そして、こうした動きの背後に、日産という、日本の自動車産業を象徴する大企業が「フランスの企業」になることを望まないであろう経産省など日本政府の存在があれば、劇的な逮捕に至った一連の経緯や、西川社長の強気な態度も理解できる。
戦前の財閥にその起源を持つ日産は、日本の製造業を代表する歴史ある企業のひとつですし、日産の創業者、鮎川義介は岸信介の親戚で、日本の政界との繋がりも深かったと聞いています。

また、2016年に「燃費偽装問題」が明るみに出た三菱が日産の傘下に入り三社連合に加わったことも、今回の動きと無関係ではないかもしれません。日産の傘下に入ったとはいえ、あの「三菱グループ」の一員であった三菱自動車が、
実質的にルノーの支配下に入り、この先さらに「経営統合」という形でフランスの企業となることには、日本政府や経済界にとっても大きな抵抗感があるはずです。それに、過去の事件を振り返ってみても、東京地検特捜部は、ときに政治的な
動きをする傾向がありますからね。

──ゴーン氏は、90年代に深刻な経営危機に陥っていた日産を劇的に立て直し、ルノー・日産・三菱の三社連合を世界第2位の規模まで押し上げた「カリスマ経営者」でもあります。その彼が突然の逮捕で「容疑者」となったことに対する、
フランス社会やメディアの反応は?

メスメール フランスの主要なメディアもこの事件を大きく扱っていますが、その反応はさまざまです。ただし、ゴーン氏が50億円もの報酬を有価証券報告書に過小記載したことや、経費を私的な目的に使用した疑いなどの容疑については、
あまり驚いていないかもしれません。なぜなら、ゴーン氏が巨額の報酬を得ていたことは、フランス社会でもよく知られており、批判の対象になっていたからです。実際、ルノーの大株主であるフランス政府も、ルノーに対してゴーン氏の報酬
を下げるように求めていました。

一方で、フランス人の多くは、日産を見事に再建したゴーン氏の実績についてはある種の「プライド」を感じていましたから、その人物が突然「逮捕・拘留」という扱いを受けていることに対しては、特に、彼を告発した西川社長ら日産経営陣
に対する批判的な声も聞こえてきます。

ただし、ゴーン氏逮捕に対するフランスの報道や社会の反応がすべて批判的というわけではありません。フランス国内でも「日本の検察はよくぞ大物の逮捕に踏み切った!」と評価する声があるのも事実で、そうした声はあまり日本には
伝わっていないと感じます。

確かに、ゴーン氏は経営危機にあった日産を劇的な形で復活させましたが、その過程で2万人もの従業員を解雇し、村山工場などの主力工場を閉鎖しています。こうした「コストカッター」としての決断が日産を立て直したという評価が
ありますが、私は彼が日産で行なったような大量解雇や合理化を、同じようにルノーでもできるとは思いません。これほど大規模なリストラをフランスで行なおうとすれば、労組の大反発を招きますし、おそらく政府もそれを許さないでしょう。

ゴーン氏の「コストカット」は日本だから可能だったのであって、日産の劇的な復活の背後には、多くの人たちの犠牲があったということを忘れてはいけないでしょう。私は以前、村山工場があった場所を取材したことがあります。
工場の周辺には多くの関連企業があり、閉鎖によって生活の基盤となる仕事を失い、苦しんでいる人が多くいました。そうした犠牲の下に日産を復活させた経営者に、「高いモラル」が求められることは当然のことではないかと思います。

──ゴーン氏の「逮捕後」の扱いには、フランス国内で強い批判があるようですね。

メスメール この点については、日本とフランスの司法制度の違いが大きいと思います。フランスの場合、逮捕後の取り調べには弁護士が同席するのが基本ですが、日本の司法制度はそうではないし、客観的な証拠以上に、取り調べ過程での
「自供」が重要視されることも多い。確かに、ゴーン容疑者への扱いに対しては批判もありますが、自国とは異なる日本の司法制度を知って、フランス人の多くが「驚いている」といったところですね。

ゴーン氏の逮捕を受けて、日産や三菱がすぐに「解任」を決めたのに対して、ルノーがゴーン氏の処分を決断していないことに関して日本では批判的な声があるようですが、フランスでは「当局に逮捕されたとしても、有罪とは限らない」
という認識が前提にあります。だから、ルノー側が「ゴーン氏を解任するに十分な理由がある」と納得するまで、判断を保留するのはある意味、当然だと思います。