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以上、同性愛者に対する捉え方について、男女間には少なくとも4つの違いがあると私は考える。

冒頭の記事に対する反応で「ゲイがいる=俺が襲われる、と考える男性は、自分が女をいつも性的対象として見てると宣言しているようなもの」という旨の反応が散見されたが、
それは大半の男にとってその通りで、男は女を、一人の人間である前に女という性的な存在として見てしまう傾向にある。
あるいは、一人の人間として認め・尊重しようとしても、そこから性の要素を削ぎ落とすのは難しかったりする。
だからこそ、同性愛者に対する感覚が異なるのだ。

同性の同性愛者に対する感覚について述べたが、では異性の同性愛者に対する感覚はどうか。
異性愛者の男にとって同性愛者の女は、〈異性愛者の女以上に、自分を恋愛・性的対象として見てくれない〉存在であるが、
女にとって同性愛者の男は、〈自分を性的対象として見ないでくれる〉だけで異性愛者の男よりも安全であり、かつ、〈人間として見てくれる〉可能性のある存在なので、女は男に比べて同性愛に肯定的な人が多いのだと思う。

それから、男女の話。痴漢やセクハラの話が出た時に「お前みたいなのは痴漢されない、自意識過剰だ」と言う人がまれにいるが、それは全く見当外れだ。事実として〈女(の身体)というだけで〉痴漢する男がいる。
そして痴漢とそれ以外の男を、被害に遭う前に判別することはできない。ならば、誰も望んでやっているわけではないが、自分を守るために全ての男を警戒するのは仕方ないことだ。

それって、同性愛者の痴漢とヘテロ(ストレート)の男性の関係についても、同じことが言えるのではないか。
冒頭の記事の反応の中で、この構造に気づいている人も多かったが、そこで警戒心を持っている男性に対して「ゲイにだって選ぶ権利がある」などと責めるのは間違いだ。
〈男(の身体)を持っているというだけで〉ゲイを警戒するのは、女の場合と同じ恐怖感に基づいているのだ、と認識すれば良いのではないか。
(元記事の「友人」については擁護の仕様がないが、だからと言って、男性が同性愛者を警戒するのはおかしい、という理屈にはならない。)

近年、LGBTが認知され、知識も深まり、地位も向上してきている。それは非常に喜ばしいことである。ただ、LGBTの人も、LGBTに理解がある人も、他者が感じうる恐怖感や嫌悪感にも気を使ってあげてほしい。
攻撃されたら防御や反撃をするのは当然だが、自分がどこかで攻撃されたからって、別の、防御してるだけの誰かを攻撃しないように気を付けたい。
自戒を込めて。