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2023.02.18

アニメソング、童謡の歌い手で知られる、たいらいさお(70)が次回公演で、1982年に放送された人気アニメシリーズの第1作「超時空要塞マクロス」の主題歌「マクロス」をカバーする。過去に2回ステージで披露した記憶があるという同曲は、最初にボーカルとして録音を終えながらも、藤原誠に変更されたエピソードを持つ。当時の状況、その後の活動について、たいらに聞いた。

「OKです」「これで行きましょう」―。スタジオで関係者にかけられた声は今も鮮明に覚えている。たいらは「あれは放送開始の3カ月、いや半年前かな。もう40年以上前のことですから、記憶がおぼろげなところもあります」と断った上で、「羽田健太郎さんの作曲で、力強さの中に憂いがあって、心に染みる素晴らしい曲でした。オープニング(「マクロス」)、エンディング(「ランナー」)どちらも歌いました。ところが楽曲は同じままで、私の歌が入っていないものに変わってしまいました。私の何が悪かったのか、と考え詰めました。皆がこれで完璧だ、と言ってくれていたのに、です。とてもショックでした。理由は当時、分かりませんでした」と回顧した。

所属していたキングレコードの担当者も衝撃が大きく、このことに触れない不文律が生まれたという。「ある程度時間が経って、こういうことじゃないのかな、という感じまでは分かりました。レーベルの問題ではなかったようです。諸事情というか〝大人の事情〟というところでしょう」と振り返った。

たいらは1976年にポップス歌手としてデビュー。翌年から2年間、NHK「おかあさんといっしょ」の3代目うたのおにいさんとして活動。2代目だった水木一郎の後を継いだ。当時は〝子ども向けの歌〟〝テレビまんがの歌〟の境界線はあいまいだった。その後、子ども向けショーのステージにも立ちながら、キングレコードでアニソン歌手の活動を始めた。

当初はカバー曲が多かったが、1980年から3年間、多くのオリジナル楽曲を担当した。80年は「無敵ロボ トライダーG7」の「トライダーG7のテーマ」、「伝説巨人イデオン」の「復活のイデオン」。81年は「銀河旋風ブライガー」の同名オープニング曲、82年は「魔境伝説アクロバンチ」の「渚にひとり」などを歌い上げた。特に「復活のイデオン」「銀河旋風ブライガー」は現在も人気が高い。

たいらは「イデオン、ブライガー、マクロスで〝ホップ・ステップ・ジャンプ〟となると思っていましたが…」と残念そうに語った。82年を節目にアニソンとは距離を置いた。

中略

継続して子ども向けショーのステージに立ち続けたが「アニソンも取り上げるのですが、子どもたちは新しい作品ばかりに目が向きますから、イデオンもブライガーも歌うことはなくなりました」と語り、「マクロスはすごい評判でした。まともには見られませんでした。悔しくて自分が歌った記憶を捨てよう、なくしたいと考えたくらいです」と続けた。 

当時、アニソン歌手の芸能界での立ち位置は低かった。アニソン歌手として苦境だった水木一郎とも、子ども向けステージで一緒になった。

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