<在日中国人のブログ>中国に元号が再びあったらいい

4月1日、新元号「令和」が発表された。日本中、急に「万葉集」が売られるようになった。そして、古典ブームを巻き起こした。
中国にもその波が及んだ。中国で「令和」の由来や出典を巡って、ネットをはじめ各所で大きな話題となっているらしい。
日本でも中国でも、ネットで一気に古典を探る雰囲気になってくる。古典は日中両国の一番確実な文化的な絆だと感心した。

正直言って、元号がある日本が羨ましい。今回新元号が生まれることによって、日本での暮らしの中、伝統と現代が融和することを再び心得た。
元号は歴史と文化である。中国が元号を失ったことを残念に思う。古代中国が日本に移った、昔の中国人が今の日本人に変身した、と想像した。

今の世の中、元号が使われる国は日本しかないけれど、中国は元号の発祥の地である。
中国の影響を受けて、朝鮮は6世紀、日本は7世紀、ベトナムは10世紀、元号を使い始めた。

当然のように、中国の歴史を言うなら、元号は欠かせない存在である。西暦は時間軸、元号は時間軸中の空間物語である。
西暦は歴史の望遠鏡、元号は歴史の顕微鏡である。ある元号を思えば、その時代の物語を思い出す。

日本の元号はほとんどが「四書五経」など中国の古典から出典される。今、中国は自らの古典の宝蔵を使わないともったいないではないか。
昔の中国の元号を見ると、永、和、平、慶、嘉など美しい文字が多かった。日本の元号も似たようなスタイルである。
崇禎、康熙など中国昔の元号はたいへん歴史の重みが感じられる。多くの元号が歴史と共に永遠に人々の記憶の中に刻まれている。
中国では1911年、清王朝が終わった後、元号が廃止されてしまった。そして、中国に元号が再びあったらいいと思わずにいられない。

(略)

https://www.recordchina.co.jp/b699381-s120-c60-d1120.html