(朝日新聞・音楽担当記者 坂本真子)

■KEEP YOURSELF ALIVE(邦題「炎のロックン・ロール」)

1973年に出した最初のアルバム「QUEEN」(邦題「戦慄の王女」)の1曲目でデビューシングル。作者はギターのブライアン・メイ。発表当時、ラジオなどからは見向きもされなかったという。

■SEVEN SEAS OF RHYE(邦題「輝ける7つの海」)

2枚目のアルバム「QUEENII」(74年)のラストを飾る曲で、第1作「QUEEN」の最後にも、歌のない短いバージョンが収録されている。フレディの作品。

■KILLER QUEEN

3枚目のアルバム「SHEER HEART ATTACK」(74年)の2曲目に収録された。グラムロックやハードロックにミュージカルの要素を加えたような曲調で、QUEENの音楽の多様性をこの1曲で表現。多重録音されたコーラスとギターが効果的に使われている。日本でQUEEN人気が爆発するきっかけになり、翌年、初来日公演が行われた。

■BOHEMIAN RHAPSODY

4枚目のアルバム「A NIGHT AT THE OPERA」(邦題「オペラ座の夜」、75年)収録の、彼らの最高傑作ともいえる楽曲。英国では9週連続1位に君臨した。
バラード、オペラ、ハードロックの三つの部分からなり、作者のフレディは「3曲を一つにした」と後に語っている。

■SOMEBODY TO LOVE(邦題「愛にすべてを」)

5枚目のアルバム「A DAY AT THE RACES」(邦題「華麗なるレース」、76年)に収録。フレディによる大作で、8分の6拍子のリズムが特徴。教会で歌われるゴスペルのようにコーラスが重なっていく流れは圧巻だ。

■WE WILL ROCK YOU / WE ARE THE CHAMPIONS(邦題「伝説のチャンピオン」)

6枚目のアルバム「NEWS OF THE WORLD」(邦題「世界に捧ぐ」、77年)の1曲目と2曲目に収録され、両A面シングルとして発売された。
当時、英国ではパンクがブームになり、QUEENは苦戦を強いられていたが、この2曲が英国で大ヒットし、米国でも認められるきっかけになった。2曲続けてライブで披露されることも多い。

■DON’T STOP ME NOW

7枚目のアルバム「JAZZ」(78年)に収録された、フレディによるポップな作品。心地よい疾走感と、キャッチーで覚えやすいメロディーから、日本では何度もテレビCMに使われた。全編を通してフレディのピアノが前面に出ている。

■ANOTHER ONE BITES THE DUST(邦題「地獄へ道づれ」)

8枚目のアルバム「THE GAME」(80年)の3曲目。QUEENにとって2度目の全米1位に輝いた曲。
ベースのジョン・ディーコンが作った。
なお、初めての全米1位は、同じアルバムの5曲目に収録されたロカビリー調の「CRAZY LITTLE THING CALLED LOVE」(邦題「愛という名の欲望」)。フレディの作品だった。

■RADIO GA GA

11枚目のアルバム「THE WORKS」(84年)に収録。10枚目の「HOT SPACE」(82年)でファンクやディスコなどのブラックミュージックに挑戦したが売れず、バンド内もうまくいかなくなって83年にいったん活動を休止した。
再始動後は前作の反省もあり、ファンが求めるQUEEN像を意識したようだ。
 「RADIO GA GA」は、ロジャーの作品では初めてのヒットシングルに。

■WHO WANTS TO LIVE FOREVER

12枚目のアルバム「A KIND OF MAGIC」(86年)に収録された、ブライアンによるバラード。QUEENは以前にも映画「フラッシュ・ゴードン」の音楽を担当してアルバムを1枚作ったが、今作は、映画「ハイランダー 悪魔の戦士」向けにQUEENが作った曲をアレンジし直し、改めて録音して制作された。
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>>2に続く
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190224-00000038-asahi-musi