【西郷どん】島津家32代当主、NHKドラマ「西郷どん」での島津久光に苦言 「自ら『国父(藩主の父)だ』などというのはみっともない」
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
顕彰活動などについて原口教授(左)と語りあう島津さん
https://www.yomiuri.co.jp/photo/20180909/20180909-OYT1I50006-L.jpg
鹿児島県薩摩義士顕彰会の設立100周年の記念行事が8日、鹿児島市中央公民館で行われ、会員ら約150人が出席した。同会の会長で、傘寿を迎えた島津家32代当主の島津修久さん(80)が、原口泉・志学館大教授と一緒にこれまでの顕彰活動や思い出を語った。
同会は、江戸幕府の命で、木曽川などの治水工事に従事し、病気などで亡くなった薩摩藩士らの功績を顕彰してきた。島津さんは、原口教授と対談しながら持論を展開し、「島津家などにこだわらず、顕彰事業に関心がある方がやるようにして、広がりをもたせるべきだ」と語った。
話題はNHK大河ドラマ「西郷どん」にも及び、島津さんは「(島津)久光が悪役で描かれるのは仕方ない」としながらも、「自ら『国父(藩主の父)だ』などというのはみっともない」と指摘。ドラマの時代考証も務める原口教授が「話題を変えましょう」と苦笑し、会場の笑いを誘った。
2018年09月09日 09時38分
YOMIURI ONLINE
https://www.yomiuri.co.jp/culture/20180909-OYT1T50018.html どうも、最大公約セレッソです
皆さん、観戦お疲れさまです(´・ω・`)
私もセリーナの抗議には幻滅しました。
http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/soccer/1535237235/ 実際に自分で言ってたんじゃないの?
国父なんてそれまではなかったんだしね
官位でも何でもなく、単なる陪臣 西郷どんは正直考証担当者が気の毒だわ
脚本家や演出家がダメだとどうにもならないつう見本みたいなドラマ 西郷の立場からすると、どうしても久光は“悪”になってしまうからなあ >>1
自ら「公共放送だ」などというのはみっともない
だろ?
恥を知れ!
家庭に反社会勢力を差し向けるNHKに公共放送を名乗る資格はない
NHK集金/契約/職員&請負人の不法/違法行動を記録するスレ [無断転載禁止]]©2ch.net
http://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhk/1482388213/ >>5
汚れメイクなだけじゃん
>>11
兄貴は最先端のエリート、弟は田舎もん >>14
民放がNHKの民業圧迫に対抗するには、電波オークションを受け入れて、
その収益の一部(2千億くらい)でNHKの1/4を公共放送として養ってやればいい。
★NHK解散→3/4民放化
★民放は電波オークション実施
★1/4NHKは電波オークションの収益で運営
★受信料廃止
>>1 >>1
未だに同郷の鹿児島県民からフルボッコにされる『大久保利通』とその一族についてコメントは?
多分鹿児島県民が最も嫌いな人物、ぶっちぎりNo.1だと思うわ >>14
>>17
独禁法でNHKをぶっ壊す!(申告バージョン)
あなたが申告すればNHKはぶっ壊れる!
・・・・
申告理由(テンプレ)
★NHKによる受信契約強制は独禁法第3条に違反している。
★ NHKによる私的独占と不当な取引制限(受信契約強制)
・放送法はNHKが映らないテレビの存在を想定している
・NHKが映らないテレビが製造販売されないのは、特許が独占されているから。
・B−CASはNHKが主導しているから放送法20条15項が禁止する部品認定による規律・干渉にあたる。
・B−CAS技術で可能なスクランブル放送を実施しないのは受信契約を強制するためだ。
★受信契約強制(不当な取引制限)は排除措置が執られるべきである。
・・・・・
公正取引委員会
インターネットによる申告
独占禁止法違反被疑事実についての申告
(IT・公益事業における独占禁止法違反についての申告も受け付けています。)
http://www.jftc.go.jp/soudan/denshimadoguchi/index.html
>>1 眼の前に居るこの教授が、時代考証やってんじゃないのw >>9
ほんとそれ
今回の大河は俳優もいい演技してるのにね〜
脚本と演出はクビで 正直維新の足引っ張ることばかりしてた人だしな
功績といえば後に新政府にテロや反乱起こしそうな人間を寺田屋事件で葬ったことか ここまで久光を道化に描いたドラマってあったっけ
だいたい頑固で保守的な人間という風にはなってるけどあんなに間抜けではないだろ 飛ぶが如くの高橋英樹のイメージしかない
高橋英樹の時代劇はあんまり見たこと無いけどこれはよくハマってた 実際には西郷や大久保より小松帯刀の方がはるかに有能なのにな >>26
徳川幕府がつづいたはふが
日本はしあわせでした >>30
役に立たない旗本八万騎のリストラが出来ないよ 幕府が倒れたら西郷と大久保をボロクソに叩きまくってた人だっけ?
島津といい山内といい幕府にあぐらかいてきてた権力者にしてみたら新政府こそ忌み嫌うものはなかっただろうね 藩主でも当主でもない単なる公爵家の一員に過ぎないのに、公爵右大臣貰ったんだよな
八百屋の娘から従一位の桂昌院の次くらいだろ、成り上がり方とすれば 小松西郷大久保を使い続けた偉人なのに評価されないのはおかしい >>3
ご先祖様はこんな事いわないよって暗に言ってるんでしょ >>30
豊臣政権が続いていた方が日本は幸せだったと思うよ。豊臣なら幕府を開かず徳川のように朝廷をないがしろにもせず鎖国もしないから近代化が早まり欧米による世界の植民地化にも早めに対抗出来ていたはずだから あの時代の薩摩いもさむらいをフェミニストに描くこと自体、笑止千万。 >>37
というよりもイレギュラーに権力の座についたから島津家の代々の重臣に軽く見られていた
だから若手や下級武士を抜擢して自分の権力基盤を作る必要があった なんだかんだで西郷や大久保たちに任せてるからなあ。
名君とは言い難いとしても無能ではないだろ。
立場上自ら藩主、当主とは言えないし、
国父って言っちゃうのもまあ仕方ないんじゃないの。
本当に自称してたかどうかはともかく。 久光も高知の山内容堂も公武合体守旧派
部下イジメの悪役にされるのは仕方ないところ 時代考証なんてさわりくらいで
中身は無茶苦茶だからな >>10 松平は殿自身がご乱心を世間にしらしめたからね
