曹操は董卓追撃戦の時、董卓配下の名将徐栄に敗れボロボロになって敗走している
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>>163
信長の野望で今川で始めて史実イベント回避プレイするとこいつどんなに恵まれてるんどよクソイージーモードやんってなる 西高穴2号墓の盗掘が残念でならない
曹操の頭蓋骨の顔面部分は破壊されて無かったとか
ネット時代になって、盗掘団が闇サイトで情報交換して盗掘が相次いでいるんだよな
歴史学者達より先に墓の場所を特定してしまうマニアっぷりは凄いけどな
曹操の墓も誰かの墓碑に「曹操の墓が近くにある」って記してあったのがヒントになったみたい >>162
将軍、軍師、政治家、詩人としても超有能だったからな。しかも敵だろうが裏切ろうが有能なら雇ったし。劉備や孫権には出来ない芸当。
張飛の短所も見抜いていたし。 劉備は劉備で正史からでは理解できない魅力があったんだろうな
自前の軍もない田舎の小金持ちからのスタートだろ 劉備三人衆では実は張飛がいいとこ(肉屋)のボンボンで最年少
地元の半グレ親分劉備と
役人殺して逃げてきた塩の密売人関羽が
ワルに憧れる少年をたぶらかして悪の道に誘い込んだ
ついでに肉も貢がせた
劉備は悪い大人 劉安が劉備をかくまった時に妻を殺して饗したというエピソード
日本人の感覚には合わんから書くかどうか迷ったけど
佐野源左衛門が愛する鉢植えを燃やして客人に暖を取らせた話と通じると思いねえと吉川三国志では触れている >>190
わかるわ
当時はあれがコメディ感覚だったのかね
劉備のエピソードもどう考えても後世の後付けって感じだったな >>88
自分の主義を過去の英雄に勝手につけるなよ >>32
大軍率いていなければ何も出来ないからな。三千人の騎兵で夏候淵顔負けの強襲をしたシバイとは比べものにならん。 >>22
優秀すぎると全部自分で出来ちゃうから
人を見る目は育たなそう >「三國志曹操伝 ONLINE」,孫堅文台の物語が楽しめる“孫堅伝”が実装
孫堅伝より孫策伝の方が袁術に玉璽渡して兵借りたり江東の二賢人や太史慈ほか仲間にしたり出来て楽しそうな気がする >>190
そんな処で霹靂して読書辞めるなんて貴方は奇特な方ですね >>195
日本で例えるなら蜀は東北だろw
建武の新政のとき東北土人は1回だけ上京して京周辺で暴れたことがあるw
呉は九州 >>209
劉備だろw
曹操のは董卓暗殺に失敗して逃げている途中に
知人の家に逃げ込んだらその家の下僕が豚を屠殺するための
包丁研ぎを自分を殺すためだと勘違いして家の者をすべて殺して
逃げる途中に酒を買いに行った家長の老人(ガキの時からの知り合い)
も殺したエピソードだろ。
家の者をすべて殺した時豚の屠殺で勘違いだと知ったが
禍根を残さないように家長の老人も殺した冷淡な曹操w >>210
聖人と言われている孔子の好物が
人肉の塩漬けwww >>211
いや中国人が人肉食うのは普通なことだよw
体を少しずつ切り刻む刑があるけど(やられたほうはいずれ死ぬ)
その肉は漢方薬になって売られるくらいだからなw >>221
英布の首の塩漬けを呂后が家臣に振る舞ったとか平気であるもんな >>217
水滸伝て倒した敵の肉食ったて話のオンパレードだぜw >>222
信長が浅井と朝倉のしゃれこうべの金箔椀を作って
年賀の宴で出したくらいが日本人のメンタリティーw >>163
三国志以外にもあの時代を記録した中国の史書はあるが、その全ての記録において袁術は苦粗扱い。
ぶっちゃけ三国志演義が一番かっこよく書いてるレベルで、正史にはヘドが出るようなエピソード満載。
つーか、袁術いなければ後漢王朝滅んで無い可能性もあった。
劉寵っていう後漢王族で陳という国の王がいたんだが、
コイツが脳筋系のお調子者だが戦闘は上手くて、コイツが怖くて黄巾族が陳に近寄らなかったレベル。
そんでコイツの部下、陳国の宰相が駱駿っていうんだが、(孫権配下の駱トウの父)
この人がまた名宰相で黄巾の乱を逃れてきた流民を受けいれ、豊富な食料でもてなし、陳国は「この世の天国」とまで言われていた。
