子供のころ物心ついてからテレビの歌番組で育った私のような者には昨今、そういうものがほとんどなくなってしまったのは寂しい限りである。だから、さして好きでない演歌であっても、放送があるとテレビをつけてしまう。もう10年以上も前だろうか、NHKのゴールデンタイムのこの種の番組を毎週見ていると、あまり売れていない新人女性歌手が頻繁に登場することに気がついた。

機会があって放送関係者にそのわけを尋ねると、即座に答えが返ってきた。「○○のバーターですよ」と、人気の若手男性歌手の名前をあげる。局側からプロダクションに人気歌手の出演を依頼すると、同じプロダクション所属の売れていない新人歌手と抱き合わせる条件をつけてくるのだという。業界ではごく普通のことらしい。
 吉本興業所属のお笑いタレントによるいわゆる闇営業や契約問題の背景にも、個人的なよしみでバーター取引をするような業界の体質があるのではないかと感じた。大きなニュースになった割に、この点の掘り下げが物足りない。
 また先月には、SMAP元メンバーの出演を妨げるような圧力をジャニーズ事務所が民放テレビ局にかけていた疑いがあるとして、公正取引委員会が同事務所を注意した、との報道があった。
 一般論として、プロダクションとしてはバーターまでして売り出したタレントに、モノになってから他の事務所に移られるのは気分のいいものではないだろう。こうしたタレントを出さないよう、放送局に圧力をかける「逆バーター」みたいなことが起きるというのは想像がつく。

ジャニーズの問題で、NHKと民放の報道は好対照だった。NHKは臨時テロップを流し、夜のニュース番組ではトップで報じた。騒ぎ過ぎのように感じたが、片や民放の姿勢も不可解だった。種々雑多なニュースの一つとして事実関係を淡々と流すことに終始し、情報番組での扱いもかなり地味なものであった。吉本問題ではあれほど、時間をかけて突っ込んだのに。
 ジャニーズ事務所は今回の報道に際してコメントを発表し、圧力をかけたことはないと否定している。複数の民放社長も圧力を否定していた。とはいえ吉本問題と同様に突っ込みどころのある事柄に対し、あまりにあっさりした扱いが解せない。取材を業務とする放送局が、自らに関係することについてはそれを怠っているように見える。

2019/08/11 産経新聞
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