0001爆笑ゴリラ ★2021/03/22(月) 00:06:00.93ID:CAP_USER9
0035名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 05:30:40.29ID:VEaEPwTV0
徳川家康さんとこんばんはて挨拶するのが好き
胸がぐるぐるしている栄一くんは
精通をまだ迎えてないのかな
0038名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 07:39:27.63ID:+maZsIGZ0
西郷どんの慶喜は遊び人だったのに今回の慶喜は真面目人間過ぎだろ
0040名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 08:10:28.57ID:tKFXorA00
棒演技慶喜
0042名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 08:18:32.98ID:m3v0fGqz0
0043名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 08:22:57.60ID:5XiDEQPW0
話が全然進まない
全6回か12回ぐらいにまとめてほしい
0045名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 08:33:26.07ID:sX/Esn5d0
とにかくかったるい
幕末ものはいつもこうなんだよな。
俺は徳川の黄昏ドラマは好きだけど、真田丸みたいに本人に関係ないエピソードはバッサリカットして早く進行しろやって思う。
大河あるあるで、いつも後半駆け足になるだよな。
後半こそじっくり描くべきなのに。
0046名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 08:35:34.56ID:sX/Esn5d0
草g剛は、日本アカデミーとっただけあって
オーラが増してる
こちらの思い込みもあると思うけど、ナイスキャスティングだと思う
0047名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 08:40:38.72ID:V+9cSHJO0
前半は執筆に時間があるのか文献あたって細かな史実も拾う。
後半は時間がないのか脚本家は自分の筆が乗る得意分野で勝手に書く。
業績は人生の後半に集中するのにw
0048名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 08:42:03.50ID:q+L+K0+r0
後半は制作費も乏しくなっていくのでナレーションだけで歴史が進む
堤真一って何歳の役なの?おっさんがあんな身の回りの世話とかしてたの?
0050名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 08:55:29.86ID:4DT7vy2n0
上白石萌音の厚姫が宮崎美子に見えた
0051名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 08:56:07.35ID:4DT7vy2n0
上白石萌音の厚姫が宮崎美子に見えた
0052名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 09:02:12.73ID:2gPI5R450
歴史上において徳川慶喜大嫌い
将軍になるべき人物ではなかった
0053名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 09:09:55.01ID:sIyvppYG0
草gさんは本当にあれ出していて役者魂を見たと
吉沢亮がインタビューで答えていたよ
0054名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 09:16:40.22ID:1FzdNRjJ0
慶喜って30過ぎぐらいで一線退く人なのになんで断トツ年上の草なぎがキャスティングされたんだろ
吉沢と3歳差設定なんだろ
一橋家召し抱え前に会っているというのは、あまり感心しないな
秀吉と家康の連れションと並列させる意味も皆無だし
0057名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 09:54:56.87ID:Qn7YQNDc0
0058名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 10:13:08.88ID:WGAg9n2g0
辞任してください、とか辞職願とか
すごく今風の言葉に聞こえるけど
何か当時の言葉でいいのなかったの?
0059名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 10:33:20.11ID:YmGkN/yG0
やっぱり今のところは慶喜パートのほうが引き込まれる
役者は頑張ってると思うけど栄一パートは今のところよく知らない農民たちの話でしかないからな
0060名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 10:33:30.28ID:YmGkN/yG0
やっぱり今のところは慶喜パートのほうが引き込まれる
役者は頑張ってると思うけど栄一パートは今のところよく知らない農民たちの話でしかないからな
斉昭の出演部分だけまとめてみたらヤベー奴に仕上がりそうだ
秀吉と家康の連れションってのは聞いたことあるけど、慶喜と栄一の連れションってあったのか
0063名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 11:20:55.17ID:YmGkN/yG0
>>53
草薙の巨根を見たリアルな驚きの演技だったのか 0064名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 11:21:14.03ID:YmGkN/yG0
