【芸能】古賀稔彦さん、生前明かしていた理想の死は「畳の上でバタンと…」 [爆笑ゴリラ★]
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3/24(水) 21:44配信
SmartFLASH
2008年、自身が運営する古賀道場で、本誌のインタビューに答える古賀稔彦さん
3月24日朝、バルセロナ五輪(1992年)柔道金メダリストの古賀稔彦さんが亡くなった。享年53。ガンを患い、闘病中だった。
選手団主将も務めたバルセロナ五輪では、大会直前、吉田秀彦氏(51)との練習中に重傷を負った。古賀さんは2004年、本誌のインタビューで、当時を振り返ってこう語っていた。
「激痛に耐えながら、なんでここにきてケガなんかしたんだろうという思いでいっぱいでした。でもふと我に返ったら、『あ、これで俺は勝てるな』と、そんな言葉が自然に心の中からできたんです」
診断結果は左膝内側の側副靱帯損傷。歩くことすら困難な上に、減量苦が重なった。試合当日は麻酔を6カ所も打ち、テーピングで負傷箇所を固めて試合に臨んだという。
決勝戦は一進一退の攻防が続き、判定へ。審判の旗が自分に上がった瞬間「記憶が飛んだ」という。畳を降り、コーチと吉田氏から涙で迎えられて初めて、状況を飲み込んだ。
「万全の状態で勝てるというのは当たり前のこと。どこかにマイナス部分を背負って勝負することも結構ありましたから。だから、ケガをしたから仕方ない、なんて気持ちはまったくありませんでした。逆に周囲の雑音とか雑念に振り回されることがなくなって、試合に集中できました」
悲願の金メダルを獲得した “平成の三四郎” 。取り巻く環境が一変したときの心境を、2008年の、本誌の別のインタビューで明かしている。
「イベントや講演で呼ばれてギャラをもらって、どこに行ってもチヤホヤされました。その地域でいちばんいい店に連れてってもらい、減量もないし好きな酒も飲める。バラ色の生活が、1年くらい続きましたね。ケガで練習もできないし、勝負の世界から開放されてすごく楽でした。
しかし、1年過ぎてからその生活がつまらなくなってきました。心の成長は、夢や目標を持つことでしかできないと実感しました」
引退後は神奈川県に道場を構え、後進の育成に励んだ。夢を追いかける大切さを、子供たちへ伝えるために。
「引退してどうするかなぁと、柔の道の “最後” を考えました。死ぬときに、胴着で畳の上でバタンといけば、夢、達成だと。まずは死ぬ場所を作ろうと道場を作ったんです。でも、死ぬにはまだ早い。それなら自分が柔道を通じて、よかったことを子供たちに伝えようと、気軽に通える町道場を開きました」
畳の上での大往生こそ叶わなかったが、無数の子供たちに夢と希望を与え続けた古賀さん。今も瞳を閉じれば、代名詞の一本背負いが瞼の裏にしっかりとよみがえる。早すぎる死を惜しみつつ、掌を合わせたい。
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https://news.yahoo.co.jp/articles/c369c8e3c6b5458beef6a61de26cb9f0757d4ef2 晩年はその道場で子供達に指導することに勤しんでいたようだね この人が現役の頃は2chも勢いがあったのに
今ではご覧のようにこの廃れっぷり
日本が益々つまらなくなるな 花マル伝のモデルの人だよな?
作者も若くして亡くなったんだよな >>12
ハナマル伝の作者亡くなってたのか…
あの頃ヤンサン買ってたから読んでたな >胴着で畳の上でバタンといけば、
そうだ、俺は全て受け入れくれる若い裸の女体の上でバタンと うわ。いつの間に。
バルセロナのあの決勝戦は忘れられないわ。 森さんあんたはオプジーボで助かったんだから古賀さんの分まで一線で頑張ってくださいよ >>11
パヨクに身売りして5chになったらAAも使えないし
在日工作員だらけで連日ネトウヨが−だもんな
マスゴミと同じになった 畳の上で死ぬ場合って、誰かに殺される時がほとんどだよな。
病気で畳の上で倒れても、救急車呼ばれて、死ぬのはベッドの上になるし。 この世に必要な、本当に悪い事もしないで真面目に物事に取り組んでいる人が早くに亡くなると悲しくなる >>9
痩せ以外顔は見た目も変化ないから
消化器系統?
