日本プロ野球界の空洞化を憂える――と大上段に構えて叫ぶと、なんたる時代錯誤と笑われるのがオチだろう。世は挙げて大谷翔平の海外雄飛を称え、「投打二刀流」が米大リーグでも成功するかどうかの論議で持ちきりだ。

■大谷―柳田 来季はもう見られない

 だが、想像してみてほしい。来シーズンから、160キロの速球を投げる大谷と、フルスイングが魅力のソフトバンク・柳田悠岐の対決を日本の球場で見ることはできない。屈指の長距離砲でもある大谷と、2013年に24勝無敗1セーブの快記録を残して渡米した田中将大の一騎打ちを見ることもできない。このトップクラスの対戦に、直(じか)に接することができるのは、米国の野球ファンだけなのだ。

 われわれもテレビで見ることはできる。それに、大谷の後には清宮幸太郎という稀有(けう)のスターが登場する。だからいいではないか、と言えるのか。俊英と同じ空間を共有し、大谷も清宮も、田中も前田健太も入り交じってしのぎを削る、レベルの高いゲームを楽しむ権利が、われわれにもあるはずだ。

 プロのアスリートが最高のレベルの戦いの場を求め、最高の報酬を求めるのは自然の流れだろう。今のところ、野球でいえば米大リーグが最高の場。そこへ世界各国から人材が流れ込む。ただ、少し飛躍した願いだが、日本のプロ野球人には、自分たちが育ったこの日本のプロ野球界に留まり、ここを世界最高の場にしようという考えはないのだろうか。

 野茂英雄、イチロー、佐々木主浩、松井秀喜、松坂大輔、上原浩治、ダルビッシュ……。わが球界は米大リーグの発展にどれだけ優秀な人材を提供してきたことか。その見返りはポスティングシステム(入札制)などによる、莫大な移籍金だった。それが次の世代の補強費に回り、球界の活性化を促したことは確かだ。

■米大リーグが1軍、日本は2軍

 だが、それ以上にイチロー―松坂、松井秀―佐々木、福留孝介―黒田博樹などの好勝負を海の向こうへ持っていかれた喪失感は大きい。財力にまかせて世界各国から人材をかき集める米国の野球関係者とファンに、この寂しさは分かるまい。ただ、わが日本球界も韓国、台湾のスーパースターを多く引き抜いて潤ってきた。今もそれを続けているから、大リーグばかりを責められない。

この状態が今後ずっと続くとどうなるか。世界的規模で見て、米大リーグが1軍、ドミニカ共和国、ベネズエラなどの中南米諸国と日本は2軍、韓国と台湾は3軍、豪州とイタリア、オランダなどの欧州は4軍という実質的な色分けが定着する。つまり、エンターテインメント産業として栄えるのは米大リーグ。日本以下は1軍への人材供給源になりながら生きる道を探るという状態に収まりかねない。

 この状態に手をこまねいてばかりはいられない。今はまだ、世界の野球ビジネス界でいい立ち位置にいるとはいえないワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を、サッカーのワールドカップ(W杯)並みの大会に育てるべきだ。そのためには世界の野球人が協力しなければならないが、米大リーグは国内のペナントレースを最優先にして、WBCの充実、発展にはあまり協力的ではない。

■東京五輪を野球発展の契機に

 それでも、世界の野球関係者はジュニアの国際試合を積極的に開催するなど、野球のすそ野を広げる努力は続けている。吉田義男元阪神監督が、かつてフランスで野球のナショナルチームをコーチしたことがあった。そのとき、ヨーロッパ各地を転戦して、野球が発展する下地は十分にあると実感したそうだ。

 2020年のオリンピック東京大会では、野球・ソフトボールが復活開催される。世界の野球人が協力して野球をPRするチャンスである。わが球界も大谷の渡米に右往左往している場合ではない。

 米国はアメリカン、ナショナル両リーグのチャンピオンが争う選手権を「ワールドシリーズ」と称している。これの向こうを張って、WBCを「世界選手権」にするために、日本が果たす役目はたくさんあるはずだ。米大リーグとはビジネスでつながってきたが、これから東京五輪を舞台に野球外交を強力に推し進めなければならない。「米大リーグ・ファースト」を当たり前としている相手に、ワールドワイドな野球組織を構築しようとするのには、相当のエネルギーを必要とするだろう。(敬称略)

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24903730R21C17A2000000/?df=2