今年の3月からJリーグの理事を務めることになった。サッカーの知見がほとんどないにもかかわらず、せっかくの機会だからと、すぐ引き受けることにした。

 Jリーグも既に25年を迎え、長期的視野で掲げた振興策の「百年構想」に当てはめると、これから第2四半期に入る。リーグの特徴は日本中に張り巡らされた全54のクラブの存在と、クラブ名に企業ではなく地域を入れていることだろう。これだけ地方に根差して広がったスポーツは日本では他にない。

 地域名に縛られることで、スポンサーを付けにくくて苦しんだチームもあったはずだが、じわじわと効果が表れ、今ではJリーグの象徴になっているように思われる。

 ▽楽しむクラブ

 Jリーグの理念にはこう書いてある。

 一、日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進
 一、豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与
 一、国際社会における交流及び親善への貢献

 理念の一つ以外にはサッカーの文字や、サッカー選手という言葉すら出てこない。「スポーツ文化の振興」、さらに「国民の心身の健全な発達」を目的としている。

 スポーツ界ではよく知られているが、欧州のサッカーチームと同じ名前で、陸上やハンドボールなどのチームが存在している。サッカーの地域クラブではなく、地域クラブの中でサッカーを含む多くのスポーツが行われている。

 そして、人々はそのクラブに所属し、スポーツを楽しむ。やってみたいスポーツがあれば、気軽に違うスポーツを試す。生まれてから高齢者になるまで、地域のクラブにずっと所属している人も珍しくない。つまり、欧州においてクラブとはスポーツという範囲を超え、地域のコミュニティーを支えるインフラになっている。

 私は地域スポーツの価値とは、信頼の基盤を築き、それによって人々のコミュニケーションを円滑にし、交流を盛んにし、その地域に住む人々の幸福度を上げることにあると考えている。

 人間の寿命には喫煙よりも孤独の方がよくないとする研究がある。人類史において、われわれは多くの時間を群れの中で過ごしてきて、その環境に適応した遺伝子を持つ人類が多く生き残っていると言われている。昨今の都市部での1人暮らしはかなり特異な状況だ。人間は誰かとコミュニケーションを取り、つながっている状態を幸福と感じ、健康にも良いとされている。

 ▽魅力の風景

 通常、スポーツが幸せにできるのは、あくまでそのスポーツのファン、関係者か、たまたまにせよ試合を目にした観客に限られる。ところが地域スポーツの面白い点は、スポーツに興味のない人も、その地域の信頼の上で暮らすことができるということだ。

 日本には社会的課題の解決に取り組む「ソーシャルビジネス」の組織が生まれている。地域創生にテーマを絞っているものも少なくない。

 ソーシャルビジネスには思いと手法があるが、それを展開するための信用や入り込むためのネットワークに苦労することが多いと聞く。地域にもともと浸透しているようなスポーツチームがあるなら相性はとてもいい。

 現役選手の時代、オランダのハーグにある街のグラウンドで練習していた。その風景が忘れられない。朝は子どもたちが来て陸上競技のチームが活動し、昼は学校の生徒が体育で使う。その横で高齢者がペタンクをしたり、カフェでビールやコーヒーを飲んだりしながら仲間と話をしている。夕方には仕事帰りの父親たちがサッカーをし、カフェで食事をする人がいる中、徐々にみんなが家に帰っていく。

 一部の人間はチャンピオンを目指すが、多くの人はただ楽しみのために訪れている。一度も体を動かさず、カフェでおしゃべりをするだけの人もよくいた。

 あのような風景が日本に現れれば、日本の地域はとても魅力的になると私は確信している。スポーツを使い、スポーツに興味がない人たちも含めて、幸福に寄与する。「理念」に従ってそのような方向に向かえるよう、少しでも貢献していきたい。(元陸上選手)=第16回=

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