こんばんは、松平定知です。
歴史を大きく動かした「その時」には、
その瞬間の人々の決断や苦悩のドラマがあります。
今日の「その時歴史が動いた」は、
私がタクシー運転手を蹴り殺そうとした「その時」をご紹介します。
〜〜〜〜〜
時は、西暦1991年、平成3年。
日本は第二次大戦後、空前の経済繁栄に酔いしれていました。
事実上の国営放送である特殊法人のNHKこと日本放送協会。
衛星放送を始めるなど順調だったこの局の看板アナウンサーが、
徳川御三家の流れを汲む私こと松平定知でした。
松平定知がタクシー運転手を蹴るまで、あと3日。
〜〜〜〜〜
さあ、今日の「その時」がやって参ります。
彼は泥酔したまま車に揺られながら、吐き気を覚えていました。
とそのとき、運転席からタクシー運転手の舌打ちが聞こえました。
〜〜〜〜〜
彼が何故、タクシー近代化センターに通報するより、
その場で、自らの足を使って成敗することを決断したのか 、
これは現在に至っても、未だなお日本の歴史上最大の謎とされています。
〜〜〜〜〜
今日は、後日発見された彼の日記をご紹介して、お別れしたいと思います。
「徳川幕府の支配層であった私がなぜ雲助ごときに舌打ちされるのか。
国営放送局のアナウンサーとタクシー運転手では、比べものにならぬ身分。
私の先祖は、民衆の生殺与奪を思いのままにしてきた。その子孫である
私が、いま人を一人蹴り殺すことで、なんの非難を浴びようか。」
その後、彼は当時のニュース番組を降板し、謹慎処分になりましたが、
再びアナウンサーに返り咲き、今度はスタッフにペンを投げつけるなど、
相変わらずの態度に辟易した視聴者からの抗議は耐えませんでした・・・
そんな私から最後の一言、受信料は国民の義務。払ってください >>9
まじで当時まんまやったら
反吐が出る不潔さだぞ >>39
わたしも同意見です
徳川幕府の悲劇性は一つは明治政府といふとんでも政府の温床をつくったこと、
そして、250年朝廷を蔑ろにしてきたこと
豊臣政権がもしつづいていれば日本はしあわせだったでせふね >>3
お前の中じゃもうタイムマシンは完成してて、時代物のドラマはその時代に行ってそっくりそのまま撮影してるんだろうな。じゃなきゃ「ご先祖様に向かって」なんて言えん。 一応息子の一人が家臣に政策批判されて自殺しちゃったんだよねw 時代考証なんてただのアドバイザーで都合が悪けりゃ無視もされるのに
齟齬があれば責任持たされるのはかわいそうだな >>25
香川照之の弥太郎なら、ギャグ色が濃いけど
魅力満点じゃん。 >>43
社長が一人称で社長というのと同じような意味じゃないの
みっともないというのは ツッコミ所言い出したら一つじゃないでしょ
大河なんて誰が作ってもそうだけど今年は特に一部の美化凄い >>55
天地人の時代考証を担当した静岡大の小和田先生も、そこはおかしいと指摘したことが何度かあったがが
全て脚本家に無視された、と後に語ってたもんな 『そうせい!』しか言わないさらにみっともない藩主がいるから
問題ない そりゃ誰か目線で描いたら悪も誇張も出てくるし仕方ないな
脚本自体が残念な方に行っちゃってるとは思うが >>5
以蔵もひどかった
もうちょい綺麗な顔してたはず
顔ぐらい洗ってただろうに なんやかんやで大名の子孫ってちゃんと生き残っているんだよな
前に龍角散のCMで見た秋田知事は佐竹の殿様らしいし ・久光の政治改革着地点と結果が異なってしまった
・戊申役後に討幕派が凱旋して、親幕派が息子の久治を含めことごとく左遷された
・藩政の司令塔、小松帯刀が明治二年に病死
・新政府に出向させた大久保や黒田が制御不能になった
・明治6年の政変後は西郷党が県政を牛耳り、実権も奪われた
そろそろ志士史観、進歩史観だけでなく、雄藩目線の維新史検証があってもいいはず
研究者の間では、再評価が進んでいるようだけど いや、大河ドラマは、歴史ファンタジーですから
ファンタジーにマジレスされましても・・・
NHKも歴史をモチーフとしたフィクションですとハッキリ言わないと 実際は久光は時勢が見えてたよね。ほとんどの大名が時勢も分からず右往左往してたわけで。
描きにくいのが慶喜。 でもこの国父様面白いけどな
割と頭も柔軟だし、先週もパークスを笑顔でもてなしてたぞ 翔ぶが如くの久光は「わしは薩摩77万石藩主の実父じゃぞ!!」とか言っていたが
こっちは良いんだろうか >>70
しかも高層位のが大量にいるからな。明治で華族になって、そのまま資本や権力上手く使った奴らは生き残ってやがる。日本てダメな風に階級固定してない? 国父様のおかげで
でかい面できてんだから
感謝しろよ 原口先生がいくら「おかしいよそれ」指摘したって
脚本が無視するからどうしようもない >>77
慶喜も政治家として上手に立ち回ったけど、錦旗登場以降は後世の評価に委ねる行動とった
久光も西南役以降は歴史書の編纂に余生を費やし、後世の評価に委ねていると思う >>45
龍馬伝の容堂は悪役ではあるが武市半平太に切腹を申付けるとことかすごいよかった >>77
慶喜はえらく優秀だったみたいだけど、逃げ出したのがヤバかったのかなあ。あれでは誰でもなめて着いてこなくなるよなあ 自ら天皇などというのはみっともない
倭族の酋長の血脈なのだから倭覇者というべき >>83
子原口も好々爺化しているから、脚本家を折伏する気力も体力もないんじゃないの
父原口が生きていたらどう思うだろうか >>28
逆に高橋英樹の現代劇の方があんま見たことない >>90
ドラマのおまけのナレーションの島津アナと関係あるのかな? 島津の当主ということは皇室の親戚か
世代から言うと今上陛下の再従兄弟かな >「自ら『国父(藩主の父)だ』などというのはみっともない」と指摘。
実際にバカ殿だったんだから仕方ないだろ
斉彬以外の藩主や島津一族は悪政と奢侈で有名、ただの神輿にすぎなかったわけで >>87
慶喜は先を「読みすぎ」&基本他人を「信用していなかった」ってのが原因
「超」現実的人間だったって所かな
今首相とかであれば「完全なる」大国の腰巾着 皇室の親王・内親王は全て島津久光の直系だからNHK的には貶めたいのだろうな 長州だったら忖度してクソバカ無能で有名な毛利敬親も名君にしてくれる 八公二民なんていう鬼畜レベルの年貢を課した大名家だそうなので。。。
即刻一揆が発生しそうだ。 いや、当時は現代よりも身分の上下関係が厳しい時代だったんだから、昔の人の言葉を現代の感覚で批判するのは間違いだろ。 イケメン俳優が演じる主役たちをよく見せるためだけに先祖を無理やり悪役にされるのってどんな気持ちなんだろうな >>75
弟がいたから子孫はいるんじゃね?
