東京Vの冨樫剛一前監督は「あの子、面白いボールタッチをするな」と、チビッ子たちのゲームを眺めていた。しばらくして休憩になると、スタンドにいたお父さんがピッチまで降りて来て告げる。

「建英、もういいぞ」

冨樫氏は少年の本当の凄さを知る。父から許可を得た少年は、それまでとは逆の足でプレーを始めるのだ。面白いタッチをしていたのは不得意な右足で、利き足でボールに触れた途端に、ピッチ上が完全に意のままになったという。
 
 やがて久保建英くんは、バルセロナに入団し、中学生になって帰国する。天賦の才は、最高の環境で研磨され、早くも15歳10か月と29日でJ1の公式戦にデビューするのだった。
 
 かつてバルセロナのカンテラで監督経験を持ち、ジョルディ・アルバやボージャン・クルキッチらを指導してきたジョアン・サルバンス氏は、日本の現場に触れ語っていた。
「生まれ持った才能では、欧州と日本の子どもたちに差はない。違いを生んでしまうのは環境だ」
 
 サッカー文化が根づく欧州には、身近に理想の手本があり、そこから逆算した効率的なトレーニングが日々更新されていく。そのうえで、頂点に辿り着くまで絶対に息の抜けない競争がある。
 
 ジョアンは、バルセロナで仕事をする前に、イタリア、フランスなどを訪れ、他国の育成状況も見て回った。来日してみて、欧州と最も大きな落差を感じたのは、トレーニングに対する考え方だった。
「きっと日本にも効率的なトレーニングをしているクラブもあるのだとは思う。でも多くのアマチュアクラブ(部活)では、あまりに質より量にこだわりすぎている。グローバルに見て、ボールに触れない状況が10分間以上も続くトレーニングは、リハビリも含めてあり得ない」
 
 逆に久保くんに限らず、才能に恵まれた選手に「環境」を与えれば、歴史的にも劇的な効果が表われてきた。釜本邦茂氏は西ドイツに、奥寺康彦氏はパルメイラスに短期留学をしただけだが、帰国すると周囲が目を見張る変貌を遂げていた。間もなく釜本氏は五輪得点王に輝き、奥寺氏はケルンとプロ契約を結び、当時世界最高峰のドイツで二冠に貢献する。

つづく

SOCCER DIGEST Web 5/19(金) 6:30配信
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