ところがこの評判を聞き付けたのが袁術、食料の援助を依頼したが、袁術大嫌いだった駱駿に断られ、
怒って駱駿を酒宴に招いて暗札、さらに劉寵も暗札(劉寵はどうやって頃したのか書かれていない)し、
陳国そのまま乗っ取っちゃった。
コレが董卓に負け、曹操に負け、逃げ回ったハズの袁術がアッサリ大勢力になって復活してくる手品の種なのよ。
ちなみに袁術には娘がいて、この子は最終的に孫権の妃になる。
孫権が皇帝に即位した時、皇后に立てられそうになるが、父親が権力嗜好で破滅した事に懲りたのか、断固許否した。
しかし、コレが間違った選択肢で、皇后に即位した別の妃にそのカリスマ性と孫権の信頼度を警戒されて、
顔面に布団を被せられて窒息氏させられてしまう。
親が苦粗だと子は苦労するね。
あ、袁術と呂布が組んだ時、呂布の娘と政略結婚するハズだった袁術の息子は、
この美人妹のおかげで孫権軍の中で何もせずに高い地位に就いていた。 >>224
ソレも中国戦国時代のパクリ。
信長は意外と中国歴史オタだった。安土城天守最上階の襖絵は孔子と弟子10人(孔子十哲)だった。
なんて言ったモノの、実は信長は頭がい骨で杯して酒を飲んだワケじゃなくて、
頭がい骨を金箔漆塗りにして正月の飾り物にしただけらしい。
その一方で、件の中国本家の頭がい骨酒杯の話の中に、難攻不落の城を水攻めにするシーンがある。
もし信長がこの話を知っていたとするなら、秀吉が備中高松城を水攻めにしたって報告を聞いたら、何がなんでも見てみたいと思うよな。
警護の兵が間に合わず、手薄な状態でも無理して京都までいっちゃうよな。
やっぱり本能寺の変の陰の首謀者は秀吉なのかも。 徐栄と関羽(張飛だったかも?)って、一騎討ちで互角だったって記述があったような 三国何処も子孫がアホで仲良く滅びたのは逃れられない運命なのか 董卓のヘソに火を点けたのがロウソクの起源なんだって 序盤は結構ピンチなってるやん
中盤も終盤もなってるけど
蒼天航路の徐栄は活躍と死亡がギャップありすぎた >>228
関羽、張飛は割と敗走してる。特に張飛はあの曹豹と一騎討ちで引き分けるというお粗末さ これも死にかけたけど
賈クに計られたときも、呂布に追いかけまわされたときも
馬超に突撃されたときも関中で劉備に敗れた時も
死にかけてるよね (´・ω・`) 董卓は実はすごくまじめでいい人なんだぜ
洛陽焼いたのも反董卓連合軍なんだぜ
董卓は負けたからめちゃくちゃ悪いやつってことにされたんだぜ
だれかこれでラノベ書いてくれない? 蒼天航路の若い世代の黄巾族女ボスって結局どうなったかやってないよな >>233
家康も何度か死にかけてるから、そのくらいやんなきゃ天下は取れないということだね。 >>225
はぇー袁術の支持基盤の話って全然知らない部分だった
サンクス >>225
娘が固辞したのか、控えめだったんだな。
ゲームしかやってないと袁術のまわりは空白地なんでその辺乗っ取ってから皇帝になったのかと思ってたが、そういうことだったのね。 袁術の拠点が南陽から淮南に移った理由はゲームかよと思ったな 三国志のその後
劉備の子孫→劉禅次男の孫が生き残り自称劉備子孫が現代にいるらしい
曹操の子孫→一人っ子政策によって直系は断絶(曹操の墓とDNA鑑定で曹操子孫であるってことになった)
関羽の子孫→ホウ徳の息子によって根絶やし
諸葛亮の子孫→晋では官僚までに出世、諸葛村という村が現存 >>223
夫婦で仲間になるやつが居酒屋やってて
酔った客を殺して人肉にしてたな >>245
あれ?魏と呉にも諸葛亮の一族はいたのにそっちは繁栄できんかったのね >>233
天よ我に百難を与えよ!と言われて本当に与えてくる天ってシャレの分からない奴だと思う SFC横山光輝三国志では
兵器レベルが高くて兵数も多く地味に嫌な敵だった >>146
司馬懿って文官のイメージになってるけど曹操の治世では中央からは遠ざけられて
前線で武官として働きが多い
重用されるようになったのは曹丕の代になってから >>247
魏の諸葛誕は司馬昭と対立して反乱起こして族殺
呉の諸葛瑾の子諸葛恪はクーデターで族殺
僅かに生き残った子孫は次の五胡十六国時代までは名門として各国で重用されたとされる
