大坊珈琲店の系譜、「慶珈琲」オープン

2017年11月、自家焙煎珈琲の名店、大坊珈琲店で活躍していた宮澤慶広さんが井の頭線沿線の駅前に自家焙煎珈琲店を開いた。
小さな手廻し焙煎器と、集中力を研ぎ澄ませるネルドリップ。名店の系譜は受け継がれる。

2013年に老朽化したビルの取り壊しのため惜しまれつつ閉店した青山名店、大坊珈琲店。
現在でも「閉店後に存在を知った」という若い人々からそのコーヒーを求める声が聞かれるが、
最後まで大坊珈琲店で活躍していた3人のスタッフのうちのひとり、宮澤慶広さんが2017年11月22日に自家焙煎珈琲店「慶珈琲(ヨシコーヒー)」をオープンした。

渋谷駅から吉祥寺に向かう井の頭線に乗って15分あまり、富士見ヶ丘駅南口の階段を降りて1分ほど歩くとすぐに神田川にぶつかる。
「慶珈琲」はその川に面したマンションの1階の窓に、琥珀色の灯をともしている。

印象的な薄藍色の壁2面に、落ち着いた米松材のカウンター。
艶のある椅子やテーブルは英国のヴィンテージ家具G-planを中心に揃え、一部に大坊珈琲店で使われていたのと同じ椅子も並べている。

メニューは1番から5番まで、濃さや量の異なるブレンドコーヒーと、ストレートコーヒー各種、そして自家製チーズケーキ。
たっぷりミルク入りの味が好きな人にはカフェオレもある。
コーヒーのまろやかな苦みの中から湧きあがる甘み。チーズケーキの柔らかな酸味と食感。名店の記憶が豊かに香っている。

宮澤さんは大坊さんが手廻しで焙煎する姿を間近で見ながら、焙煎の技術を身につけていったという。
自分で焙煎した豆を大坊さんに味見していただいてはアドバイスを受け、イメージする味に近づけていったそうだ。

「初めて大坊珈琲店に行ったのは22歳のとき。そこで雷に打たれるような体験をしたんです」と宮澤さんは語る。
それは雷鳴もとどろかず稲妻も光らない、とても静かな雷だった。
深煎りの珈琲の甘苦さと、お客さまと距離を保ちながら黙々とネルドリップに集中する店主。
その静謐な体験が魂に刻まれたのだという。

憧れのお店で働く幸運に恵まれるまで、大坊珈琲店の豆を取り寄せて、岩手にある実家で毎晩、その日一日を終える前に自分で淹れて飲んでいた宮澤さん。

「空になったカップは、翌朝になると甘い香りがするんです。理想はそういう時間が経って温度が下がるにつれて甘みが増していくコーヒー」

そのとき使っていた小久慈焼きのカップは、今、慶珈琲のバックカウンターに置かれている。
コーヒーと読書の時間、あるいはコーヒーとおしゃべりの時間を過ごしに何度でも訪れたいと思えるお店がまた1軒誕生して、とても嬉しいのだ。
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