「燃える闘魂、アントニオ猪木選手の入場です!」
金曜夜8時のプロレス中継や東京ドーム大会で、ファンの胸を高鳴らせた名調子。

新日本プロレスのリングアナウンサーとして一時代を築いた田中秀和さん(59)の声は、大阪のターミナル駅で響いていた。

京阪京橋駅の商業施設・京阪モール5階の串揚げ店「串なえむら」。独特の口調で、来店した客に話しかける。
「いらっしゃいませ、寒くなりましたね…」。フリーのリングアナとして活動しながら、木曜日はこの店で接客を担当するホール係として働く。

観客とレスラーの気持ちが、ひとつになる潤滑油になれば。そんな信念から、会場の大きさや雰囲気を瞬時に読み、コールの長さや間合いを微妙に変えていた。
リングアナの第一人者が培ってきたプロの技は、串揚げ店でも生きている。

お客さんにとって、いかにいい空間にするか。「話を邪魔しないとか、面白い駆け引きがある。
お客さんに来ていただいて、また食べに来てくれる。プロレスと重なる部分がある」。根本は一緒、と田中さんは強調した。

阪急梅田駅構内などで開かれる物産展では、スタッフとして働く。
「商品の見せ方や置き方ひとつで、売れるものが全然違う。面白い勉強ですよ」。田中さんがなぜ、串揚げ店や物産展に…?

06年に新日本を退社。会社を経営していたが、イベントの主催者がドタキャンし失踪した。
リング上のような裏切りにあい、3カウント寸前。手を差し伸べてくれた企業の社長の縁で、1年半前からこの仕事を手伝っている。

「新日本を辞めたことは、1ミリも後悔していません。失敗も涙が自然と出てくることもあったけど、
辞めてからの方がいい出会いが多く、楽しい」。家族を東京に残し、単身赴任中だ。

その出会いのひとつから、宮城県大崎市に自身の愛称かつ芸名である「ケロ」の名をつけた飲食店の開業準備を進めている。
「新日本で培ったことや、この1年半勉強してきたことを生かしたい。新たな挑戦ですね。人生って楽しいですよ」。
今夏にも、東北で新たなリングに立つ。(デイリースポーツ・杉田康人)

◆田中秀和(たなか・ひでかず)愛知県稲沢市出身の59歳。
大東文化大4年生だった80年、新日本プロレスの品川プリンスホテル大会でリングアナデビュー。
現在も各団体のリングアナや、イベント司会としても活躍。
Amazonプライム・ビデオで配信中の「有田と週刊プロレスと」ではナレーターを務める。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180227-00000043-dal-fight
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