なお佐藤健効果で死後命日祭が初めて開催されたらしい >>66
あれも酷かったけど、演じた人がかっこいいからなんか得したような 大半の日本人が、大河の製作者出演者が朝鮮人であることを知らないとは、日本人はどれ程愚かなのでしょう 生涯1度の参勤交代で行きに寺田屋騒動、帰りに生麦事件でしょ
とんでもないトラブルメーカーだろ 島津義弘は関ケ原で三成の要請に応じず傍観してた挙句
最後は家康本陣に突っ込んでって脱出したみたいな話がまことしやかに伝えられてるけど
関ケ原では一応最初からちゃんと戦ってるからな >>87
賢くて理性が行動を邪魔するタイプだったんだろう
あとは水戸学の本家で育ってるうえに天皇家の血をひいてるから朝敵という言葉に極度に怯えたか
家康なら勝ったうえで官軍のお墨付きをもらったと思うけどな 戦国時代の武家で血統が途切れてないのは島津家だけ?
他は養子をもらったりして切れてるよね 出演者のチョンが日本人の振りをするのは我慢ならん。 朝鮮耳の多いこと。 他の役者は真面目に演じてるのに久光は演じてる役者が完全に馬鹿にしてる >>116
そんなのいくらでもいるだろ
徳川家もそうだし伊達家もそう 次は現代ドラマだっけ
だったら裏番組に戦国ものをぶつけたら >>116
毛利も分家から養子をとりながらも元就の血筋を繋いでるはず >>116
宮中でタバコを盗んで、明治天皇から 血は争えない とからかわれた蜂須賀公爵も
蜂須賀小六の子孫じゃないらしいからな 久光の孫の娘が香淳皇后なので
今の天皇のひいひいおじいちゃんか >>123
黒田なんかもボロボロだな
藩祖の血が繋がっている分家があっても徳川家から押し付けられたり
あるいは徳川家と関係を良くするために養子を迎え入れたりするケースもあるしな 自己顕示欲のかたまりみたいなおばさんの脚本はやっぱダメだな 真田家なんて仇敵であるはずの徳川家から養子を迎えることになった。 日本の文化を理解する気もなく妄想で見下してるチョンが書いてる脚本だから仕方がない >>129
俺は三匹が斬るの殿様のイメージが強い。 こういう子孫がいるから幕末ものはめんどくさいわな
慶喜なんかもっとひどい描かれ方してるけど子孫は何も言わんのか? あれはナマコのステーキだったのかな?
酢の物にすれば良かったのに >>136
家格的には上杉よりも吉良が上だから、その辺は何とも微妙だよな
少なくとも謙信を産んだ長尾よりもオリジナルの上杉に近い気もするし 原作と脚本コンビ、つお過ぎて
はらぐち先生のご意見さえも、聞いてもらえな…
おっと、誰か北かもしれんw
【祝】北海道に地震ニダ〜! 死人ニダ〜!【祝】
台風と地震で、日本人がいっぱい死んでうれしいニダ〜! 【祝】
<ヽ`∀´>〜♪ 偉大なる大韓民国では、国を挙げて
【日本の地震・豪雨・猛暑・台風をお祝います】ニダ〜! 【祝】
https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7e/aa/3cd4ff77cd2a2f91403cb2da7d7c7336.jpg
<ヽ`∀´>「今日もお酒が美味しいニダ! ホルホル〜♪」
<ヽ`∀´>「もっともっと死ねばいいニダ〜!」
<ヽ`∀´>「日本人の不幸だけが生き甲斐ニダ〜!」
<ヽ`∀´>「在日韓国人さまに選挙権を与えるニダ〜!」
<ヽ`∀´>「新聞は朝日新聞が一番ニダ〜!」
<ヽ`∀´>「日本人は永久に謝罪と賠償をするニダ〜!」
>>1
32代当主にふさわしい顔じゃないなあ
俺の知ってる傍系の島津さんは
どこから見ても殿様顔 朝鮮人が日本の歴史をコリエイトした番組を観て喜ぶ家畜奴隷チョッパリ 島津家は部下の叛乱で
領主の立場追い払われた、廃藩置県の恨み有るから
維新の元勲なんて尊敬しないしな 子孫といえば西郷隆文さんが西郷さんのイメージ通りで笑う 有馬は江戸期に旗本の赤松から養子を迎えたりしてるのが面白い
こだわりを感じる養子のとり方だよね
気が付けば松平っていう大名は多い
家康の繁殖力の勝利だね
その中でも慶喜の水戸家は特に繁殖力が強い >>151
西郷はその事をずっと気に病むんだよな
大久保なんて割り切ったもんなのに
その辺が西郷の魅力でもあるんだろうけど
特に久光に安禄山呼ばわりされたのは効いたらしい >>153
水戸は日本の過激主義の元
長州テロリストってのは水戸のパクリだ
本家水戸のテロリストは殺し合って滅んだけど
癌が転移するように長州に行っちゃった
そして80年後日本は火の海になった 幕末の因縁は会津と長州薩摩ばかり言われるけど
水戸と彦根のがよほど陰惨で壮絶だよな >>157
変な話だけど長州閥がある間は陸軍の抑えはある程度効いてたんだよ
長州閥は排除して陸大出のエリートが権力を握ってからの方が酷いことになっている 俺の中で久光って名将ってイメージなんだがなあ
アホみたいに描かれていて悲しい >>153
男系では水戸系と紀伊系でわずかに残るだけだけどな >>146
佐竹は戦国初期に上杉氏に乗っ取られている。 >>121
いのち独眼竜政宗の裏だった
大映ドラマのおんな風林火山が大失敗w この人も実際に久光自身が(ほぼ)名乗ってたのはわかった上で言ってんだろ
周りにそう担がれてるわけでもないし自ら望んだ実権。息子が藩主になった時点で必ず自らそう名乗ってるのは明確で、それ以降自ら国父と発する事が少なかったとしても発する言葉には「(国父である余)」を臭わせていたのも間違いないだろう
じゃないと軍を引き連れて上洛するくらいの実権なんぞ握れない 島津と毛利で 天皇をすり替えたんだってさ
文科省や外務省の役人にとっては常識だといわれた >>113
これマジなら、日本史史上屈指の俺好きトリビアだわw >>99
その人物像で俺の脳裏に浮かんだのは
福田康夫 佐竹は分家の方が宗家の血をひいてるんじゃなかったっけ?
そのせいで養子をとる時に揉めたはず >>86
いつか山内容堂が重要な役で出る事があったら大森南朋に演ってほしいw 考証「ちょっとこれありえないですよー」
原作「はあ?」
脚本「っていうのもあってもいいんじゃないかなー」
演出「ですよねー」
考証「えー…」 西郷を持ち上げるとめに久光を無能に描きすぎだよな
この人の手紙とか文章とか読んでみるともっともっと思慮深い人だよ ( ・ω・)( ・ω・)( ・ω・)
炭鉱労働で強制連行されたと捏造で
ゆすりたかり恫喝恐喝
部落穢多朝鮮非人や
穢多朝鮮非人だらけ関西で
払ってるケガレはほとんどいないってほんとか?
朝鮮大好き韓流煽動反日犬えっちけい
朝鮮役者玉鉄なんちゃらに
日本人役者を土下座させたらしいな
よくこんな吐き気するもの
見れるよな 久光はジゴロ(田舎者)言われたけど久光の方が江戸の血を引いてるんだよな。
しかしお由羅の血って天皇まで続いてて草
結局はやったもん勝ちか 原作者が日大芸術学部やぞw
そんな作品に高望みしたらあかん >>161
頭は悪くないし実行力も統率力もあるけど名将ではないな
兄貴が作った道筋があったのと家臣が異常に優秀だった
策も無く無位無官で上洛しようとする、慶喜と喧嘩→ムカついて帰る。この時点で名将の資格無し
そもそも「将」じゃない。名○としたいなら名君だ
>>113
そもそも参勤交代じゃないw
>>174
学と教養はあるのよ。斉興に英才教育されてるから
公家との直接折衝なんかも自分の言葉でやって納得させた
でもそこまでなんよね。今で言うなら東大入って小役人やる人 >>134
今の徳川家は慶喜とは違う系統だし
その元となった徳川家達は慶喜嫌いの篤姫の影響を受けてるから
慶喜が貶められてもなんとも思わないんじゃない? ttps://pds.exblog.jp/pds/1/201303/28/92/a0287992_2148576.jpg
孫 >>181
待望されてる4兄弟じゃなくて
忠良でやりそうだけど
西郷どんでも日新公いろは歌出てきたし 昨日相手してくれた風俗嬢は『西郷どん面白い』って行ってたな
日帰り鹿児島ツアーもしたんだと >>184
日新斎でも貴久のちょっと前に死んでるだけやし、主人公いけるわな。 薩摩も西郷隆盛ばっかりにスポット当てんで、もっと小松帯刀を表に出せよ!…幕末から明治維新にかけての本当の立役者は小松帯刀 薩長同盟、江戸城無血開城、大政奉還、坂本龍馬を薩摩に読んだのも、長崎に行かせたのも小松帯刀でしょうが…残念ながら短命で >>188
んで子供は「妾」の子なんだけれど本妻が引き取って育て上げたという泣けるお話w
今じゃ〜西郷ファミリーやけど >>188
家柄も頭も人柄も良くて新しい物や意見にも理解がある奇跡のような人物だからな
久光もそうだけどやっと研究が進んできた段階だから注目度は上がってくると思うけどな >>188
小松帯刀は篤姫で準主役だったからもうええやろ >>51
明治政府について良い点、悪い点があった政府だったと思う
良い点は短期間で欧米に追いついた点、悪い点はあまりな早急な成長で暴走し太平洋戦争へ
江戸幕府が250年続いた反動が明治政府だったのかも?
徳川政権は豊臣政権の模倣が多く、豊臣が軽かった事が徳川になって厳しくなった面も多い
キリスト教が例に挙げられるが
豊臣政権が長く続いていたら、徳川のよに厳しくなったかもしれない
豊臣と徳川の大きな違いは、場所が畿内か関東か
豊臣は千利休など商人や、商売に詳しい近江衆が多かったり、商売人官僚が多かったが
徳川は三河出身者に多く占められ、反商人主義的政権で
田沼意次や徳川宗春のような商業主義的なのを排除し、三大改革は保護主義で失敗ばかり
畿内政権の豊臣だったら、これらは違う歴史になってであろう
豊臣が徳川でなく毛利に倒され、山口県辺りに幕府が成っていたら?色々想像してしまう事があるが
色々歴史のIFを並べたが、IFを色々考えても結論は出ないが自分の結論で
戦国時代という歴史の後は、反動で徳川政権みたいなのが出るのか?と思ってしまうが 未だに家系だなんだって言ってるお前みたいな中世ジャップの方がみっともねえよ >>177
お由羅顔はしっかり皇室に受け継がれちゃったしな 戦争馬鹿の西郷を主役に据えるんなら殿様は悪役にしかならないだろ
NHKの大河にリアルさなんてものはないから諦めろw >>182
慶喜の血は徳川宗家は継いでないだけで子孫はいっぱいいるよ >>194
武士が存在せず国王とヘタれ貴族で戦争すらできず国が滅んだ朝鮮哀れ。 w そりゃそれくらい言うよ。昭和天皇の嫁さんは島津の子女。つまり今の皇室は島津の血が入ってる。そんじょそこらの家柄じゃない。 >>194
悪いけど、あんたの出番はこのスレにはない こういう子孫っていくらでもいるから自分を大名の子孫って言うほうが恥ずかしいことだぞ >>51
でも、朝廷に何もさせなかったことで、京都の街は平和で繁盛したんだよね
日米修好条約勅許の件から京の街は物騒になり、挙句にはお上が東京に居ついてしまい一時的に廃れてしまった >>188
西郷隆盛の本でも大久保利通の本でも影薄いからなw二人に功績を奪われてる感じはする
薩摩の幕末史に詳しい海音寺潮五郎すらも「大久保が見出して出世させた」ぐらいの書き方してる 参預会議の失敗によって、
政治生命を絶たれたと考えるのが筋。
ドラマでどう描かれてるのか知らんが。 >>205
先週の回は時系列でいうと第二次長州征伐の頃で、薩摩は大人しくしていた時期
激動が続く時期の中で、西郷は一時期平穏な時期ではあったが
長州征伐の動向は大いに関心があったはずで
戦闘シーンなんていらんが
「石見方面で長州軍が圧倒的な強さで浜田城落城」「大島で長州軍が撃退」
「安芸口では一進一退の攻防」「高杉率いる長州軍が小倉で大活躍」
これらの情報を逐一聞き、西郷が一喜一憂するシーンは必要であったと思う
しかし女をメインにした回にしてしまい激動の中、変な間の空いてしまった回になったと思う 久光はアホやで
こいつのせいで幕末明治が汚くなった >>184
まあただ四兄弟の方が年間レベルならネタが揃えられるからなあ
島津三代記なんて原作があればいいかもしれんが 子孫が残ってる人物はやりにくいのかなあ?
戦国の大物なのに、何故か?細川家だけは大河にも単発ドラマにもならない謎 >>211
功名が辻も土佐入国時にやった汚い事は全てオリキャラのせいにしてたしな
その辺は難しいんだろう >>191
出番が多かっただけで、篤姫のストーカー的な描かれ方してたじゃないか。
あれこそ子孫に訴えられてもおかしくないレベル。 腐っても大河は影響あるからな
新選組!の山南さんとか、大河終わってから毎年供養が開かれるようになったり
武将行列的なイベントにも呼ばれるしな
上田の草刈正雄とか、会津の綾瀬はるかとか >>201
島津は何百年も代々養子をとらず血の繋がった直系が当主の地位を継いでるガチの名家だぞ
その存在が国の歴史そのもの
熊本の阿蘇家なんか皇族同様神話の世界と繋がっているほどめちゃくちゃ古い家系で九州の名家旧家はそういうところが多いんだよ ちなみに現地で島津家をバカにしたら鹿児島人は怒るからな
特に年配の人は >>192
暴走して太平洋戦争突入とか言うけど実際には政府は米との衝突を回避しようとかなり我慢してたんだがな。あと当時の陸海軍の重鎮は東北出身者で固められていて戦争に武士道とか持ち込むしまるで会津の亡霊のよう。もし薩長派閥のままだったら >>215
鎌倉以来の名家だからねえ
始祖には頼朝ご落胤説もあるくらいだし >>70
そりゃ敗戦して華族制度は廃止されただけで、処刑されてもないから生き残ってるよ
でも徳川慶喜公爵家とか男子いるのに後継ぎにしなくて廃絶とか
井伊家とか婿は戦前だったらどっかの華族の息子だったろうに、平民の婿を迎えて継がせてたり 見てるの上京してきた鹿児島人しかおらんだろ
内容がどうだなんて知らねえよ 日本軍の捕虜になるなとか死ぬまで戦えって薩摩の思想なんじゃなかろうか?
