【訃報】ベイ・シティ・ローラーズのアラン・ロングミュアー、死去
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ベイ・シティ・ローラーズの創設メンバーの1人、ベーシストのアラン・ロングミュアーが、現地時間の7月2日早朝、亡くなった。
BBCによると、3週間前、休暇で訪れていたメキシコで体調を崩し、スコットランドへ帰国後入院していた病院で息を引き取ったという。
6月20日に70歳の誕生日を迎えたばかりだった。
家族はFacebookを通じ、こう訃報を伝えた。
「非常に悲しいことですが、家族に囲まれる中、アランが安らかに息を引き取ったことをご報告します。彼は特別な心を持つ類い稀な人でした。彼は出会った人たちみんなにたくさんの愛と優しさをもたらしました。私たち家族の心には大きな穴があいてしまいました。彼は慎み深く、自分のことを”幸運に恵まれたエジンバラ出身の配管工に過ぎない”と言っていました。でも、幸運に恵まれていたのは私たちの方です。彼と人生を共有することができました。みなさんからの愛と支援に感謝します。アランの死を追悼できるよう、どうかプライバシーを尊重してくださるようお願いします」
バンド・メイトだったレスリー・マッコーエンは「RIP」とアランの写真をTwitterに投稿。
スチュアート”ウッディ”ウッドは「アランが亡くなったと知り、とても悲しい。40年に渡り僕らが過ごした楽しい時間は忘れない」と追悼の言葉を寄せている。
アランは60年代半ばに、弟デレクらとバンドを結成。
ベイ・シティ・ローラーズと改名し、1971年に「Keep On Dancing」でデビューした。
1973年にマッコーエンが加入してから「Shang-A-Lang」「Summerlove Sensation」「Bye Bye Baby」「Give A Little Love」などがヒット。
日本でも旋風を巻き起こした。
アランは2015年、ベイ・シティ・ローラーズの再結成に参加。
数十年ぶりの来日を果たした。
合掌。
Ako Suzuki
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180702-00000093-bark-musi
アラン・ロングミュアー
http://img.barks.jp/image/review/1000157093/001.jpg
ベイ・シティ・ローラーズ
http://pbs.twimg.com/media/DRGTcATUQAIH7vS.jpg >>352
本当はニック・ロウとかイアン・ゴムが書いていたという噂もあったな >>493
やりたい やりたい 俺の 俺の yeah 俺のシャローナ♪ 訃報とはいえ
アランスレでカキコが500に到達するとは ナヴァーナのカートが自分らの音楽をブラックフラッグとブラックサバスにかき回された
ナックとベイシティローラーズって称したんだけど言いえて妙だよな
マイシャローナをマイナーにしたらナヴァーナになるw 弟のゴリラは、ジャニー喜多川と同じく小児性愛者で捕まってるし.........。 >>314
マーチン&コールターは黄金コンビだった。
ポップでキャッチーな名曲ばかり。
ローラーズ初期(ノビー・クラークがいたころ)の曲は
違う人たちが書いてたんだっけ?