顔色は普通だから肝臓は違うかな 階級制が当たり前となっている中、体重無差別の全日本選手権を、まさに「柔よく剛を制す」で勝ち上がっていった。 出場選手中最軽量の76キロで100キロ台の相手を次々と破り、準々決勝では最重量155キロの相手に勝った。準決勝も激しく動き回って108キロの相手を下し、連覇を狙う小川直也との決勝に進んだ。 169センチ、76キロの古賀は、193センチ、130キロの小川に奥襟をつかまれ動きを封じられた。7分過ぎ、強引な払い腰をこらえた直後、足車で宙を舞った。畳の上に大の字になった古賀の目に涙があふれた。「武道館の天井は初めて見た」。 敗れてもなお、古賀強し、そう思わせる歴史的な出来事だった。 自宅で亡くなったってことはもうホスピス状態だったのかなぁ
若い人のガンは怖いな いいこと書いてるな
欲に溺れた内柴ゼンカモンにならなくてよかったわ >>26
本スレには元は書いてないけど「手術のあと転移して複数の病因で抗がん剤治療」とあった
樹木希林さんみたいな全身状態だったかも >>24
そういう場合でも「畳の上で死んだ」ことにはなるよ オリンピック決勝で古賀の怪我していた足を狙わず戦った相手選手も称賛されてたよね。 腎臓で片方取ってたみたいだね
オレの友人も腎臓ガンで片方取ったが30代で死んだ 橋本真也、斉藤仁、古賀稔彦
柔道出身者は早死にだな。 アトランタ五輪前に古賀の父親の看病に嫁さんがいってる間に、今の嫁さんと不倫してFRIDAYされ、「五輪より不倫」って書かれたんだよね。
奥さんが柔道関係者の娘さんだったので、古賀本人も責任取って大学の助手辞めて、最初の奥さんと離婚。
今の奥さんと不倫で一緒になり、奥さんの実家の敷地内に柔道教室開いた。
前の奥さんのこと考えたら、美談ばかりじゃない。 元気なときにコロっと死んでくれた方が家族は助かる。
介護だのなんだのになると大変だし。
なにより親が弱って頭もオカシクなった姿を記憶に残すのは辛い。 療養の為に南伊豆に引っ越してたんだな
このコロナ禍でも熱海や伊東の地価上がってるし伊豆の良さが再脚光を浴びている 50代でなくなるガンとは
胃がんかすい臓がんかな? 摘出や抗がん剤してもどうにもならんと医者はわかっててもするのが医療行為 何か矛盾してるよね >>41
亡くなるまでの数年を指す言葉だから間違いではないだろ >>38
なるほど、だから五輪でそれをかき消すエピソードが必要だったんだな。 柔道家と普通の人では「畳の上で死にたい」の意味が違ってくるという >>51
それを語るには原作の姿三四郎の内容から始めねばならない
姿三四郎というのは明治という時代を象徴する小説でもあるからだ以下略
ちなみに昭和の三四郎と呼ばれたのは
東京オリンピック金メダリストの岡野功 >>38
違和感があったのが母親が淡々と喋ってた
この事があったからなのか 歯周治療実施後に有 意に血中のC反応性蛋白(CRP)値が改善したことを報告しています。
すなわち,歯周治療による血管内皮機能の改善が,結果として腎機能の改 善・回復に貢献する
という病態理論は妥当性があると考えられるということです。
このように歯周病と循環器系の病気との関連性が色々明らかになってきています。
歯周病は”万病の元” >>1
バルセロナ現地の乱打りで古賀さんに怪我させた吉田が責任感じて自分も頑張った話は有名だけど、試合前日に責任感じた吉田が自転車2人乗りでヌーディストビーチに見に行ったら、翌日二人して金獲った話も好き 谷本を金に導いたのに何で日本柔道連盟のコーチから外されたのか謎だな
いろいろ内部で派閥とかあるんだろうな
その後パワハラ問題起こって古賀は無害だったが
古賀も自分の階級の代表男子をコーチングしたかったんじゃないのか がんは10年単位で成長したりします
大きくなるずっと前からはじまっていたのです
だいたいが食生活が糞です
ですが、ちょっと誤解があるようです
「何かを食べてきたら」というより、「何かを食べてこなかったから」糞ということです
伝統食を捨てる人は気をつけてくださいw 体に栄養素を補給するのは自分です
機械なら、燃料という栄養補給に加えて「メンテナンス」という言葉があります
人体の場合は、さまざなな調節機能、機能低下の修復、病気の予防が含まれます
これらを担ってるのは自分ではないのですよw
そういう視点で長寿の人の食生活を見てください
