一体何が起きているんだ、これは?」という感じの状況になっていきました。結果的に『おどるポンポコリン』は1990年レコード大賞を受賞しました。
この年は他にB.B.クイーンズの第2弾シングル『ギンギラパラダイス』と『君にコケコッコー!』、南野陽子さんに『KISSしてロンリネス』、
田村英里子さんに『虹色の涙』、そしてレッドウォーリアーズが解散したばかりのダイアモンド☆ユカイくんに『DIRTY HERO』などを提供しましたが、
今後自分が果たして音楽を続けていくのかどうかはまだ白紙の状態でした。
■織田哲郎(おだ・てつろう) シンガーソングライター、作曲家、プロデューサー。1958年3月11日生まれ。東京都出身。現在「オダテツ3分トーキング」を
YouTubeで配信中(毎週土曜日更新)。
「織田哲郎ライブ・ツアー2019」は10月19日(土)=大阪・BIG CAT▽20日(日)=名古屋・ReNY limited▽25日(金)
=東京・日本橋三井ホールで開催する。詳しくは公式サイトt-oda.jpへ。
夕刊フジ
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190910-00000004-ykf-ent どーせラリって書いたんだろうな
普通の状態ではこんな歌詞は浮かばない ピーヒャラ〜は歌詞入れる前のデモテープに使われてたのを
さくらももこがそのまま採用したらしいな 坪倉唯子がOVAメガゾーン23のエンディングを歌ったとのデマが昔から流れていて
メガゾーンファンとしてはちょっとイラっとくる 坪倉はポンポコリンがあんなに売れるとは思ってなかったから買取にしてしまって歌唱印税もらい損ねたらしいな ミケがレコード大賞取った翌年に最優秀新人賞取ったんだよな >>20
曲ができた後にそれに合わせて作詞したんだろ 時代がおかしかっただけ
ダウンタウンやとんねるずやウンナンの曲も馬鹿みたいに売れてた
今どんな人気芸人がいようがCD出しても売れない >>25
デモテープに鼻歌とか仮歌入ってるの普通じゃね
そういう話でしょ? >>9
織田は「詞先(詞に曲をつける)だと思い込んでたがさくら先生は曲先だと言ってた
それぐらい自然にできた曲」というようなことを言ってたな あれ?織田哲郎だったの?BBクイーンズじゃないのか
歌詞はさくらももこってのは知ってたが
織田哲郎って凄えな >>21
超いい声だよね、あの人
カバーのやつはタッタタラリラのとこで毎回「それじゃない」って思うわ 「ギンギラパラダイス」は不思議な曲だと思ったな
夏の曲のようでありながらしっかり冬も感じられる >>37
いや、そいつらの歌は普通にいい曲だったから売れたんだよ これより西城秀樹の走れ正直者の方の歌詞で天才だと思ったな。さくらももこ >>27
数値はおかしかったがCDセールスにエネルギーが集中してた故に関わってる人間は今と比べ物にならないくらい個性的でクオリティ高かったよ
パクリでも下手くそでもそれぞれ売れる理由があった オーナラが出ーたよー
だとずっと思ってたし、そう歌ってた あ、そうか もうさくらももこも亡くなられたんだっけ >>22
当時小学生だったおっさんだけど学校では流行ってたぞ
まあ>>1で織田哲郎が言ってるサザエさんの歌みたいなもんなんかね エンディング曲がオープニング曲に昇格したガッチャマンパターン 周囲でCD買った人はいなかった
団子三兄弟も謎だった >>49
クレしんの「オラはにんきもの」とコレはシングルCD買ったな
もう大人だったけど 西城秀樹のやつは、これでもかってくらいヒデキ節炸裂してて最高だったな
世代じゃなかったから「この人超歌うめえ!」って子供ながらに興奮した 1990年前半だからまさに景気的にはバブルのピークだな
CD売上のピークはむしろもっと後に来ると思ったけど >>41
平凡なOLが漫画→アニメ→エッセイの順にバカ売れしてアレレな方向に行った 走れ!ペンギンが一番良かった
君のことが好きだからも秀一t 大ヒットの煙しみつて
むせる・・・(喉をやられた) この年の織田さんは、ソロアルバムもソニーじゃなくて学研かどこかの半インディーから出してたよな 負けないでが24時間テレビの定番になったのも予想外だろうな でもボトムズの歌は歌唱だけで曲も詩も書いてないんだろ? >>60
その後一色紗英のポカリの歌でプチブレイクしたよな 織田哲郎と言えばTETSU
ボトムズはこの人に歌ってもらって本当に良かったな。 ボトムズのは20年ぐらいたって初めて見たとか言ってたねw よくおっさん世代が80〜90年代のJ-POPは最高だったって言うけど
少なくとも俗に言うヒット曲ってやつでは
正直今よりもクソみたいな曲ばっかだよね… 当時すでにアニメ主題歌が大ヒットって普通だったよな
キャッツアイとか >>27
数年前だってマルモリのCDがアホみたいに売れてたけどな
ダウンロードがあるから売上枚数自体は100万いってないけど、時代は関係ない
ドラマだってオワコン言われて久しいけど、
ミタとか半沢直樹とかのバカ売れもたまに出る
売れるものは売れるんだよ >>65
作詞は監督でもある高橋良輔
作曲は乾裕樹 タイアップのビーイングやったな
同じ頃深夜の宝石屋のCMで流れた太陽の小町エンジェルに衝撃受けた >>70
90年代の変化が激しすぎて何とも
全盛期は00年代前半まで陸続きだけどそこでパタッと止まった感あるね
ちなみに今の素晴らしいクオリティのヒット曲って例えば? アニメで本格的にJPOP使いだしたのは、るろうに剣心というイメージ 織田哲郎はYoutubeで3分トーキングとかいって
自分の楽曲を3分間で軽く弾き語ってから解説する動画を上げてるけど
どれ見てもたった3分じゃ足りないからもっと語ってほしいわ >>41
漫画家の友人の彼氏を略奪したとか
その友人はショックで断筆 >>71
言われてみればそうだね
タッチとか思い出がいっぱいとかもヒットしたんじゃない >>81
あの頃はまさか川本真琴が芸人にヤリ捨てされるまで落ちぶれるとは思わなかったわ 安蘭ともこようつべで外人に人気だな
長戸大幸の嫁になったのは
知らなかった 歌うまかったのにピンポイントで喉潰されちゃったんだよなぁ >>75
ビーイングのアニメタイアップは太陽の使者鉄人28号あたりを皮切りに
イデオン・クリーミーマミ・オネアミスの翼その他としつこくやって10年目でメガヒットだな うちの高校の卒業生
坪倉唯子
アメリカザリガニ
デッカチャン
俺
妹 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています