サッカー前日本代表監督のバヒド・ハリルホジッチ氏(65)が都内の日本記者クラブで記者会見を開いた。 ハリル氏はまず、記者からの質疑応答に入るまで約50分も話し続けた。「私は日本に3年間いました。非常に美しい国。私と私の家族はこの国を愛していました。その文化、習慣、健全な文化、それを高く評価してくれました。みなさんの美しい国に帰ってきた。しかし、観光客として帰ってきたわけではない。それ以上のものを求めて帰ってきた」と、説明。

 突然の解任劇に、「この美しい国をこういうやりかたで離れるとは思わなかった。最悪の悪夢でも、想像したことはなかった。私のやり方で仕事をやろうと思った。この4月7日から、私の人生で一番つらい時期をすごしてきた。人間として失望して傷ついた」と怒りをにじませながら不満を述べた。

 ハリル氏は「ワールドカップの準備をするために来たし、育てるためにきた」と就任からこれまでの思いを回想。そして「わたしはサッカーで45年、仕事をしてきた。監督としての職業ははかないもの。どんなことであろうと何が起こるか分からない。物事を知らなかったこともあったのかも」と今回の解任劇を振り返った。

 その上で「でも、後悔はしていない。チームのため、成功するためにやってきた仕事ばかりだから」と顔を上げ、「私に対して通告されたことは失望した。私に対してのリスペクトがなかった。私自身、3年、しっかり誇りを持って仕事をしてきた。そういったものを責任者として果たして来た」と主張した。

 解任理由として挙げられていたコミュニケーション不足について「コミュニケーションは毎日とっていた」と反論。「練習の質、集中をどう高めるか。3年間、だれとの問題もなく、特に選手との問題はなかった。海外との選手も電話で話していた」と強く訴えた。グラウンドのコミュニケーションについても「ちょっと違うなと思うときには面とむかって話していた」と問題がなかったことを繰り返し強調した。

 一方で、昨年、W杯本大会出場を決めたホームでのオーストラリア戦の後に、2人の選手が試合に出られなかったことを理由に落胆していた“舞台裏”を明かした。日本はオーストラリアをホームで浅野拓磨と井手口陽介のゴールで2−0で快勝。W杯予選でオーストラリアに勝つのは史上初めてだったため、ハリル氏は「歴史的」と振り返った。 しかし、その後のチームの様子について口を開いた。「オーストラリア戦の後ですら、2人の選手ががっかりしていた。試合に出られなかったということでがっかりしていた。(その選手は)その前何度も試合に出ていたわけです。それでがっかりしていること自体、悲しく思いました」。コミュニケーションは取れているとしながら、一部選手の態度にショックを受けたことを伺わせた。

 職務に対し、全身全霊をかけてきた思いも述べた。「2カ月、休みも取らず働いてきた。休みを取ることも可能だったが、この日本にきたのは日本を育てるため。ワールドカップの予選を通過するため。『それが終わったら、またいろいろやりましょう』ということだった。(予選は)首位で通過したわけです。歴史に残るような試合もした。初戦を落として通過するチームは初めてですから」と、結果を出したことも強調した。

 この日は一般紙、スポーツ紙、サッカーライター、海外のジャーナリストら幅広いジャンルのメディアが集結。テレビ各局も駆けつけた。スポーツジャンル以外からはTBSの人気番組「サンデー・ジャポン」の取材クルーの姿もあり、関心の大きさをうかがわせた。

 同氏は3月に行ったベルギー遠征での選手とのコミュニケーションや信頼関係が薄くなったことを理由に日本サッカー協会の田嶋幸三会長から今月7日にパリで解任通告を受けた。

 ハリル氏は「就任したのはワールドカップがあるから。そこで、海外遠征を2回した。世界における最高峰の相手をセットした。去年の11月ですね。そして今年の海外遠征」と振り返り「代表チームの調整だと思っていた。中盤、フォワード、何かいい解決策がないかと思っていた。ワールドカップでパフォーマンスを出せることを求めていた。ですから、今まで以上にもっと幅広いものをもって、プレーできるようにと考えた。ですから、結果のことは頭になかった」と、解任は不当であることを繰り返し訴え続けた。

>>2以降に続く

4/27(金) 17:16
デイリースポーツ
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