そしてマギーには、もうひとつ忘れられない瞬間がある。ある日のこと、ひとりでいたマギーに星野監督が歩み寄り、英語でこう言った。

「お前たちの話していることは、全部わかっているんだぞ(笑)」

あまりにも完璧な発音だったので、マギーは驚いた。それまでビジネスライクな会話しかしてこなかったが、このとき初めて、マギーは星野監督の本音に触れたような気がした。
選手やメディアの前では、英語ができないフリをしていたが、実際は流暢な英語を話す。このことは、ふたりだけの秘密になった。

なによりマギーが星野監督を尊敬していたのは、オンとオフの切り替えのうまさだった。
試合中は勝つことに全力を注ぎ、ものすごい闘争心で相手にぶつかるが、それ以外のときは優しく、いつも人に気を配る。誰も見ていないところでの星野監督の温かさに、マギーは心惹かれていった。

そうしてマギーと星野監督は確かな信頼関係を築いていった。それはマギーが試合に出場した「144」という数字が物語っている。
マギー自身、キャリアのなかでシーズン全試合に出場したのは初めての経験だった。その思いに応えるように、マギーはキャリアハイとなる28本塁打をマーク。チームの優勝に大きく貢献した。

またマギーは、人間性だけじゃなく、監督としての手腕にも一目置いていた。新人の則本昂大を開幕投手に指名したことをはじめ、ブルペンの使い方、選手起用法など、面白いようにはまった。マギーは言う。

「普通に考えれば、私とA・Jを3、4番に置くと思うんです。でも星野監督は当時まだ売り出し中の銀次を早い段階で3番に起用し、打線は一気に機能し始めました。
そうした発想はどこから出てきたのか、本当に頭のいい人だなって……」

日本シリーズでも星野監督ならではの戦い方に、マギーは感動した。なかでも印象に残っているのが第7戦だ。

その前日、勝てば日本一が決まる楽天はエース・田中将大がマウンドに上がり、160球の熱投を見せるも、2−4で敗れて逆王手をかけられてしまう。
この年、田中はシーズン24連勝をマークし、日本シリーズでも第2戦に先発して勝ちを収めていた。田中のロッカーはマギーとA・Jの横にあり、ふたりはそれまで彼の負けた姿を一度も見たことがなかった。

そして第7戦の試合前。マギーとA・Jはどんな様子で田中がロッカールームに現れるのか注目していると、登板日と同じように、静かで集中力が高まっている表情で入ってきた。マギーが振り返る。

「とにかく私たちは、負けた翌日の田中を知らない。だからその表情を見て、いつもこんな感じなのか、それとも今日投げるからのか、まったくわかりませんでした。
とはいえ、前日に完投して160球も投げているピッチャーが、翌日も登板するなんて想像できない。A・Jと目を合わせて、『まさか投げないよな……』と言ったことは覚えています」

試合は楽天の3点リードで9回を迎えた。すると、球場に田中の登場曲が流れ始めた。そのときマギーはこんなことを思っていたという。

「もし星野監督が田中と同じ状況だったら、絶対にマウンドに上がっていたと思います。
星野監督と田中がどんな会話をしたのかはわかりませんが、私はあの終わり方は星野監督流だと感じました。星野監督しかできない試合、それが日本シリーズの第7戦でした」

あれから5年が経ち、星野監督もこの世にいない。それでもマギーの記憶の中から星野監督と戦った2013年の激闘は消えることはない。