[ 2024年3月31日 05:20 ]
【カレイドスコープ】「デビュー20周年記念イヤー」真っただ中の男性デュオ「スキマスイッチ」。気持ちが弾む応援歌から、胸がキュッとなる切ないバラードまで、
大橋卓弥(45)が歌い、常田真太郎(46)がピアノを弾くスタイルで届けてきた。音楽で出会い、つながり、すれ違い、連れ添ってきた2人。20年の歩みを振り返った。(小田切 葉月)
「お互いに年を取ったよね」。2人で顔を見合わせて笑った。大橋が「シンタくん、いろんなところにこぼしたり、ぶつけたり…。距離感の精度が昔より低くなったね」と言うと常田が「卓弥もだよ」と柔らかく返す。
互いを信頼し合う和やかな雰囲気は、まさに熟年夫婦。取材部屋は屋内にもかかわらず、日の光が差し込む暖かい縁側のようだ。
2003年にメジャーデビュー。以降「奏(かなで)」「全力少年」とヒット曲を連発。特に06年発売の「ボクノート」は、映画「ドラえもん のび太の恐竜2006」の主題歌として知られ、今でも人気だ。
常田は「当時映画を見て曲を聴いてくれた子たちが大人になって“ボクノート好きです”と言ってくれることが増えた。これが20年の重さですかね」と話す。華々しくデビューからのスタートを切った2人。だが実は、解散の危機が迫っていた。
結成当初から顔を付き合わせて作っていた音楽は、忙しさからメールでのやりとりがベースに。複数の楽曲を同時並行で制作するようになり、常田は「とにかく時間も余裕もない。このままではスキマスイッチはダメになると思った」。
パンクしないようにと、08年に1年間限定でソロ活動に専念。大橋は1人でステージに立ち、常田は音楽プロデューサーとして経験を積んだが、デュオに戻ると2人の間に温度差が生まれていた。
復帰第1弾は09年5月発売のシングル「虹のレシピ」。大橋は「制作中も勢いやノリが違って、これは一回ちゃんと話さないといけないと思った」という。
2人は同曲のミュージックビデオ撮影後、東京・三軒茶屋の飲食店へ。5時間に及ぶ話し合いは、いつしか言葉での“殴り合い”にヒートアップした。
大橋は「音楽的なことはもちろん、ツアー中の旅の仕方や仕事以外のことも…。子供のけんかみたいですね」と振り返る。
常田も「お互いに感情爆発させてるのに、たまに“この人(常田が音楽プロデュースした人)とこんないい曲作るのに、なんで自分とはやらないんだ!”とか。あれ、褒められてる?みたいな」。
互いを認めていたからこそ、ぶつかり、そして分かち合った。2人はこのことを「三茶の夜事件」と呼び、大橋は「あの夜がなかったら、スキマスイッチはもういなかった」と大きな転機になったことを明かした。
===== 後略 =====
全文は下記URLで
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2024/03/31/kiji/20240330s00041000912000c.html
【カレイドスコープ】「デビュー20周年記念イヤー」真っただ中の男性デュオ「スキマスイッチ」。気持ちが弾む応援歌から、胸がキュッとなる切ないバラードまで、
大橋卓弥(45)が歌い、常田真太郎(46)がピアノを弾くスタイルで届けてきた。音楽で出会い、つながり、すれ違い、連れ添ってきた2人。20年の歩みを振り返った。(小田切 葉月)
「お互いに年を取ったよね」。2人で顔を見合わせて笑った。大橋が「シンタくん、いろんなところにこぼしたり、ぶつけたり…。距離感の精度が昔より低くなったね」と言うと常田が「卓弥もだよ」と柔らかく返す。
互いを信頼し合う和やかな雰囲気は、まさに熟年夫婦。取材部屋は屋内にもかかわらず、日の光が差し込む暖かい縁側のようだ。
2003年にメジャーデビュー。以降「奏(かなで)」「全力少年」とヒット曲を連発。特に06年発売の「ボクノート」は、映画「ドラえもん のび太の恐竜2006」の主題歌として知られ、今でも人気だ。
常田は「当時映画を見て曲を聴いてくれた子たちが大人になって“ボクノート好きです”と言ってくれることが増えた。これが20年の重さですかね」と話す。華々しくデビューからのスタートを切った2人。だが実は、解散の危機が迫っていた。
結成当初から顔を付き合わせて作っていた音楽は、忙しさからメールでのやりとりがベースに。複数の楽曲を同時並行で制作するようになり、常田は「とにかく時間も余裕もない。このままではスキマスイッチはダメになると思った」。
パンクしないようにと、08年に1年間限定でソロ活動に専念。大橋は1人でステージに立ち、常田は音楽プロデューサーとして経験を積んだが、デュオに戻ると2人の間に温度差が生まれていた。
復帰第1弾は09年5月発売のシングル「虹のレシピ」。大橋は「制作中も勢いやノリが違って、これは一回ちゃんと話さないといけないと思った」という。
2人は同曲のミュージックビデオ撮影後、東京・三軒茶屋の飲食店へ。5時間に及ぶ話し合いは、いつしか言葉での“殴り合い”にヒートアップした。
大橋は「音楽的なことはもちろん、ツアー中の旅の仕方や仕事以外のことも…。子供のけんかみたいですね」と振り返る。
常田も「お互いに感情爆発させてるのに、たまに“この人(常田が音楽プロデュースした人)とこんないい曲作るのに、なんで自分とはやらないんだ!”とか。あれ、褒められてる?みたいな」。
互いを認めていたからこそ、ぶつかり、そして分かち合った。2人はこのことを「三茶の夜事件」と呼び、大橋は「あの夜がなかったら、スキマスイッチはもういなかった」と大きな転機になったことを明かした。
===== 後略 =====
全文は下記URLで
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2024/03/31/kiji/20240330s00041000912000c.html