なお劉備の子孫なども八王の乱の時に多くが巻き込まれて殺されてる >>227
頭がい骨を金箔漆塗り
にするのは敬意を払っているて説もあるけどな
ただ織田と朝倉の確執は異様
朝倉の当主の母親はなぶり殺しにしているからな
まあ婆さんも悪たれ付いたのも原因だがなw 八門金鎖の陣なんて、本当に実戦で使われた事ってあるのかな
https://youtu.be/qyGDl9Zww-U
カッコイイな >>246
ああそんのもあったなw
とにかく異常w
日本の戦国時代でも追い剥ぎされて殺されたとしても
その人肉まで食わないだろ
まあ仏教による肉食の禁固と海産物が食える環境だったこともあるけどよw >>248
ほんまやしゃれにならないよ
ウンコツボから逃げた時の惨めさときたらトホホだよ
山中鹿介 談w 曹操も完璧超人ではなかったということだろう
それに董卓は愚か者ではなく曹操の覇道を先に体現した大人物だったしな >>253
この三国志のドラマていいよな
数年前BSフジで放送していたのを全部録画して円盤にしてあるわ 浜田雅功主演の龍馬見たいな感じでドラマ化したら
それが1番史実に近くなったりしてな 嘘ばっかり三國志3の徐栄ゴミだったぞ、あんなのに負けるはず無い >>265
それただ武力と知力の数値ミスっただけやん
ホウ徳も入れ替わってたっけか
>>263
大して出番もなく早死にした奴は目立たないから、評価も低い
あのゲーム有名武将だけやたら数値高くしてその他の武将ぼろくそすぎんだよな 捕虜になったあと関羽が負けて孫権は于禁を魏に帰した
そこで冷遇されて最後は憤死した 元々、屯田をみとくような二線級の武将やし
関中で勇猛な武将が消耗しなきゃ声もかからない様な人 呂布とともに徐州を支配したものの後に曹操に降伏した臧覇
魏ではかなり出世したのに、三国志とかでは空気扱い >>271
青州徐州方面の人士は覇権争いに絡みにくいから空気感強まってるね
陳登なんか孫策の侵攻を阻止してるのに全く空気 >>271
王允(呂布に董卓を暗札させた奴)の甥の王凌なんて、石亭の戦いで大活躍して、さらに司馬懿に対抗してクーデター未遂までやらかしてんのに、登場すらしないぞ >>268
于禁が関羽に土下座命乞いしている壁絵を
曹操のガキの皇帝に見せられてそのあと憤死だろw
曹操は戦に負けても降格とかの処分はしなかったから
曹操のガキの皇帝はこういう陰険な方法を取ったwww >>275
まあ曹丕には曹丕の言い分もあったんだろう。
于禁降伏の図って、確か曹操のお墓に描かれてたんじゃなかったっけ?
『父・曹操の一生』みたいな絵巻の中のいちばめんとして。
つまり曹丕から見て父・曹操にとってかなりショッキングな事件だったって事だろう?
まあ陰険なのは認めるけどさ。
于禁って、確か敵将の降伏を絶対認めない人だったんだよね。
知り合いの敵将が降伏してきたら涙流しながら斬ったって逸話があったハズ。
それが自分がピンチになったらとっとと降伏って、曹操もさぞかしビックリしただろうさ。 横山光輝の漫画だと周瑜も憤死のイメージ
実際は病死だろうけど
>>273
石亭の戦いって何かと思ってググったら
曹休が大敗した、魏と呉の戦いか >>273
というか学者でもない人間がそんな人物を知っていること自体が異常な気がするw
日本人の三国志好きはある意味で狂気に近いんじゃね >>281
まぁまごう事無き英雄譚だからな。前半は話としても比較的解りやすいし
解りにくい奴はやっぱ流行らないよ
日本でも応仁の乱とかあんま人気無いのは状況が解りにくいからだよ 後世からは好かれて無いが
曹丕の寿命がもう少しあれば歴史も大分変わってたろうよ いくら盛り上げても晋のせいでボロクソだけどな
司馬炎親子が無能過ぎて司馬一族同士で争うが、傭兵として異民族を入れたせいで中国初の異民族国家が立ち上がり
更には三国志で誰でも皇帝が名乗れるようになったので弱小国家でも皇帝に名乗り出るほど
それで倭国との交易も途絶え、卑弥呼から天皇王朝にいつどのタイミングで変わったのか分からなくなったという ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています