勝ち負けがからむスポーツ指導の現場で、監督やコーチが選手を殴るなどの暴力をふるう例が後を絶ちません。体罰は絶対にすべきでないという指導者からも、「必要な指導に従わない者にどう対処すれば」――。そんな悩みが聞こえてきます。どんな時に体罰が起きるのか。いま、どのような指導法が求められているのか。みなさんと考えます。

■「たたく」以外 今も手探り 体操・速見佑斗コーチ

 スポーツ指導者はなぜ体罰をしてしまうのか。昨年8月、体操の日本女子代表候補だった宮川紗江選手への暴力行為を理由に、日本体操協会から無期限の登録抹消処分を受け、9月に謝罪会見を開いた速見佑斗コーチ(35)に聞きました。
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 2010年に指導者生活に入った当初は、たたいてもいいと思っていました。自分は現役時代、バシーンとたたかれてシャキッとする感覚があったので、選手の気持ちを引き締める手段として使っていました。その後、そういう指導がはっきり否定される時代になり、「確かにこの方法は違う」とはわかっていても、では他にどうすればいいのかがわからないという壁に当たりました。

 今、宮川選手の指導を続けながら、メンタルトレーニングや心理学を勉強し、怒りの正体が何か、またどうすれば感情のコントロールができるようになるのかなど、多くのことを学んでいます。その中で自分自身を分析して、どういう時に感情が乱れているのかなど理解を深めているところです。

 今はもう手を上げることは一切ありませんが、感情面でいろいろなものと戦っています。選手の集中力などが低下している時など、以前なら怒って指導していたところをどうアプローチすればよいか、すごく考えながらやっています。

 指導のあり方が大きく変化している中で、僕と同じように悩んでいる現場の指導者も実際に多くいます。現在では「間違っている」と言われる指導が望ましいとされた時代に育ち、今望まれる指導法を学んでいない人たちが、指導現場には多くいます。指導者が学ぶ機会や機関もありますが、もっともっと積極的に指導者が学べる場を増やしてもらえると、現場の指導者は救われるのではないかと思います。

 競技団体などにある暴力やハラスメントについての相談窓口も、選手の窓口は多くありますが、教える側の悩みを受け入れてくれる窓口はあまり見かけません。専門的に対応してくれる指導者の相談窓口が増えれば、必然的に子どもや選手のためにも良い方向に向かうのではないかと考えています。

 今、僕がやるべきことは、もっともっと勉強して、胸を張ってこういう風に変われましたと言えるようになることです。

 現在望まれている形とは違ったかもしれませんが、僕を一生懸命に育ててくれた大人には感謝の気持ちしかありません。これからは僕が、現代に求められる、より良い指導方法を確立してスポーツ界に貢献できるよう地道に努力していきたいと思います。(聞き手 編集委員・中小路徹)

■理詰めで納得させる 花咲徳栄高・岩井隆監督

 第99回全国高校野球選手権大会で優勝した埼玉・花咲徳栄高の監督、岩井隆さん(48)は高校時代、指導者から殴られた経験があります。いま指導者になり、「殴った方が早いと思うこともある」と言います。

 高校野球は「教育の一環」とする歴史的生い立ちがあり、「スポーツを楽しむ」という発想は後発です。岩井さんは2001年にコーチから監督になった後、「高校野球は(これまでの高圧的な)指導者のカタチを踏襲してしまっていた。『継続は力なり』ではなかった。自分の考えを1回、ぶっ壊してみることが大事」と気づいたそうです。

 情報社会の中で、個性を尊重する時代。かつての価値観は通用せず、マニュアルもない今、どう指導していけばいいのか。岩井さんが選んだのは、「理詰めで納得させる指導」でした。「『これは校則だよ。言うこと聞かないのは先生に対する逆ハラスメントだよ』って。感情的にならずに理論武装する。冷たいと言われるかもしれないけど、いい方向に導きたい気持ちは一緒なんだと周りに分かってもらうことから始めました」。そのなかで岩井さんが力点を置いたのが「子どもの自立」です。

>>2以降に続きます

2019年1月27日9時30分
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