【文芸】<読書>なんてどうでもいいと思っている人間とは縁を切れ。上を見て上に学ぶことだ。下を見て憤慨していても時間の無駄★2
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上を見ればキリがないのと同じで、下を見ればキリがない。だとしたら選択肢は一つしかない。上を見て、上に学ぶことだ。 下を見て憤慨していても時間の無駄である。
もちろん、社会生活を送っている以上、それをゼロにはできない。しかし、下に対応する時間を最小限に抑え、偉大なものに触れなければ先はない。
■バカは知的に武装する
情報化社会である。多くの人々が最先端の情報を貪欲に追い求めている。そうではない人もいるが、それでも会社や学校、町内会などで世間並みの会話についていくために、テレビを見たり、新聞や雑誌を読んだりしている。
しかし、その情報は本当に必要なのか?
どこかの国のアイドル歌手が不謹慎なTシャツを着ていたとか、俳優が不倫していたとか、どこかのマンションが火事になったことの詳細を知る必要があるのか?
新聞や雑誌を隅々まで読み、世の中に目を配っても、その膨大な量の「情報」は空虚である。
「情報」を集めれば、「正解」に辿り着くと信じているバカは多い。彼らは、政治家、大学教授、弁護士といったそれなりの社会的地位についていたりするので余計に面倒だ。
世の中に「正解」が存在するなら、それを効率よく、短期間で、手に入れようという発想になる。
だから、「速読法を学んで、最先端の情報を処理し、知的に武装しよう」といった方向に行ってしまう。
そして相手を「論破した」と自己充足する。
はっきり言ってくだらない。
情報を得るための読書は子供だってやっている。
小さい頃は、こうした読書で間に合うが、大人がそれだとまずい。
本は自分の魂のために読むのである。
いまの世の中で必要なのはスピードではない。
立ち止まることだ。
答えを出すことではなくて、考え続けることである。
そのためには、厳選された価値のある本をゆっくりと読まなければならない。
これはきちんとしたレストランで、時間をかけて食事を楽しむのと同じことだ。
速読はバカの早食いのようなものである。単に腹を満たすのが目的ならマクドナルドのハンバーガーでいい。
一流のレストランに大金を払って「栄養」を求めるバカはいない。 そのレストランが提供する技術に、魂が突き動かされていく。その過程・時間にこそ、意味がある。
古典を読むのは、過去に存在した偉大なレストランで食事をするようなものだ。これ以上の贅沢はない。
では具体的になにを読めばいいのか?
過去を振り返れば、すでに道は示されている。
大事なことは、真っ当な世界に連なる意志をもつことだ。
■読書なんてどうでもいいと思っている人間は論外
読書なんてどうでもいいと思っている人間は論外だ。
縁を切ったほうがいい。
物理的に縁を切ることが難しくても、精神的に縁を切る。
あまり相手にしないということだ。
読書なんてどうでもいいと思っている人間は、世界なんてどうでもいい、人間なんてどうでもいいと思っている人間だ。もっともかかわってはいけない人間である。
結婚相手だって、本を読まない人間はダメ。たとえ、目と鼻と口がついていたとしても、それは生物としてヒトであるだけで、人間とは呼べない。なぜなら読書は人間であることの前提条件だからだ。
大事なことは、真っ当な世界につらなる意志をもつことだ。
子供に見えている世界と大人に見えている世界は違う。
子供の脳に厖大な知識を詰め込んでも、価値判断ができるようにはならない。
当たり前だ。
世界とはそれを受容する側が生み出すものであるからだ。
だから、子供の読書を卒業し、大人の読書をはじめることで、世界自体が変化する。
実際に見えてくるものが違う。
読むべき本を読めば、世界は確実に変わる。
近代とはなにもしないでも人間が汚れていく時代だ。コタツに入って、みかんを食べながらワイドショーを見ているだけで、人間は「悪」とつながってしまう。
正気を維持し、人間として生きるのにも努力が必要です。
2/15(金) 19:00配信 一部抜粋
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190215-00010091-besttimes-soci&p=1
1 Egg ★ 2019/02/16(土) 16:00:49.92
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1550300449/ >>821
スマホ依存にはなるが読書依存にはならない
読書は面倒なんだよ 趣味以上でも以下でもない
というか、好きでもないのに嫌々読書するとか頭おかしい なんで知識を得る手段が読書だけなんだよ。
見識狭すぎだろ。 だまされないためには1/3と2/5どっちが大きいか理解することだ
人は分子だけで考えてしまいがちだ 伊豆の踊子も坊っちゃんも芥川も学生時代に読む基本も基本だが
文学は読む気がしないので読んだこと無い
という人間とはそういえば性格が合わない
非常に即物的な人間が多くて彼らの共通するのはゲーム好きなこと 読書しても数学できるようにはならない感じ
どうでもいいんじゃない? >>825
そうホントこれ趣味でやってるだけ
正直読書しない人とかどーでもいいから
読書家がみんなマウンティングしてるかのように
捉えられる記事はイヤだわ まあ、一つ言えるのは100冊200冊小説読んで、
まだ小説を読んでるなら、それは小説という創作の類型、
別の言い方をしたら「感動するパターン」を見出せないバカだろうな >>829
人間失格って読んだことなくて興味あったけど映画で見て
えぇぇこんなくだらない物語かよと 娯楽として読書をするなら良いんだが、
知識吸収いう意味では、同じ分野の本を10〜20冊以上読んで、
まだ知識吸収いうなら、その10〜20冊から何も学習してない ミステリーやエンタメ系ならわざわざ小説で読まなくてもドラマや漫画で良いじゃんと思うわ >>837
知識を得たいなら読書よりネットのが重要だからな
本は同じこと読むだけだがネットは秒で常に更新されてる 同じことを読んでも読む年代に不思議と感じ方は変わって来るけどね ネットは一時麻薬が効いていたからな。秒読みでスマイリーキクチの時代に戻る。あれが本来の姿やろ?w >>842
本を読んでない香具師ってわかる視点だな
ネットは各々のフレーズを検索できる教養がなければ新しい知識なんて入ってこない
その知識を外部からインプットするのに乱読が有効なんだよ 数学が好きな人ーーー文学読まない、国語が苦手だが高校生になるとパズル的に国語を解く術を覚える
国語が好きな人ーーー数学できない、高校になっても数学苦手で私学の有名校には行けるが国立は無理
これは普通の学生の傾向だが、本物の秀才はどちらも出来る トマス・アクィナスもそろそろ読むべきかと思ったら、
全45巻とかいうありえない大作だったのであきらめた。 そろそろハードカバー装丁やめてほしい...もう本棚入らないよう 活字なんて表現のひとつの手段でしかない
それに優劣があると思ってる奴はキチガイ >>835
純文学を映像化するのがまずおかしいんだけどね
ノルウェイの森も小説なら読みごたえあったのに映画は糞だったな・・
話の筋だけでいうと単純だし カツセのやり方は犬に二足歩行しろと強要してるようなもん。それなんて言うか知っとるか?虐待www 本は答えが用意されてるからわかった気になって疑わないと思考しないクセがつく
これが欠点なんだよな
司馬遼太郎歴史資料セレクションとか信じたりすると偉いことになる
ネットで点の情報を蓄積してたら坂本龍馬はイギリスのパシリでしかなかった >>1みたいな事書いても
どうせ本を読まない連中には伝わらないし対立するだけだから
普通の知能があるなら言わないよなあ
ホント趣味で読んでるだけだからそっとしておいて
読書家が逆にバカにされる方向に持ってかないで欲しいわ まあ、この記事を書いた人は、
不特定多数に「バカ」というと炎上するという仕組みを理解できない人か、
仕組みを理解した上で、意図的に炎上させてる人
このどちらかだろうね
後者であるなら、正気を保ってるとは思えないけど >>846←
本を読むという行為で満足してる典型例w 言いたい事は分かるが、文体が下品過ぎるわ
半分もちゃんと読めない >>13
仏教でも実修実証と言われるもんね
もちろん読書や勉強は必要だし大事だけど、それを自分で行動に移して実践しないと意味がない
まぁ俺はまずその基本である読書や勉強そのものをしてないからダメなんだけどorz 自分はほとんど本を読まないが
本をよく読む人は確かにちょっと賢い >>851
ノルウェイの森は読んだが内容のエロさは映画と大差なかった
映画でもセリフの引用たくさんあったし
ようはこんなレベルってこと >>858
別にそうお前が思うならそれでいいんじゃね?
ネットだけしてるよりも読書とかいろんな情報組み合わせた方が
知識の幅が広がるっていうのは俺の実体験でそう思ってるだけだし >>856
この記事書いた人は、実名を出すべきだと思うよ いや、文学でいいものはけっこう出てきてるよ。
アフリカ文学「やし酒飲み」、傑作だ。
アフリカをバカにしている人もいるかもしれないが、
これほど面白い文学があるのかと、アフリカを好きになること請け合いだ。
ぜひ。 読んだら頭がオカシくなると噂の「ドグラマグラ」を読んだ高校時代、
別にそこまでぶっ飛んでる訳でもないじゃんwと軽く考えてたのに
偶然かもしれないがその後すぐ心療内科に通うことになって草。
物語というか文章がマジキチだよな 下を見て云々と批判しているが
お前も読書しない人を見下してるじゃないか >>864
水原希子が棒過ぎてミドリがミドリじゃなかったのも敗因 横文字使いの浅知恵クリエイター()がネットを席巻?!? 日本人が新しい聖書にしようと書いた佐藤和也「秘密のたからばこ」というくだらない本があるが、
あまりにもくだらない小説なので、こんな日本の駄作を聖書にするよりは、
アフリカ文学のチェツオーラの「やし酒飲み」を聖書と同じ数だけ刷って売るといいだろうと思う。 >>801
何か例があるか?
ネットの点の情報を集積して本質を見出だすなんて。
フジテレビの韓流ゴリ押し陰謀論とか
松井が焼肉でマスコミ操作していたとかなら知っている 俺の連れにも読書家いるけど、本を沢山読んでる奴は察しがいいというか
俺が何かいっても「アーハイハイ」って食い気味に被せて来る。
高卒の俺にはできない芸当だ。 わいはそんなに読まないけども周りで語彙力が高いのは読書してる奴ばっかだわ
まぁそいつらはかなりネットもしてるけどな 「バカ」連呼の低レベルの炎上記事に注目集めようと、
関係者が必死に大量レスしてるようにしか見えない 現代小説とか読む気にもならん
山本周五郎の柳橋物語と昔も今も読んだほうがよっぽど面白い 読書をする人の方が上だの量読んだ人の方が賢いだの馬鹿みたい
マウント気質の貧相な感性の奴が何を読んでも何冊読んでもなんの意味も無い
狭い視野では何も深くは読み解けないし >>863←
読書読書言ってるわりにこんなとこに粘着してるアホwww >>881
すげぇ
そういう発想ができるのはやっぱ読書の賜物なんだろうなとは思う そもそも読書の定義がわからない
本という出版形式のものを読めば読書なのか。
昔は随筆と言われていたものも、いまやブログに載せるようなものだろ。
紙で読めばエライみたいな考えだったら糞だと思う。 >>63
> 専門書だって趣味の本だってビジネス本だって
>>1は
> 情報を得るための読書は子供だってやっている。
> 大人がそれだとまずい。
> 本は自分の魂のために読むのである。
って言ってる 本を自由に読めるような国より
不自由で勉強すらできないような国からのほうが
立派な人が出てきてる時点で読書に意味あるか疑問です 本当の読書家は>>1みたいな偏った思考にはならない 読書かぁ
昔はちょくちょく読んでたが今は無いな
過去の習慣である ニーチェだのフロイトだのは一般人の知能だと読んでもサッパリ理解出来ないだろ >>889
いやあ、みんな、哲学者にびびりすぎだろ。
読んで理解できないというものではないよ。
なかなか面白いものも多い。 >>869
水原は酷かったね
今なら緑役は二階堂ふみが良かったと思う 俺普通の人より本読んでると思うけど読書っていう趣味じゃないんだよな。
好きな音楽が自分とは縁もゆかりもない国で生まれた音楽で
自分が生まれる遥か昔の時代だから
何であの国からあんな音楽が生まれたのか知りたくて
ミュージシャンや関係者のインタビューをまとめた本に始まり
その国の歴史、文化、政治、宗教とかに関する本も読んだりしてる。
曲のタイトルや歌詞を翻訳しても普通の人が見たら完全に意味不明だと思うけど
「あの選挙での混乱を歌った曲か」「あの放火事件のことか」
「あの有名なギャングに憧れる若者に警告してるのか」
「この頃人気だった競馬騎手を称賛してる曲か」
「金に汚いあのプロデューサーをディスってる曲か」
くらいのことはわかるようになった。 ここまで言ったら読書教だよ。あと見出し極論を言うと人の目につきやすいからね 読書はただの娯楽の一貫であって娯楽が多岐にわたってる現代では必然的に優先順位が下がる
単純にテレビと同様である
例えば何か調べるにしてもネットが非常に有効である
歴史にしろ薬の効能にしろ何にしろ
ネット以前は専門的なことは本で調べるしか無かったのである
一冊の情報量は非常に薄っぺらい >>891
それは今だから言えるだけで
当時は誰も知らなかったから誰この可愛い子となった
特に菊地凛子と対比だったからな ネット情報は効率的に目的地に行くための手助けとなるから重要だよな
一方読書は目的地を決めるための手助けとなる行為だよ 読書しろってのは、自分が知らない知識身につけるために勉強しろって事だよ
今より上を目指すことに集中しろ
上に行くのを諦めた奴が、自分より下を叩いて喜んでるだけ >>897
読書なんかそれこそピンキリすぎ
知識のために読書しろなんて
健康のために食事しろ言ってるようなもん ジャンル問わず読めばそれなりに面白いと思うよ
ただ、実際に手に取って時間を割くかどうかである >>899
そんなこと言ってないよ
知識のためにはネットや新聞雑誌を
知性のためには読書を
こういうことだ >>829
斎藤美奈子は小説の解説に注目していて
解説にも良い解説と悪い解説があると言っていて三島由紀夫の
『伊豆の踊子』の解説を
「何言ってんだ、こいつ?」みたいな扱いをしていたな
三島由紀夫「伊豆の踊子について」
「処女を犯した男は、決して処女について知ることはできない。
処女を犯さない男も、処女について十分に知ることはできない。
しからば処女といふものはそもそも存在しうるものであらうか。
この不可知の苦い認識、人が川端氏の抒情といふのは、実はこの苦い認識を不可知のものへ
押しすすめようとする精神の或る純潔な焦燥なのである。」
「ここにいたつて、処女性の秘密は、芸術作品がこの世に存在することの秘密の
形代(かたしろ)になるのである。
表現そのものの不可知の作用に関する表現の努力がここから生れる。」 >>829
橋本治の解説を褒めていて、
難しいことを言わなくても充分に理解できると。
橋本治
「「私」と踊子の間には超えがたい「身分の差」が横たわっている。
当時は売買春も当たり前で、踊子もその含みをもっていた。〈「それならいけるか」と思った”私”〉は一座についていくが、むろんそんな欲望は表に出せず悶々としている。
そんな彼の屈託を解放したのが風呂場で両手を振る薫(踊子)だった。
だから彼は〈子供なんだ。私は朗らかな喜びでことことと笑い続けた〉のである。
下心を持って一行に同行した「私」のうしろめたさは、薫の「いい人ね」という一言で救われるが、
それでもまだプライドが高すぎて自分の感情が整理できない。
しかし、下田の港で彼女が白いハンカチを振る姿を見て、ついに自分の感情が何だったかを認めるのだ」 >>901
だからそれが漠然としすぎなんだよw
ネットも読書も使い方次第
一概になんか言えん 紙の活字に拘ってる紙萌えの人間は少なからず居るだろうから
そこで成り立ってる業界である >>905
世界が漠然としているからね
ネットも本もその機能をはっきりさせようなんて
無理な話だ
俺が主張してるのはそれぞれのメディアが大きく担うと感じる
漠然とした方向性にすぎない
君のように何も言えない人は何も言わなければいい 橋本治ってバブルとともにいなくなったと思ったら
土地で失敗して大変だったみたいだな >>772
3割くらい同意
人生で味わえる人間賛歌の裏側みたいなものを常にに考えちゃう思考癖が付くんだよな
文芸作品の人間の醜さや生臭さを鮮やかに切り取って気分を萎えさせたら秀逸みたいなのいい加減にしろって思う
くだらない大衆娯楽って言われるんだろうけどクーンツのウォッチャーズ、Fatezeroのイスカンダル、鉄鼠の檻は好き
この世の闇を察し精神が固く脆い思春期は読まなくていい
性格が暗くなる 俺は1のような読書原理主義者は苦手である
こういう人間は基本的に何をやっても駄目である
読書自体は個人の趣味なので結構な事である ネットも文章のかたまりだけどな
こうしてコメントした方がただ読むより余程実践的ではある
文章力は多少上がるんじゃないか? 核心をついてるね
ペーパーテストで良い点取れても頭を使わない無能は多い Youtubeの朗読はホント助かる
テレビ見るより1万倍くらい得した気分になるな >>914
ラジオドラマだけど「穴を掘る」すごく良かったよ
改めて考えてみれば…
一番好きな本「デンデラ」かもしれん
格好つかんなあw http://egg.5ch.net/test/read.cgi/bizplus/1521187775/l50
14名刺は切らしておりまして2018/03/16(金) 17:25:46.13ID:HJkS0mWH
進学校へ入れるっていうのは、いい友達作りって面もあるからね
DQNに染まらせない為というか
24名刺は切らしておりまして2018/03/16(金) 17:42:42.55ID:qVCw3Bgt
>>14
これが大きいよな
カス校は他の子が授業中に騒いだり問題起こしたりいじめやなんや
クッソどうでもいいことばかりに時間とられる
無視するのも限界あるしカスほど気を引こうとするからな
最初からカスがいないってのがベスト
これは職場でもいえるから一生涯の財産になる >読書なんてどうでもいいと思っている人間は論外
そんなこと言ってるお前こそ論外だわ
馬鹿じゃねえのこいつ >>915
正月にNHKラジオでやったらしい
華道界の仁義なき戦いみたいなのが面白かった
朗読がGメン75の女刑事の人でビックリした レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。