と翔ぶが如くを見返すと勘繰ってしまう >>217
同意。特に薩摩は負ける戦はしないよな。現実的に考えて我慢する。
日露戦争まではそれが生きていた。
負けるかもしれんが成らぬものは成らぬのでやってしまえっていうのは
完全に会津からの東北閥の流れ このご当主の嫁が西郷隆盛の曾孫なんだよね
隆盛の弟の従道は侯爵家で、隆盛の子孫も男爵家になって、島津本家の嫁になるとか
明治以降の成り上がりが凄いね
西郷家は古河財閥、皇后の実家の久邇宮家に繋がってるし >>217
近衛文麿が引っ掻き回したからな
支那事変からだけど 原口もこの糞大河のせいで一気に信用を失った。
タモリ同様中園の毒牙にかかったのか? 内容は別としてこの大河のキャスティングは最近の中では最高だと思う >>218
鎌倉時代当初は薩摩大隅日向の三カ国の守護を命じられたが
鎌倉当初の政変で大隅日向の守護を取り上げられ、薩摩だけの守護になった
南北朝時代は菊池大友少弐の活躍ばかり取り上げられ、島津はほとんど出てこない
戦国時代は没落しまくりで、四兄弟前は薩摩の一部の地域ぐらいしか支配していなかった
典型的な没落室町守護大名だったのに、四兄弟になる頃から大いに飛躍
大友や少弐や菊池みたいに戦国時代に滅亡していてもおかしくなかった
残った理由は東北の南部みたいに、最も僻地に位置していたのも理由だろう
島津の戦争は、少ない兵力で大勢力を倒す戦が多い
大友や龍造寺戦から朝鮮出兵時や関ヶ原の撤退や鳥羽伏見まで
しかし西南戦争では何か今までとは勝手が違うというか 大河なんか何年も前に反日が分かってとっくに信用を失ってる >>231
単純に兵站の問題だからね、島津の寡兵は >>230
鶴瓶は公家というより大阪の商人やな
内田有紀の変な京都弁の、仕草も変な舞妓
他にもナンカね〜が多い、他の大河でもケチつけたくなるキャスティングは多いが
今回は「これは見事な○○だ」が無いように思える
龍馬伝では岩崎弥太郎、吉田東洋、山内容堂、武市半平太、後藤象二郎
これらの役者を見てるだけでも楽しめた大河だった
清盛や真田丸も色々思い出される
しかし去年と今年の大河には、このような登場するだけで拍手したくなるのがいない こないだも板倉老中が「大久保殿〜」とか一介の薩摩の重役でしかない大久保に対して
敬語でしゃべってたけどなんか妙な気がした
老中と言えば外様大藩の藩主に対してでも「○○守、そなた〜」とか言えるくらい偉いもんなのかと
幕末の変革期だし薩摩が強いからなのかわからんけど >>237
大河は官位呼びすると誰が誰かわからん、というクレームが多いらしい
なので、本来はタブーだけど諱で呼び合う
近年だと真田丸は頑張って極力諱では呼ばないようにしてた >>238
花の乱とか徳川慶喜は
歴史知らない人が見ると理解できないだろうな こんな名家旧家でも戦後は没落しまくりで高額な財産税を払いために私財を売り払って困窮していたからな
戦後は資本家一族の商売人が権力金を掌握して没落した旧皇族華族の屋敷や家宝を買い取りまたそのお嬢様を嫁にしてた
あるゆる旧皇族より堤一族の方が偉くなった >>239
花の乱は苗字で呼んだら更にわけわからんからな
官職で区別するのは正解かもしれない >>215
分家の分家が血を繋いでるだけで直系ていうのはなあ
件の久光も妾腹の庶子だし、薩摩藩主家そのものも守護家ではなく分家の一つだし >>223
何言ってんだこいつ
薩長信者は頭おかしいのか? >>238
再刊された新平家物語を読んだら読者が官職を知ってるのが当然って書き方だった
昔は常識だったのかもしれない 歴史のレの字も興味ない女脚本家の時点で
こういう奴は自分の好きなキャラを魅力的に書く事ばっかに一心不乱で
それ以外はそいつの引き立て役でしかないんだから 島津久光の役割は、参預会議や四侯会議で、
開国派主導の幕府体勢に持っていく事だった訳だが、
賢いバカの慶喜のせいで、全てが台無しになってしまった。
大名同士の日本の改革に失敗した以上、
朝廷や大名の家臣達に顔の効く西郷が、
維新のメインストリームに戻って来た訳だ。 小松帯刀は肝付姓をなんで捨てたの。
大隅では肝付はまだ大事にされてるのだろうか。 >>242
それでも養子で赤の他人が継ぐよりは遥かに良いよ
権力闘争で分家に宗家の立場を奪われるなんてのはよくある話だし
そもそも歴史的には勝った側が宗家であり直系だ
源頼朝なんてまさにそうだし >>247
名家の三男だか四男がそこそこの名家に養子に出たってだけの話だと思うけど >>1
二度と今回の原作者と脚本家を大河で使うな、言いたいのはそれだけだ 今日のは慶喜の子孫から苦情きてもいいんじゃねえのかってレベル
ひでえ創作だわ。あきれた 頼朝は母親の格的に最初から嫡子や
当時長子相続なんてない
足利みろ。執権北条家から嫁きたから
名越家の嫁が産んだ子は嫡子から外された 鹿児島県人だが、それより本題の薩摩義士のことも語ってくれ。
関が原とこの薩摩藩に対する木曽川治水普請の苛政がのちの倒幕に繋がった。
幕府に対する抗議の切腹が続出して完成後責任をとって自刃した平田靱負
と薩摩義士にもっとスポットを当ててほしい。 ついこの間慶喜家の人お亡くなりになったのでねwとか
まぁ一応その人には継いで居なくても男子は確か居たはずだし(離婚したんかな?)