(好きな曲もあるがちょっと地味なのと、ノビーの声はアイドル向きじゃなかったので
いまいち売れなかったんだと思う。レスリーの声で、ブレイクした)。
「スコットランドの隣のお兄さん」っていう素朴さは、成功後もあった。
さっきBBCのアランの訃報記事を読んでたら、
アランは謙虚で、「幸運をつかんだ、エジンバラ生まれのただの配管工だよ」と家族に言っていたと。
https://www.bbc.com/news/amp/uk-scotland-44679446
あとまだ読んでないけど、「世界をタータンにしたボーイズバンド」という記事もあって、
タータンチェックをあれだけ世に広めた功績は、スコットランドにとっては大きかったのでは。
アランの訃報、スコットランドはもちろん、UKメディアの扱いは結構大きい。
日本での全盛期にはアランはもう抜けていたので、日本ではそれほど有名ではないけど、
UKでは俳優としてTVドラマにも出ていた時期もあるし。 >>479
>>236
ウッディはエジンバラの大学で音楽教えてたし、楽器は上手いと思う。
デレクのドラムも良い。
その噂の元はパットでしょ。
あと、アランはもちろんベース弾けるが、あんまし上手くはない。 レコーディング時はスタジオミュージシャンが演奏してた >>505
Nobby ClarkのStarday Nightはレスリーとの違いはわかりやすいけど
Rememberはあまりわからんかった
今つべですぐに聴けるもんな >>510
今つべで聴き比べたけど、
Bay City Rollers Remember Original UK Single Version Nobby Clark 1975
https://youtu.be/nCfRuJ0omHM
これだと、たしかにレスリーのリメンバーと区別がつきにくいんだけど、
1975年って、もうレスリーに変わってる年ではなかったかと。
あとこの動画の写真は非売品のデモで、1973年プレスって書いてあるので、
よけいわからなくなる。
ノビーの声の特徴が一番よくわかるのはこれじゃないかな。
(日本でBCRの人気があまりにすごいので便乗ソロデビューし、まあまあ売れたシングル)。
https://www.youtube.com/watch?v=PTITJ8WRToI
ちょっと鼻声みたいなのと、歌い方が「のべーっ」としてるのが特徴で、レスリーとは全く違う)。
長文になってすまないが、いちいち書かないけど、さっきのリメンバー以外にも
タイトルと、映像に写っているレコード盤、映像に使われている写真が年代も何もバラバラで、フェイクなBCRが増えた気がする。 パットがちゃんと参加したかたちでのアルバム恋のゲームを聞きたい 在籍時期が全く被ってないノビーとパットはなぜかすごい仲良しなんだよね
OB的な活動で一緒になったのかな >>510
>Starday Nightは
このスペルを間違える奴が居るとはな・・・。 朝まで踊ろうの正確な歌詞ってどこかにありませんか? Be My Baby
Bye Bye Baby
Let's Pretend
I Only Want to Be With You
Don't Worry Baby
これらは中学生の時ベイ・シティ・ローラーズで初めて聴いて知りました。
カバー曲だったのは後で知ったけど、ローラーズのバージョンが自分にとっての原曲です。 >>518
ごめん >>516はよく見たら
バックコーラスのKeep on dancin' and a prancin'を
歌詞の途中に全部入れてあるというシロモノだった。
いくつか見たけど、途中までしか書いてなかったり
いいかげんなのが多いね。著作権の問題か何かあるんだろか。 ちゃんとした歌詞が載ってるのがなかなかないんですよねぇ。
40年来の謎はまだ続きそうです。 >>374
>>401
ダンカン・フォールは、南アフリカでラビットというバンドをやってたが
後に再結成イエスに加入して「ロンリー・ハート」を書いたトレバー・ラビンと
一緒に活動してたのは有名。
レスリーが脱退、フォールが加入、アランがキーボード、ギターで復帰という流れ。
NYローカルだけで売れていたとか。 ラビットの曲1曲だけ聴いた記憶があるんで記憶の糸をたどってみたら
Eventides(恋のスタート)という曲だということがわかった
40年振りに聴けたわ Dedicationのアルバムはローラーズの
最高傑作だと思う。
あれ以降迷走して、パットは解雇
It's a gameもいい曲入ってるけど
アイドル路線から脱却しようとすると
上手くいかなくなる典型だったね 青春に捧げるメロディーのイアンVoバーション
レスリーがバックコーラスって凄い贅沢なお得感 >>521
>>522
ダンカン加入後のThe Rollersがすごくいいバンドだったということを知ったのが、
2000年代になってからだから、何もかも手遅れだったわ。
“Doors, Bars Metal”のPVを見て、もったいないことをした!と思ったのだが。
“Turn on The Radio”は日本のラジオでも流れてたけど、すでに関心がなくなってたし。
日本のBCRファンは先行世代が(アランに代わって入った)イアンの脱退で怒り、
イアンの代わりに入ったパットが可愛くて夢中になった後追い世代は、パットが突然クビになって嘆き悲しみ、
ついには一番ファンが多かったレスリーまで脱退してしまったので見放した、という感じだと思う。
ダンカンはすごく才能あるのに、運が今ひとつなかった人かも知れない。
亡きアランに捧ぐ
Doors, Bars, Metal
https://www.youtube.com/watch?v=YaBcS5_zm-s
しかしこのタイトルもひどいな。 The RollersなのにBCRになってるし
世界中、Youtubeのアフィで稼ごうとする素人が大量流入してる感じ。 >>526
自己レス訂正。
正確なタイトルは“Doors, Bars&Metal”ね。
つべのタイトル、コピペしたから間違えてしまった。 >>524
正直なところ、Dedicationは、イアンが歌ってる方が良いと何度聴いても思う
(レスリーの声が悪いというのではなく、あの歌に関してのみ)。
連投は気がひけるがこういうところでしか書けないから書くと、
結局はイアンのこともパットのことも追い出したのはレスリーですよね?
レスリーのファンは認めないまま40年経ってしまったのではないかと思うが。
私はBCRファンとしては一番若いほうの世代だと思うけど、
好きだったのはロングミュアー兄弟という変わり者なので、公平に見てそう思う。 レスリーって性格悪そうだもんねw
音楽雑誌のインタビューの時に、レスリーの吸ってたマールボロの空き箱をファンにプレゼントしたいからくださいって頼んだら、
目の前で握りつぶされたとか、来日後記みたいなのに書かれてた >>528
青春に捧げるメロディーに関して同意
私はイアンが好きでBCRファンになったからこの曲が一番好き
当時レスリーは好きじゃなかったけど大人になってから
改めてBCR聞いてみたら凄い魅力的な歌声だったことに気がついたけどね MCKEOWNがマッコーエンとはとても聞こえない。 当時、わしは中学生やったが、
ベイ・シティ・ローラーズの人気は凄まじいものやった。
わしのクラスのおなごはベイ・シティ・ローラーズの誰かと
結婚したがったし、
わしが大学の入ってのクラスメートのおなごも、
本気で結婚したいと思っていたと言っておった。
それだけ、人金があったいうことや、
58歳のわしの思い出、やな。 わしの世代、
50代後半から60代前半が、
一番ベイ・シティ・ローラーズに狂った世代、やろ。 BCRの武道館ライブ行った次の日にレインボーのライブに行ったよ
丁度同じ頃に来日してたんだな うちのチームでは真に認められたエースストライカーのみがサタデーナイトのテーマを受け継ぐことになっております
次に引き継ぐのは誰か >>532
58歳なら、BCRの日本での人気絶頂期(76〜77年)は高校生ですね。
77年に中1だった私がすでに53だから、みんなトシ食うわけだ。
なんとか親の許しを得て行った二度目の来日(77年)が、初武道館だった。 >>532
センパイ…中学時代か高校時代かの区別もつかなくなっちまったのかよ(´・ω・`) アマゾンでボックスセット買っちまった。
5枚組で2000円は安いわ。 >>529
その手の話をするような音楽雑誌って下らねー質問多いからな。性格悪いにしてもそれだけが理由じゃない気もする。 >>528
>結局はイアンのこともパットのことも追い出したのはレスリーですよね?
違う。強いて言えばエリック。
後年出たいくつかの暴露本に共通して書かれてるから読みなよ。
基本的にエリックとぶつかるとバンドにいられなくなる
イアンもパットもレスリーも。
なぜエリックかというと、「一番声がデカイから」(タム談) >>521
>レスリーが脱退、フォールが加入、アランがキーボード、ギターで復帰という流れ。
アランがキーボード、ギターで復帰、レスリーが脱退、フォールが加入という順番が正解っす ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています