村上春樹さんの小説はうまく書かれた文章で、翻訳しやすいということもあるかもしれませんが、英語、
フランス語の翻訳者は非常に注意を払っていて、いい翻訳を作っています。翻訳賞を
選ぶ仕事をやっていたので、十年ほど何種類か読みましたが、それらがフランス語、
英語の文学として受け止められていることは確実で、それは安部公房さんも
三島由紀夫さんも、そして私もできなかったことです。日本文学始まって以来の
ことなんです、村上さんの仕事の受け入れられ方は。この国でどんなに評価されても、
されすぎということはありません。ノーベル賞の授賞も十分ありうるでしょう。
その際、日本的かどうかということは私たちが心配することではなくて(笑)、
世界の読者が考えることでしょう。

 私自身はつくづく二十世紀の作家だったと思いますが、二十一世紀の
村上さんたちの仕事を眺めていて、今世紀の最初の三分の一は、日本文学に
とって世界的に評価されるいいチャンスじゃないかと思い、その時期は始まっている、
と強く感じますね。この国で、純文学で後に残る作品を生み出すことはいっそう
難しくなるかもしれませんが、しかし純文学を作り、純文学を読もうとする人間だけが、
本当の文学を読む力を身につける。知的な創造への力を得られるんです。

Q:芥川賞候補になった村上春樹さんの「風の歌を聴け」を評価されなかったのは
なぜでしょう。
A:私はあのしばらく前、カート・ヴォネガット(ジュニアといっていた頃)を
よく読んでいたので、その口語的な言葉のくせが直接日本語に移されているのを
評価できませんでした。私は、そうした表層的なものの奥の村上さんの実力を
見ぬく力を待った批評家ではありませんでした。