慶喜家「分家」なんて所もあるので >>244
時代小説読む人にとっちゃ人物が通称や官途名で呼ばれてる方が雰囲気出るからね
肉親以外が諱で呼んでると、学校の友達か?って感じになるw >>249
例の源頼朝は
・義朝の長男は平治の乱で活躍した義平で、三男の頼朝が正統となったのは後に頼朝が活躍したから
・為義-義朝-頼朝のラインは決して正統だった訳でなく、頼光系など他にも栄えてた系統もあり
平治の乱では義朝より頼光系の源光保の方が兵力は多かった
鎌倉時代になって為義-義朝-頼朝が正統だったと呼ばれるようになったらしい
上記は義平の母が身分が低く、平治の乱の時も頼朝には官位があったが義平にはなく、最初から頼朝が嫡子で間違いであるが
下記であるなら言ってる事は正しいと思う >>81
脚本家に苦言呈してんだろ
>>1ぐらい読めよ 要は「何故あんなバカ殿みたいに描くんだ?久光はもっと賢かったんだぞ!」
という抗議だな サロンパスにはお世話になってるからなぁ。
と思ったが、関係なかった。 >>255
関ヶ原が、超ビッグイベントだったからそっちに注目を
持って行ったけど、島津家としては木曽川のほうが
はるかに恨みがデカイみたいねぇ。
「徳川とかニセ源氏めぇーー。覚えとけ」だったと思う。 >>255
素晴らしい薩摩文化シリーズ
【薩摩義士 謎の大量死】その1
鹿児島県城山東登山口に「薩摩義士碑」(大正9年設置)が建っている。
宝暦年間(1753年)に薩摩藩が幕府に命じられた木曽川治水工事に従事した人々のことである。
薩摩藩士の総勢は947人。その内、異郷での病死者が34人で、
さらに54人の自殺者(自刃、切腹)が出て計80余名が義士として祭られている。
しかし54人が自刃というのは異常である。
wikipediaなどで調べると、幕府役人の横暴な振る舞いに対する抗議の自決であった
と美談調で説明されている。
しかし名古屋大学羽賀祥二氏の検証で、自決を裏付ける史料はほとんど存在しないことが明らかにされた。
薩摩藩士佐久間源太夫が幕府にあてた上申書によると、工事期間中に病気(赤痢)が流行し薩摩藩関係者の半数が罹患、
そのうち数十人が病死したとあるだけだ。 素晴らしい薩摩文化シリーズ
【薩摩義士 謎の大量死】その2
薩摩普請団の責任者であった家老平田靱負も、
すべての工事を終えたあと、一切の責任を負って割腹自殺したとされているが、
これもどうだろう・・
この話が広く知られるようになったのは
昭和29年、宝暦治水200周年に発行された「宝暦治水と薩摩義士」の発行からである。
この中で「平田総奉行は二十五日東天の朝日を拝み、すべての責任を一身に負い悲壮な最後をとげた」ことになっている。
ところが、薩摩藩の公式記録「島津氏世録正統系図」には、
「平田は昨年から病気でいまだ回復せず、さらに胃を病んで5月24日数度吐血し、25日死す」とある。
しかも死の前日に国元の家老あてに、工事が終わり引き揚げるが、支払いも完了しないので
副奉行伊集院十蔵を明25日出発させ、自分は26日に出立の予定であると報告書を出していて、
自決の覚悟は見当たらない。
平田靱負も病死であったのだ。 素晴らしい薩摩文化シリーズ
【薩摩義士 謎の大量死】その3
そもそも 宝暦治水事業=薩摩普請 という認識自体がはなはだ歪められたものである。
薩摩藩が多大な犠牲と大きな負担を強いられたことは事実である。
しかし実際の普請は、村が請け負って実施されており、
普請に「不案内」とされた薩摩藩に要請されたのは、
現地での資材?人員管理(あわせて費用弁済)というロジスティック(後方支援業務)に限定されたもので、
設計や施工に従事したり、その指揮?監督をするものではなかった。
またこの宝暦治水事業は苦労や犠牲のわりに大きな成果は得られず、逆に水害が激化した村もあり、
悪く言えば、流域の村々による水害の押し付け合いという構図が生んだ治水事業であったのだ。
ではなぜこのような「黒歴史」が現在では「美談」として顕彰されているのか。
前述の羽賀祥二氏は、薩摩義士顕彰運動の端緒となった1880?90年代の水害とその被害状況を精査し、
当該期は、近世の治水体制が崩壊し、新たな治水体制が構築される過渡期であったと捉えている。
そして、治水への国家的対応を求める地域社会の要望が、宝暦年間に薩摩藩が幕命をうけて参加した治水事業への歴史的回顧の動きを生みだし、
「薩摩義士」の美談“創出”とそれを地域社会が顕彰する持続的な運動を展開させたことを明らかにした。
「宝暦治水工事と〈聖地〉の誕生」 PDF版
名古屋大学大学院 羽賀祥二
http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/bitstream/2237/11091/3/annals_03_75-102.pdf こういうクレーマーがうるさいから維新をテロリストとして扱う作品が出せない >>265
薩摩義士の美談が"創出"されたのは昭和29年であり
幕末の日本には薩摩義士の美談は存在しなかった
したがってその恨みなるものも存在しないし、倒幕の原動力にもなりえない 斉彬と比べたら誰でも馬鹿殿扱いになっちゃうのは仕方がない ずーっとスローペースで全然話進まなかったのに ここんとこ急に速くなったな
あと13回でまさかの西南戦争まで行く気か? 鈴木亮平が言ってた通り、かなり黒くなってきた西郷
これは面白い >>255
岐阜県民だから
薩摩義士習ったから
鹿児島は何となくスキ >>90
直接の関係はない。
島津製作所の初代、島津源蔵は京都の生まれだが、祖先は井上氏といい、姫路の人間だった。
秀吉から姫路に領地を与えられた薩摩の島津義弘が伏見から薩摩に戻る際に姫路に立ち寄った時、
井上惣兵衛尉茂一が領地の検分などの世話をしたことで、義弘から島津姓と丸に十字の家紋を
賜った。 >>252
本放送でみたが、確かに苦情レベルの改変だったなw >>268で、論文へのリンクがうまく機能してないようなので
以下のurlをブラウザにコピペして見てください
file:///C:/Users/takashi/AppData/Local/Temp/annals_03_75-102.pdf
薩摩義士の大量自決に裏付けが無いこと
なぜそのような薩摩義士の虚像が生みだされなければならなかったのか背景が明らかにされています
以下も参考にどうぞ
http://www.shotoku.ac.jp/data/facilities/library/publication/education-kyoiku52_09.pdf
https://togetter.com/li/1073570?page=1
https://togetter.com/li/1073570?page=2 >>260
義平は地下の左衛門尉
頼朝は元服するなり殿上の五位の院蔵人 確かに今日慶喜の前で他の大名から久光が国父って呼ばれてたのはすげー違和感あった
