『人間が見るから月が存在する』『人間がいなくても月は存在する』 正しいのはどちらか? [144189134]
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インドの大詩人タゴール と アインシュタインの対決
2人ともノーベル賞を受賞
タゴール:
この世界は人間の世界です。
世界についての科学理論も所詮は科学者の見方にすぎません。
アインシュタイン:
しかし、真理は人間とは無関係に存在するものではないでしょうか?
たとえば、私が見ていなくても、月は確かにあるのです。
タゴール:
それはその通りです。
しかし、月は、あなたの意識になくても、他の人間の意識にはあるのです。
人間の意識の中にしか月が存在しないことは同じです。
アインシュタイン:
私は人間を越えた客観性が存在すると信じます。
ピタゴラスの定理は、人間の存在とは関係なく存在する真実です。
タゴール:
しかし、科学は月も無数の原子がえがく
現象であることを証明したではありませんか。
あの天体に光と闇の神秘を見るのか、
それとも、無数の原子を見るのか。
もし、人間の意識が、月だと感じなくなれば、
それは月ではなくなるのです。
画像
https://i.imgur.com/pc68QkP.jpg >>154
他者の存在も、月の存在もどうやって肯定するのか?
って言う問題 まあとにかく原発の核ゴミをなんとかせなあかんし、日本はロケットを飛ばすのに適した場所だし、核ミサイルを持たざるを得ないけど持てないという矛盾が社会的政治的歴史的にもあるし
このどうしようもない状況をなんとかしようと思うと別に月を作ろうと思わずともいつか宇宙の彼方に新たな月が生まれることになる 難しいことはわからんが最近オカ板にそういうの書いてたヤシいたぞ 月をやめてウサギに変えたら意識の上では月がウサギになるが、物体そのものが変化するわけではないだろ >>158
ん?人間が名付け?観測?しなければ何もないとこからどうやって人間?生命体?は発生したの? 既に存在する物を人が何とか理解しようとして科学があるんだから、存在するんだよ。 10^500通りの宇宙が存在するってのと、人間原理もしくはID、正解に近いのはどっちなんだろ? 夜の虫たちは月を目指して飛んでいる
人間などいなくても月は存在出来るのです。 つまりおれたちがいなかったらというのは置いといていい ふと現実に戻ると明日もくそつまらん人間関係のある仕事で、つまりむしろ残念ながらという表現がふさわしいのではないかとおもうのだが、残念ながらおれたちは存在するのが現実であり、そのため月も存在する とおまいらが議論してる時に
シュミレーション作った主が
飽きてシュミレーション終了
はいおまいらもこの宇宙も消えた
これが現実じゃね?
かなりの確率でありそうじゃんw >>163
人間であれ何であれ、「何かが発生している」ということはどういうことを指しているのか、またどう確かめられるのか >>172
>>171は答えじゃないよ
君の質問が曖昧だから質問で使われている言葉の意味を確認してる アインシュタインレベルで物理を極めた人っててっきり物理学を突き詰めても真理には至れないと分かってると思ってたわ。真理ではなくても人がこの世を解釈する上では役に立つ程度のものだと分かっててやってるものと思ったら、人が全知を得られると思ってたとは。ピタゴラスの定理だって人間が知覚可能な世界では成り立つが、じゃあこの世がその世界だけで構成されてることをどうやって人が確認できるのか。
この世に一定とか定点とか静止というものは実際にはないと聞いたことがある。それは全て理論上の状況であって現実にはないと。その一点をもってしても数ある定理や法則というのは理論上のものであって人都合の道具でしかないと思うわ。 >>142
車が自分に向かって突っ込んでくるとき
目をつぶれば轢かれないで済むと・・・ >>174
曖昧かなー
んー、簡単に言えば観測すべき生命体は何もないとこから生まれたの?っていう質問なんだけど 物体としての月は人間がいなくても存在するけど
月って名前だったり、うさぎが餅ついてるやロミオとジュリエットの月への誓い
みたいな文化的、歴史的意味を含めた月という概念は存在しなかった 人間のエゴにより生まれたとおもわれがちな核爆弾や原子力発電は、神の組み込んだプログラムの重要な一部であり、人間の思い描く理想はいつか神の意思に近づくなどという思いがあるならそれこそエゴである
もっともそれをも見越され作られているのが我々であり、故に宇宙や時間は継続していく ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています