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京都府南丹市園部町船岡の道路脇に、40年前にあった交通死亡事故を悼んで献花が続けられている。
事故で亡くなった明治鍼灸短期大(現・明治国際医療大)に通っていた当時22歳の女性をしのび、元大学職員の男性が造花を手向けてきた。
男性は昨年末に亡くなったが、家族が「事故防止につながれば」と献花を継いでいる。
 事故は1979年2月13日午後5時10分ごろに発生。船岡トンネルの入り口付近で軽乗用車と大型ダンプカーが衝突し、軽乗用車の女性が亡くなった。
 献花を続けてきたのは、南丹市日吉町保野田の故船越幸男さん=享年94歳=。妻の明美さん(86)によると、亡くなった女性は島根県出身の1年生で大学の寮に住んでいた。
幸男さんは当時、寮近くに単身赴任し、寮の管理や学生の交通安全対策に関わっていた。
 幸男さんは女性におやつの差し入れをするなど日常的な交流があり、明美さんは「主人は女性をかわいがっていただけに事故を聞いて、とても落ち込んでいた。
女性の母親は鍼灸(しんきゅう)師で、勉強して戻ってくるのを楽しみにしていただろう」と振り返る。
 幸男さんは鎮魂の思いを込めて献花を始めた。事故現場は交通量が多く、歩道がないため、車の少ない深夜の時間帯に一人で献花に行った。
造花は年2〜4回は変え、色があせるのを、亡くなる最後まで気にしていた、という。
 明美さんは「交通事故は本当に怖い。花があると、ここで事故があったことが分かる。長女とともに元気が続く限り、花を手向けたい」と話した。