あれって薩摩内の敬称なんじゃないの
よそのおじさんをパパって呼んでどうすんだよ 薩摩がフランスの領地になってたら俺はフランス人になってたのかもしれないな 遠藤憲一は風体と違って情けない感じのコミカルな演技が達者なんだと思ってたけど、
実はアレが常に全力だったんだな。
一歩間違えば殺される緊迫した場面でも全然重厚感がなく、かるーいセリフ回しで
人だけは好さそうなアホっぽい笑顔でニッコリ。
お人良し馬鹿しか出来ない性格俳優だったわ・・・ >>280
源氏の兄弟で嫡庶を語るのは結果論で無意味だと思う。 >>281
そりゃそうだ
藩主の父に対する美称として国父と言ってるとするなら
あの席にいた大名連中はだいたい安政の大獄で隠居させられて藩主の父になってるから
みんな国父だもんね 久光は成長を描いているからまだマシだろう
慶喜はどんどん悪役になっている 久光やってる俳優が嫌い
演技いつも一緒だし崇高なんて名前つけてるし
NHKには好かれてるようだがな >>291
後藤象二郎役が一番ハマるはず
永久後藤象二郎の称号をくれてやりたいくらいに 徳川家斉なんか50人以上、子供作って
御三家・御三卿はじめアチコチの大名に養子・嫁を押し付けたのに
みんな早死して現在の宗家は元より御三家・御三卿の当主も直系子孫ではない。
唯一、生き残ったのは津山松平10万石の家系だけ。 映画13人の刺客で稲垣吾郎が演じたキチガイの殿様が、家斉の子を押し付けられた明石藩主だったな これは青木君とばっちり
個人的には斉彬の方が小っ恥ずかしくて見ちゃおれんかったが こういっちゃなんだが渡辺謙て大根だよね。
いや昔はいい役者だったけど、ラストサムライで表彰されて以降は
むずかしい顔してればいいんだろみたいなつまらん役者になった 1ケタ大河よりは不快ではないが
低視聴率のみっともない大河だ 役者が駄目
アマチュアボクシング連盟元会長の山根明に久光役をやらせた方がいい 大河ドラマなんて、史実を基にしてはいるが
登場人物も本人のままのキャストだけど
さらに、それなりの時代考証に専門家が監修しているわけだけど
フィクションみたいなもんでしょ
大体、100年以上も前のことなんだから、何が正解かなんてわからんだろうし
先祖のことだから、おかしなことがあったら黙ってられないんだろうが
大河ドラマの見方ってのを、視聴者はもうちょっと引いて見たらいいんじゃね >>311
ドキュメンタリーではなくドラマなので、主役補正の忖度がかなり入っているからな。 孝明天皇崩御の知らせを聞いて泣き叫ぶ岩倉とか1番いらんかった。
いくら主人公補正で薩長側が美化されるとしても、あれは見ていて白けた。 西郷も大久保も実質的藩主の久光に対して忠誠が無さすぎ いろいろとフィクション要素が多いと言われている大河ドラマにマジレスwww 久光は慶喜を説得するだけの力量が無かった。
ポスト徳川幕府を牛耳るには力不足だったんだよ。
歴史が久光を必要としていなかった。 >>314
だから明治維新が成功した。
島津斉彬が長生きしてたら、西郷どんも島津家に逆らわなかったはず。 >>313
孝明天皇暗殺説では岩倉具視が犯人にされることが多いから、大げさに演じたのだろうな。 >>286
天皇は重祚するのに大名は復帰しないのか?
引退していた社長が再登板なんて珍しくないのに。
武家諸法度に条文があるのかな? >>311
単純にドラマとして面白くない
面白くないから避けられてるのに史実と違うからウケないってのが逃げ道にされちゃうのも困ったもんだ 斉彬と西郷のカリスマ性が地に落ちた事の方が問題だろ
久光は空気や暗君状態から少なくとも親しみは持てるようになった なんで第一次長州征伐で西郷が参謀になったんだ
見てないしその辺のことがわからん。 >>326
こんなダサい久光像をやらされてかわいそう 「西郷どん」の久光は、悪役ではないと思う。
これまでの、ステロ・タイプな久光像は、
西郷を虐め、大久保に利用され、だったが、
この久光は、西郷や大久保の本音をしっかり見極め、
久光自身の判断で取捨選択する、賢い殿様に描かれている。
久光の内面の感情も演じられているので、
ご子孫の立場では、それが嫌なのかもしれない。
ご子孫としては、能面のように感情を殺したステロタイプ殿さまの方が
良いのかもしれないが、
それでは、視聴者はつまらないから、見なくなるわな〜 当主は近衛文麿の外孫だから細川護煕とは従兄弟だね
お母さんは整体師と不倫駆け落ちしちゃったけど >>313
実際は佐幕派の孝明天皇が死んで討幕派の岩倉らは大喜びだったろうにな >>97
「島津に暗君なし」
と言われてるの知らないのか?
だkさらこそ、鎌倉以来、800年もの間、薩摩を支配出来たのだ。
>>116
養子たって、親戚筋から取ってるので、血は繋がってるよ。
大名は大名同士で正室を迎えるから、
ほとんど親戚みたいなものだよ。
島津だって、いとこやはとこの結婚が多い。 >>333
戦国時代に島津宗家が分家に乗っ取られたな(笑) 領民から見れば歴代藩主でワーストワンは斉彬だよ
税率を90%まで上げたんだからね
デフォでも80%という地獄だけど >>194
ま、韓国人なんて、
建国70年の新入り国の国民だからな。
アメリカより新参者w
>>188
ある程度長生きしないと、
手柄を長生きした者に取られちゃうんだよね。 >>333
残念だが島津が800年間薩摩を支配できたのは辺境で他国の侵略を受けにくいという地政学的理由と
領民に対し一切甘い対応をしなかったからだろうな
領民から経済力も体力も知力もすべてを奪い、反抗する余力を一切与えなかった
薩摩の支配者層はみんな薩摩の外から来た人間ばかりで
ようは島津にとって薩摩の地元民は植民地の奴隷だったのだ 薩摩は他藩より武士の比率が高くて農民は搾取されたみたいだな >>322
キリスト教の布教を方便に日本に入り込み、
日本を植民地にする企みだったんだから、
弾圧したのが正しいんだよ。 島津家の当主なら、高野山の島津家の墓所をちゃんとしろよ。
所々崩れかけてて、そっちの方がよっぽどみっともないぞw 歴史、とりわけ戦国史は好きだけど
(怪しいの含めて)現在のその子孫にシャシャリ出てこられるのがね・・・ >>62
解釈や目線を変えて善悪がひっくり返ったりするのはいいのよ
ていうかそれが本の仕事だし
ただ、自分の描きたい話に合わせるためにその時代じゃ有り得ない事をブッ込んできたら興ざめよねっていう
きちんと時間かけて勉強した上で新しい話書くのが物書きでしょ >>20
制作側が言うこと聞かないから「ドラマですからねぇ」といつも言ってるw
ドラマのあとの小コーナーの方が仕事してるんじゃ >>337
それは言えてる
薩摩藩は武士が他藩より遥かに多い軍事国家だったが故にその武士らを食わせる為の年貢も重かったそうで、元から住んでる農民にとっちゃ最悪だろうね >>339