>>53
草薙の巨根を見たリアルな驚きの演技だったのか フィクションらしいフィクションじゃん
作り込んだフィクション垂れ流した麒麟がくるよりマシ
0066名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 12:38:28.72ID:L7mK4jun0
>>38
ひーさまという黒歴史
あれよく徳川宗家に怒られなかったよな 0071名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 14:11:14.92ID:HL2skbQj0
「こんばんは徳川家康です」が本編だからしゃーない。
あれ何処だったんだろうな。行商中だから信濃か上州か。どっちみち慶喜のいる江戸からは遠いなw
0073名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 16:47:14.84ID:ONFz+hxJ0
お互いにジョロジョロかけ合うぐらいの衝撃が欲しかった
視聴率
青天を衝け5話16.2% 6話15.5% 前回から0.7ポイントダウン
天国と地獄20.1%
0076名無しさん@恐縮です2021/03/22(月) 19:29:22.48ID:OlIZXJcM0
この大河は史実や実話をたくさん取り入れてやってるけど
この時期の慶喜との遭遇はちょっと無理があるな
慶喜は神奈川方面にはよく出かけたらしいが北武蔵はないだろう
今までタイトルが「栄一、〇〇」だったのに次回は違うんだな
渋沢さん、吉沢亮がスピリチュアル的なものを悪く言っていました。あんなものは無視でよいですか→良いと思う
>>75
天国と地獄、話が面白いわけでも無いし
ヒロインの演技は酷いし
何故あんなに数字取ってるのか謎だ >>79
以前は大河がそうだったが視聴率1ケタ出して日9に取られた 0082名無しさん@恐縮です2021/03/24(水) 13:58:30.21ID:KHDWwagG0
慶喜の初恋の相手は……
11歳で一橋家に入り、当主となった慶喜でしたが、一橋家には一人の女性が暮らしていました。先々代の当主・慶壽(よしひさ)の正室だった、直子(つねこ)女王です。
夫の死後、落飾(らくしょく)して徳信院(とくしんいん)と称していました。系図上では、慶喜の義理の祖母にあたります。
しかし夫の慶壽は25歳の若さで疱瘡のため他界し、迎えた養子もわずか2歳で亡くなっていたため、義理の祖母とはいうものの、徳信院はまだ18歳でした。
建前では祖母と孫でも、18歳の徳信院と11歳の慶喜は、姉弟ほどの年齢の開きしかありません。慶喜にすれば、親しく接することのできる相手であったでしょう。
しかも徳信院は京都の宮家の出身でした(父親は伏見宮貞敬親王)。
慶喜は実母・吉子女王が宮家出身であることに幼少から強い誇りを抱いていたといいますから、徳信院に一層親近感を覚えたことが想像できます。
一方の徳信院にとっても、慶喜はかわいい弟のような存在であったでしょう。
慶喜は徳信院の京なまりに母親に通じるなつかしさを感じ、また優雅な立ち居振る舞いに魅了されたはずです。
そんな19歳の慶喜のもとに安政2年、21歳の美賀君は輿入れするのです。
年下の夫が自分を差し置いて、年上の女性と親密であることは、美賀君のプライドをひどく傷つけました。
美賀君は慶喜に何度か、徳信院のもとに通うことへの愚痴を伝えたようですが、慶喜はまったくとりあいません。
美賀君の想像がふくらみ、怒りが増幅されていたある日のこと。美賀君のいる前で、徳信院が楽しげに慶喜に謡を教えたことがありました。
二人の仲を見せつけられた美賀君は、たまらず「その坐(ざ)にて直ちに御声を発し、刑部(ぎょうぶ)卿様(慶喜)をおこづき(小突き)、御立腹あらせられし」と記録されています。
人前で当主である夫を正室が声を上げて小突くなど、常識的にはあり得えないことでしょうが、そんなに取り乱すほど美賀君は逆上し、また精神的に追い詰められていたのでしょう。
0083名無しさん@恐縮です2021/03/24(水) 13:59:11.20ID:KHDWwagG0
「将軍継嗣を一橋慶喜に」という声がささやかれ始めた頃、一橋家中で騒動が起こりました。美賀君の自殺未遂です。
一橋慶喜を次期将軍に推す薩摩(さつま)藩主・島津斉彬(しまづなりあきら)は、同志である越前藩主・松平慶永(まつだいらよしなが、春嶽〈しゅんがく〉)に、次のような内容の手紙を送っています。
「6月16日に慶喜の簾中(れんちゅう、奥方のこと)美賀子が自害なされようとしたところ、なんとか取り留めることができたということです」
慶喜の正室・美賀君が自殺を図ったことは、衝撃とともに周囲に伝えられました。松平慶永の生母である青松院(せいしょういん)は、美賀君について「御嫉妬ふかき御気性」としたうえで、「(慶喜と徳信院の)御密通などということはあったのでしょうか……。
よもやそんなことはないとは思いますが、しかし(徳信院と美賀君の)御年もあまり違いませんから……」と、慶喜と徳信院の密通の可能性を記しています。
つまり慶喜と徳信院の関係を疑うのは、決して美賀君一人の思い込みではなかったのです。
ちなみに松平慶永は、徳信院の亡き夫・一橋慶壽の弟ですから、徳信院は兄嫁にあたりました。兄嫁と、自分が次期将軍にと推す一橋慶喜とのスキャンダラスな噂を、彼はどう受け止めていたのでしょうか。
なお松平慶永は、同じく次期将軍に一橋慶喜を推す伊予(現、愛媛県)宇和島藩主の伊達宗城(だてむねなり)にもこの一件を伝え、宗城から次のような返書を受け取っています。
「慶喜公の奥方が、先頃自刃なされようとしたことについて、あなた(慶永)は兄嫁(徳信院)と慶喜公との関係より起こったとお考えのようですね。
兄嫁のご容姿は、慶喜公の奥方とは天地ほどの差がありますから、あなたも亡き兄上様のため、何かとご心痛でありましょう」
つまり伊達宗城は、「美賀君よりも徳信院の方がはるかに美しいので、こうした間違いも起きるのでしょう」と、慶喜と徳信院の密通をなかば確信するとともに、美賀君にすれば大変失礼な内容を伝えてきたのでした。