―― 志村さんはドリフのボーヤ、いわゆる付き人だったんですよね。ボーヤ時代の志村さんで、何か印象に残ってることはありますか?

高木 うーん……。ボーヤだねって印象しかないかな。

―― 他のボーヤの方との違いなどは。

高木 ボーヤはいっぱいいたからね。志村は、「マック・ボンボン」というコンビを作って一度独立して、またボーヤで戻ってきたの。あと、すわ親治って知ってる?

―― はい。すわさんもドリフのボーヤで、『全員集合』のコントにも出演してましたよね。

高木 志村がいなければ、すわ親治が入ってたでしょうね。

―― 当時は、すわさんが加入するという噂もあったそうですが、どうして志村さんになったんですか?

高木 順番でしょう。荒井注が辞めて志村、次に僕が辞めたらすわ親治、そんなところでね。

―― 高木さんは、ドリフを辞めたいって思ったことはあるんですか?

高木 ないです、ないです。すわ親治には申し訳ないけど(笑)。ずっと後になるけど、サザンの桑田が入ってたかもしれないし。

―― 桑田佳祐さんのことは、いかりやさんが目をつけてたと聞いたことがあるんですが、本当だったんですか。

高木 桑田が入ったら、まただいぶ違っただろうなあ。

■加トケンの動きっていうのは、ちょっと大変なもんだよね

―― ドリフ加入後の志村さんは、どんどん人気者になっていきますが、高木さんはどんな風に見ていましたか?

高木 それはまあ、しょうがないよ。これは年齢の違いもあるんだろうけど、加藤に対する志村のツッコミ、あの呼吸には僕ら、かなわないもんな。
今の漫才の人たちは動きができないけど、加トケンの動きっていうのは、ちょっと大変なもんだよね。

■だって長さんには愚痴こぼせる人がいないんだもの

―― いかりやさんが亡くなる3ヵ月前、『ドリフ大爆笑』のオープニングとエンディングを収録されてますよね。

高木 覚えてますよ。あのときの長さんは、もう声出なかったんじゃないかな。でも、死んじゃうなんて思ってもみなかった。何かのテレビで顔を見て、治ったんだなって思ってたくらいだから。

―― 訃報は、仕事先の岡山で聞かれたそうですね。

高木 かけつけたのは、僕が一番早かったんじゃないかな。仕事帰りに飛んで行きました。
長さんを前にして「バカヤロー」って思わず叫んじゃったよ。これからどうすんだよ、ドリフをどうすんだよ、って。
昔のことだけど、『全員集合』をやってるころ、所帯を持ってるのは僕と長さんだけだった。
他のみんなは、番組が終わったら、パーっと遊びに行っちゃう。そのとき、「おい、飲みにいこう」って言われるのは僕なんだよ。
今だから言っちゃうけど、飲みに行くと長さん、メンバーの愚痴をこぼすんだ。もちろんそれを誰かに言うつもりもなかったし「はいはい、そうですね」って聞いてた。
だって長さんには愚痴こぼせる人がいないんだもの。俺だったら年齢が一番近いんで、話しやすかったんだと思う。

■長さんとデートした話

―― いかりやさんにとって、高木さんの存在は大きかったんですね。

高木 おっかしいんだよなあ、長さんの2人目の奥さんのデートに誘われたこともあったんだよ。

―― 高木さんも一緒にですか?

高木 そう、3人で歩いてデート。きれいな彼女で、黒の毛皮のコートなんか着てました。2人っきりになるのが恥ずかしかったのか、
あの人、そういうのは不得意だったんだよな。でもだからって、なんで俺が行かなきゃいけないんだって(笑)。あの時はさすがに思ったな。