はっきりわかります 最近は多少理解が進んでマシになったほうですけどね
栄養補給の視点で見ると、「いらないと思える食材」がありました
たとえばですが、こんにゃくですよ
ですが、こんにゃくを捨てる人間(食べない人間)はメンテを放棄するのと等しいです >>62
蒟蒻なんて消化もしないし、何の栄養素もない。食べるだけ無駄。 古賀先生の現役時代の動画見てきたけど鳥肌が立った。対戦相手は一本背負いを警戒していてもどうしても防げないんだろうな。投げられた後呆然としてる人が多い。
たまに山下がチラチラ出て来るけど反吐が出そうになる。失せろ 柔道やってた俺からしたら偉大な人
歳も近かったから余計に
高校時代にもし対戦したら俺なんか5秒で
背負い投げされて終わるだろうなと思ってた >>27
何故テレビはこの試合を取り上げないんだろう(´・ω・`)痛みを耐え金より有り得ない功績だろ(*_*; >>64
昨年川崎フロンターレのキックインイベントの画像では病気を感じさせなかったんだけど
急激に悪化したんだろうか マウスシールドしながら指導してたからつい最近までは元気だったんだろうな
ガンは怖いな 俺は腹上死がいいな
テクノブレイクで死ぬ可能性が高いけど >>12
新花マル伝には古賀さんそのものがモデルの人物も登場する
篠原モデルも、棟田モデルも 教え子に手を出した人が持ち上げられてる違和感、と思ったら別人だった
なんか顔似てるような 人徳のある古賀さんではなく、うちの会社の荒フィフ汚局コンビが氏ねば良かったのに! 寝てる間に死ぬか眠るように死ぬのが理想だよ
痛いとか苦しいのは絶対やだ しかし、あんな強い人でもガンには勝てないんだから、
ガンって怖いんだよ 俺の知り合いも最近なんか疲れやすいんだよと話してて一年たたずに腎臓がんで亡くなった
腎臓がんって比較的生命予後が長いイメージあったからショックだったわ まだまだ育成や解説で活躍してほしかった。
本当に残念でならない バイデン&すがでこうなった。
残念。
ミサイルがくるのも米朝合意があるだろうし、今日はあれの日だったからね。
ていうのが 米軍は日本海と呼ばないっていうスレにかけない。
っていうのが日米関係。
オリンピック去年むりしてやっておくと見れただろうね。っていうのがあるから
テレビで一声言ってくれてもよかったね。 ご冥福をお祈りします。
自分も5年生存率85%という非常に微妙な生存率の癌を摘出して2年経つんだけど、あと3年持ちこたえたら再発率がグッと低くなるようなので、何事もなく3年経ってほしい。独り身の時はいつ死んでも良いと思ってたが、家族が出来て易々と死ぬ訳にはいかない。 >>80
古賀も先妻ほかして教え子後妻に貰うとるんやで >>85
ご冥福をお祈りします。
自分も10年生存率90%のガンサバイバー
同世代の方が亡くなるとショック受けるな >>87
最初の嫁さんは吉田に電話番号聞かせて柔道大会でナンパした女子柔道選手で、古賀を追って日体大に入学。
7年くらい交際して結婚。
アトランタ五輪前に古賀の親父が末期ガンで余命いくばくもないときに奥さんが佐賀に看病にいく。
その間、古賀がエアロビの姉ちゃんと不倫朝帰りサングラス姿でFRIDAYに撮られて「五輪より不倫」とかかれて大騒動。
嫁さんショックで体調崩して実家に帰る。嫁さんの親父は某大学の柔道関係者だった。
古賀は嫁さんを捨て、エアロビの姉ちゃんと再婚。それが今の嫁さん。
古賀を人格者と書いてるヤフコメ欄の奴等は事件知らないのか?
ちっとも人格者じゃないし、柔道界やJOCの理事になれないのはそのためだよ。
亡くなる前に、自分の親父と看病してくれた前の嫁さんの姿を思い出し、少しでも反省してたらいいけどね。 >>48
酷い過去はあったようだが、内柴と同類にしてしまうのはあんまりだ。 >>48
酷い過去はあったようだが、内柴と同類にしてしまうのはあんまりだ。 >>67
あの人も選手としては史上最強の一人だったが、引退して権力を求めていった姿には失望した。
自らが率先して大きな責任を背負い、引退後は指導者としても柔道界へ尽力された斉藤先生と大違い。 理想だけど家族にしてみたら病院のほうがいいよ。亡くなった後いろいろ大変。 ウチの婆ちゃんも「死ぬときは病院のベッドより自宅の畳の上がいいねぇ」って常々言ってる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています