村田「横浜と決別」の裏に“生卵事件”

横浜からFA宣言していた村田修一内野手(30)が13日、都内のホテルで巨人と2年総額6億円(推定)で正式契約を結んだ。
村田は原監督が同席した会見で新天地での活躍を誓ったが、9年間プレーした横浜を出るのは苦渋の選択だった。
それでも最後に移籍を決断した裏には、横浜のラストゲームで起こった衝撃的な事件があった――。

横浜で本拠地最終戦が行われた10月18日は村田にとって生涯忘れられない日となった。試合は3―3の延長引き分け。
中日の優勝が決まり、村田の目の前で落合監督が宙に舞った。

一方、横浜は4年連続の最下位。この日の巨人入団会見で移籍を決断したタイミングを聞かれると、
村田は「ウチのグラウンドで中日が胴上げして…。あの輪にやっぱり入りたいというのは強くあった」と素直な気持ちを口にした。

強豪チームへのあこがれが抑えきれないほどになっていたのは確かだ。
だが横浜を離れがたい気持ちも、同じくらい持っていた。
それを一瞬でかき消したのが、試合後に起きたショッキングな事件だった。

その日の試合には、絵美夫人と2人の息子が観戦に訪れていた。
村田は試合が終わると、愛車に家族3人を乗せて球場を出ようとした。
すると駐車場出口に待ち構えていたファンが思わぬ行動に出た。
クルマのフロントガラスに向け、思い切り生卵を投げつけたのだ。

横浜の“顔”だった村田には、これまでも聞くに堪えないヤジが浴びせられてきた。
村田はそのつど「一部の心ない人がやっていることですから」と取り合わなかった。
球界では1996年にダイエー・王監督(当時)が、同じくファンから生卵を投げつけられて大きな物議を醸したことがある。
だが今回はある意味、ダイエーの事件以上にショッキング。
家族まで危険にさらすような行為を、さすがの村田も許せなかった。

それでもその場では感情をぐっとこらえ、生卵で汚れた車で帰路についた。
だがその後、親しい関係者には「あれは人の道としてどうなのか。
横浜で9年間必死にやってきて、こんな仕打ちを受けるなんて、正直ショックだよ」と怒りをぶちまけた。
それから間もなく、周囲に横浜を出る決意を伝えた。

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