日本を植民地化するのは無理と宣教師らは早々に諦めて本国に報告してるがな 西郷を良く見せたいためだけに久光を矮小に描いてるのは間違いないだろ
本当に安易 大河は毎回そうだけど主役を立派で素晴らしい人に見せるために周囲の人間を貶めるのはどうかと思う
変な脚色無しの作品って作れないもんなのかね >>43
自分で自分を国父とは多分言わないでしょ
事実上の藩の最高権力者が、なんかあるたびに「わしは藩主の父だぞ!貴様逆らうのか」って言ってたら威厳皆無じゃん 今の徳川18代将軍はサラリーマンやってて歴史ネタのジョークを交えて笑い話にするから好きだな
同じ会社に前田の子孫がいて前田と徳川を呼び出して説教したのは秀吉と今の会社の上司だけ!とかウィットに富んでる 久光は家臣たちからは「副城公」と呼ばれていたんだよ あれ略奪放火で挑発して戦力を見て西郷はどうして勝つ自信があったんだ
兵力なら圧倒的に旧幕府が多いだろうに
火力差も幕府陸軍創設で武器一新したんだろ >>355
無いから大政奉還後相良たちに動くなと指示したが無視された 仙厳園は公式Twitterで喜んでたよ
国父様がんばれ ひさみちゅ可愛い
と言われて嬉しいって 鈴木亮平が太って来て誰かに似てきたと考えたら
IKKOに似てると気付いた 終身名誉後藤象二郎が出すぎた役を演じるからこうなる 薩長土肥の家臣らはうまい具合に殿様を抑えていたのよね
当然時にはその威厳をも利用はしていたが飽くまで主役は西郷・大久保・桂・後藤らな重臣連中
そこに久光が出張る訳には行かなかったのだという話 >>345
特に奄美から搾取してた。大河ドラマもそのように描いている。 世が世なら俺も一国一城の殿だったんだよな
今はコンビニバイトで食ってるけど 天皇の母を国母と言うのに対し、藩主の父じゃずいぶん格が下がるなーと思ったけど、天皇の父はそもそも国父とは言わないんだね。
なんかちょっと違和感を覚える(藩主の父を国父と呼ぶことに対して) >>363
武田鉄矢は坂本龍馬の漫画の原作をするにあたって
登場人物たちの子孫にできる限り許可を取りに行ったそうだ
三菱財閥の創始者岩崎なんかいつも褌一丁に首からそろばんをブラ下げている姿なのだが
それも子孫からは快諾を貰えたとか >>366
金八先生が頼みに来たらみんな承諾するわなw >>365
「一国一城の主」は地方の大名を指すわけで、今の国と当時の国じゃ意味する所が違うからな >>260
義平の母は、相模の三浦氏だぞ。
正室は新田氏の娘。
頼朝が跡取りになったのは、
義平が早死にしたから。
その妻が美人だったから、
頼朝は側室にしようとして拒否され、
以後、新田氏を冷遇した。
で、足利氏が有利になった。
新田氏は正直者で、世渡り下手で損をしている。 >>369
「国母」は元慶3年(879年)に初見史料があって明治維新まで使われてたんだって。「地方の一国」と言ってた時代から天皇の母は国母だったんよ
それに対して天皇の父を国父という呼び方は無かったんだねって話 義平は遊女との間に生まれた子で、三浦氏に預けられたとされているよ
そのような記録があり
義平だけ無冠だったこともそれを裏付けていると 面白い結婚だね修久さんの子供忠裕さんは島津久光と西郷隆盛の両方の血を引くことになるんだね
妻の伊津子は西郷隆盛の曾孫(午次郎の長男隆一の長女)で、1967年12月に結婚した。結婚式の仲人は大久保利通の嫡孫・利謙が務めた。長男は島津忠裕。今上天皇ははとこ、細川護煕元首相、現近衛家当主近衞忠W、俳優東隆明はいとこにあたる。 >>372
義平の母が遊女とされているのは頼朝の正統性を担保する後世の書き換えと聞いたが、
その記録があるのなら史料としてお教えいただきたいです。 木曾義仲が勝ってれば源義仲として源氏の嫡流になってたのかな >>374
http://yoshitsune.gooside.com/akugenta.html
こちらのページによると
「尊卑分脈」や「系図纂要」は義平の母を「橋本遊女」としているそうだ
一方「清和源氏系図」の義平の注記には「母、三浦大介義明 女」とあるそうだが
三浦関係の系図のなかには、義朝に嫁した娘の記載は無いそうだ
史料的にいっても、義平が無冠だっとことを考えても
母は遊女説が有力であるとするのが妥当と思えるが 義平が1番軍事的才能があったんだけどなあ。
義平が奥州に逃亡していたら歴史は変わっただろうなあ。 >>374
ちなみに後世の書き換えというのはどこで聞いたんですか?
どの史料がいつ、どんな史料で書き換えられたと聞いたんでしょうか? >>286
藩主になってない久光への敬称でしょ
天皇家でも天皇にはなってない小一条院と後高倉院が太上天皇宣下されて院と呼ばれたようなもんでは? 演出のために多少の時代考証を無視するのは有りだけど
この台本はダメだろ ダメならチャンネルを変えてやるのが一番だ。
オレも大河の主役が異国の剣を愛用しだしたときにはチャンネルを変えた。 >>379
三浦義明が死んだ孫の異母弟に馳せ参じる理由ってなんだったんだろう 三浦氏が義朝と密接な関係があったのなら、たとえ直接的な血縁関係がなくても
その遺児が亡父の仇討ちとも言うべき挙兵をしたのならば、それは馳せ参じるでしょう >>384
つまり三浦義明と義平の血縁の有無はどちらも証明できないということでいいね。 ちなみに遊女と記録した「尊卑分脈」の編纂時期は1380年ごろ
三浦の娘と記録した「清和源氏系図(「続群書類従」系図部)」の編纂時期は1800年ごろだそうだよ
遊女という記録は後世の人が書き換えたそうだけどタイムマシンでも使ったのかい(笑) 渡辺謙が出ていた間は面白かったが、その後は酷い ストーリーはデタラメで役者が目立とうとしずぎで芝居がくどい
まるで金のかかった大衆演劇 掲示板でやると、相対的に史料も示さずにこういうマウント取りたがる人が
やたら現れるよね。俺は無知な高校中退のマニアなだけなのに。 >>390
いやいや、寧ろ専スレでも無いのに提示しろという方が病気に近い >>388
平治物語の延慶本、古活字本に平治の乱のときのこととして
悪源太義平が母方の祖父の三浦介のもとにいたが都へ馳せ上ったとあるらしいから
そういう伝承もかなり昔からあったんじゃあるまいか
あと義平の菩提寺が三浦半島北部の逗子市沼間にあってそのすぐそばに館跡の山があるが
完全に三浦氏の勢力圏内だから実際に母が三浦義明の娘かどうかは別として
後見としてかなり縁は深かったはず NHKの食堂で西郷丼って期間限定メニューがあるってホントなの?
俺の友達の彼女の友人の彼氏が言ってたんだけど >>80
うん
貧富の差が大きく、逆転が難しいのに
なぜか階級が無いことになっており
税金による再配分で格差が広がるという先進国で唯一の国で
努力して金持ちになっても「成り上がり」と揶揄され
上手くいかなくても全部「自己責任」とされる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています