「ここまでハッキリ語ったアスリートは初めてではないか」

 国士舘大学の非常勤講師でスポーツライターの津田俊樹氏が感心したのは、9日、国立競技場で行われた陸上五輪テスト大会に出場した新谷仁美(33)の前日会見でのコメントだ。

国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が6日に発表した、東京オリンピック・パラリンピックの各国代表団への新型コロナウイルスのワクチン無償提供。日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長は「優先接種対象者、医療従事者の活動に影響を生じさせないことが前提」としながら、「参加者とホスト国の日本の安心・安全を確保するための取り組みだと聞いている。ありがたい話」と歓迎した。

■五輪選手だけはおかしい

 これに対し、東京五輪陸上女子1万メートル代表に内定している新谷はこんな持論を述べた。

「個人の意見ですが、命に大きい、小さいは全くない。五輪選手だけが(優先)っていうのは、私としてはおかしな話。国民であっても五輪選手であっても、アスリートであったとしても、人の命を守らなきゃいけないものなので、そこは平等に考えていただきたい」

 IOCは特別に入手したワクチンを代表選手に打ってもらい、国が「安心・安全」のお墨付きを与え、パンデミックの中、どうしても五輪を開催したい。しかし、アスリートは人の損得で走らされる競走馬ではない。

 前出の津田氏が言う。

「日に日に悪化するコロナ感染や逼迫する医療現場のことを知っていれば、ワクチンを優先接種してでも五輪の舞台に立ちたいという選手の方がむしろ稀ではないか。新谷のように思っていても、ここまで言える者は日本では非常に少ない。プロランナーの新谷は一度現役を離れ、会社勤めの経験がある。それも影響しているのかもしれません。五輪マラソンで2つのメダルを取った有森裕子(54)も言うように、『アスリートである前に社会人』という意識が強いのでしょう。それにしても、ワクチンを優先的に打つ、打たないの判断を選手に任せ、ワクチンを打つことにうしろめたさを感じさせるというのは酷な話です」

 まったくだ。8日、新型コロナの感染者が全国で7000人を超えた。7日の厚労省の発表によれば、4日現在の人口10万人当たりの療養者数では17都道府県がステージ4(爆発的感染拡大)に達している。特に変異株が猛威を振るっている大阪では7日に50人、翌日も41人が亡くなった。感染症状が悪化して救急車を呼んでも搬送できる病院がないのが大阪の現実だ。

 五輪の舞台となる東京都も9日、1032人が感染、2日連続で1000人以上の新規感染者が確認された。「命の選別」が行われていると言っても過言ではない大阪の悲劇は対岸の火事ではない。

悲惨なインドにこそ

 他国に目を転じれば、インドの状況はもっと悲惨だ。累計死者数が24万人を突破。埋葬地には死体が山積みにされている。五輪選手よりワクチン接種を優先すべき人たちは世界中にあふれかえっているのだ。

 それでもIOCや日本政府、東京都は選手にワクチンを打って五輪開催に突き進もうとしている。バッハ会長やジョン・コーツ副会長の「大会は必ず開催される」との発言も国民の反感をさらに募らせている。ちなみに、東京五輪開催の是非をめぐり、弁護士の宇都宮健児氏がオンライン署名サイト「change.org」上で5日に始めた大会中止を求める活動署名は、9日午後30万人を突破した。

https://news.yahoo.co.jp/articles/66b70962085a5ca976d991a9c0ea8fc16cb25c52
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