部活が嫌すぎて中学でうつ病?になった話
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部活が嫌でうつ病?になりかけてた
当時は全く自覚がなくて自分が嫌になるばかりだったけど引退後にブックオフで読んだうつ病の本と症状が酷似してて異常に気付いた 現在高校生 吹奏楽部
元々音楽の知識も全くないのに拉致されて何となく入ることになっていた
そこから地獄がはじまるんだな 俺の同期で男は1人しかいなくて先輩にも2人しかいなかったため、基本男子に人権は無かったしとても肩身が狭かった。 そして俺は音楽の知識が全くない。
俺の同期男子、仮名N はピアノをやってたし、女子はみんな音楽をやっていたから俺だけスタートラインから遠かった 流石に入った当初はお客様期間みたいな感じでもてなされているなあと思った。これが作戦とも知らずに..
練習が本格的に始まり、俺はだんだん「この部活ヤバいんじゃ..」と思うようになった 吹奏楽をやってた人はわかると思うが、吹部は文化部とは思えないくらい厳しいところ。
どんな時でも先輩に挨拶をしなければならないし、先生の発言は句読点が入るごとに返事をしなければならない等、このくらいなら全国的によくある?のだと思う。ただ俺は吹部を舐め腐っていたし、所詮は文化部とバカにしていたのでルールの多さにとても驚いた >>6
部活でのルール集
・どんなタイミングでも先輩を見かけたら挨拶(しなかったら昼休みに説教)
・昼休みにも練習する
・学校が開いたら朝練が直ぐに始まる(早く行き過ぎると部内のブラック事情がバレるため説教される)
・休む場合、部長、副部長、先輩、パーリー、顧問、後輩に伝え、ノートに理由を書く(用事があるので休みます は禁止)
・昼ご飯に菓子パン禁止 部活が休みの日は基本無い。日曜日は午前練だが、帰ろうとすると顧問に嫌味を言われる。半ば強制的に14時くらいまで練習させられる。しかし活動報告ノートには顧問が嘘を書いており、この事実を学校側が把握していなかった そして休憩時間がない。飯を食べる時間はあるが、それ以外で休憩がないので、俺とNはよくトイレに行って2人で励ましあっていた ここからはなぜ俺がここまで追い詰められたかを書いていく。そもそも俺は姉がいて、だいたいの3年生の先輩が既に俺の事を知っていた。しかし俺はコミュ障陰キャであり、こっちは向こうを知らないので恐怖でしかなかった。、 俺は最初クラリネットパートに送られ、バスクラ担当になった。まだお客様期間だったので俺はNと部活中にふざけ合ったり、バスクラをフルートみたいにして遊んでいたら先輩にめっちゃくちゃ怒られた。この辺の空気感でヤバさに気付ければよかったのだが.. 日頃の行いの良さから少しずつ信頼を取り戻し、楽譜の読み方とかを覚えてきた6月頃、俺はパーカスに移動になった。多分、バスクラは向いてないと思われたんだと思う。俺の代は人数が5人しかったので今後も沢山楽器は変わる パーカスになり、俺はT先輩のお世話になることになる。T先輩とは元々知り合いだったのでコミュ障の俺からしたら有難かった と最初は思ってた
T先輩が3年生の間でめっちゃ嫌われてるというのを知ったのはそれからしばらくしてからだった >>13
T先輩はいわゆるメンヘラだった。後輩から言われたことにいちいち泣き出して居なくなったり、ご飯中に居なくなったり、、先輩とは仲も良かったし世話になったので俺はいつの間にか先輩を呼び戻す係になってた。他の先輩は、いないところでT先輩の陰口を言っていて凄く悲しかった。表側では3年生同士とても仲がいいと思っていたから尚更 先輩の陰口や日頃の疲れから、だんだん人を信じられなくなってきた。いつか俺も悪口を言われる側になるのだろうかと、Nは本当は俺を嫌っているのではと、、 そんな中、1年生は初めて合奏に参加することになる。コンクールに向けて3年生もピリピリしているのでミスはできない..なんて思ってはいるが、1年がノーミスで出来るわけが無い。顧問からありとあらゆる罵詈雑言を貰った。泣き出すやつもいた。人から怒られる経験がほぼ無かったので、ノミの心臓の俺はビビり上がる。、、 >>16
今は高3。二度と吹部には入らないと決心して普通の運動部に入った。体力的にも精神的にもめちゃくちゃホワイトに感じるわ 夏休みに入ってすぐ、副部長が全員を集め大説教をした。最後の大会だと、もっと気を引き締めろと、、優しい人なので本気でキレた姿がこんなにも恐ろしいものかと震えた。 夏休みに入ってすぐ、俺のメンタルがボロボロになる最悪のイベント「分奏」が始まる、、
低音域と打楽器のみが体育館に集まり合奏するというゴミイベである。1年生は俺のみ。お察しの通り俺は集中砲火を受ける、、暑さでクラクラしながら顧問の罵声を聞き、他の先輩への罪悪感でぶっ倒れそうだった そもそも夏休みのスケジュールが異常だった。
基本、登校禁止日以外は全て練習がある。
朝8時から16時まで、休憩は45分の一日練習と、7時半から13時までの半日練習があり、一日練を二日、半日練一日、をずーっと繰り返す。お盆以外は休みがない >>22
この時間はあくまで「予定」であり、顧問の気分次第で変わる。8時から18時までやってた事もあった
夏休み前には全部活の活動時間の表が配られるのだが、吹部の欄を見て俺は恐ろしくなった。部活で決まった時間と全く違うのだ。休みの日もあったし、一日練習は無くなっていたのだ。
しかも顧問は活動報告ノートに嘘を書き、あたかも活動時間を守っている風に装っていた 7月末、俺は初めてコンクールを経験する!
空気感に圧倒され、俺はこの時の為に頑張ったのだなとしみじみしていた。部員全員の本気度も伝わって来たし、何よりあれだけブラックな状況を耐えたのだからせめて結果だけは残したいと思った その甲斐あってか、県大会に出場が決定した!
全員で叫んだ。死ぬほど嬉しかったが、それは同時に新しい地獄の扉を開けることに繋がるのだった、、、 県大会まで出ることになったので夏休み最後まで地獄の練習のスパイラルは続く。
怒られる→モチベが下がる→練習に身が入らない→更に怒られる→モチベが下がる、、、
コンクールの期間は毎日怒鳴り声を聞く羽目になり、1回の合奏(2時間くらい)で2,3人は泣く 迎えた県大会、正直言うと早く負けたいと思ってた。あの地獄をまた経験すると思うと体が震えた。
しかし、西関東大会に出場が決定した。3年生は受験もあるので複雑そうだった 埼玉で行われたので、バスで行き、ホテルで1泊することになる。1年生男子は何故か部屋が一緒だった。ケチっただけだろうが逆にありがたかった。
唯一心を許せるNと過ごせて楽しかった >>30
コンクールはローファーで出なきゃいけないのだが、俺とNはローファーをカバンに入れたまま、履き替えずにバスの下に入れてしまった。トイレ休憩を挟んだ時、顧問にバレないようにこっそり運転手に頼むと、あっさり顧問にバレてNはめちゃくちゃ怒られた。俺はNの影に隠れて靴だけ取った。Nは自分だけ怒られたことが不満そうだった 西関東では銀賞だった。やはり西関東はレベルが違う。確実に銅賞だと思っていたので嬉しかった。
そこからはあまり目立った事件は無く、3年生が引退し、男子は俺とNだけになる、、 2年になり、俺はチューバパートになる。
ここまで書いてこなかったが、俺は一個上の代の先輩らが怖かったし、嫌いだった。悪口で溢れていたからだ。1番よくあるパターンはこうだ。
A先輩とB先輩とC先輩が一緒になってD先輩の悪口を言っている。そこでC先輩はいなくなりD先輩がやってくる。すると、AとBとDが一緒になってCの悪口を言い出すのだ >>35
吹部だった時は女の子っぽいってよく言われた
Nもオネエっぽかったから次第に男の娘になるのは割とあるのかも >>38
これはまだまだプロローグやで まだうつ病のうの字もない こんなんだから一個上の先輩とはまったく馴染めず、後輩も出来たがチューバには入らなかったので全く絡みが無かった。今思えばこの時期が1番つまらなかった この辺でまた夏休みの地獄を経験したが、心はもう怒られるのに慣れてきてたし、虚無感だけで抜け殻のように過ごした。大会も去年よりは力を入れてなかったので、県大会にすら行けなかった コンクールが終わり、中学校で行われる地域の祭りみたいなやつに参加する。この行事は去年も出ている。コンクールのような堅苦しいクラシックではなく、ポップスを演奏出来るので大好きだった。
しかし急に4曲も5曲も新曲が増えるので、1年生も見なければいけないし、自分も練習しなければならないのでハードスケジュールだった >>42
1年生には 波乗りジョニー でダンスするという謎の伝統があったのでダンスを教えるという役もあった >>42
このふれあい祭りでさらに精神的にキツくなる
合奏の仕方が顧問の気まぐれで急に変わり、何故か
1.2年生のみで、パート毎にやるということになる..
正直低音パートなんてどこを吹いてるかなんて分からんし、1年生と一緒だからミスしても合わせにいけない。この時ほど主旋律を羨んだことは無かった
当然、鬼のように怒られ、先輩とも馴染めてないので特にフォローは無かった >>44
もはや記憶も曖昧だが、この祭りの時期に、一気にうつ病?は進行したと思う。
夜9時に寝て朝4時に起きる生活を毎日してた >>45
中学生だぞ?たまーーーーに休みになった日は9時に寝ても昼まで起きれない うつ病?時代の主な症状書く
・鏡に向かって話しかける
最近疲れてるぞ〜とかなんために部活してん?とか
・ゲゲゲの鬼太郎見て号泣(涙脆くなった)
これは自分でもビビった
・カラスの声が顧問の声に聞こえる
登校中にバカデカ返事しちゃったことある
・トイレに一日15回行く
自分の中でトイレ=休めるというイメージがあるから?
・靴を履くのに数十分
家を出ようとすると体が震える
・身だしなみを極限まで気にしない
寝癖ボッサボサ 引かれるかもしれんが歯を磨かなくなった >>47
登校中に譜読みしてて車に轢かれかけたこともあった 家に帰るのも怖くなってめっちゃくちゃ遠回りしてギリギリまでNと一緒にいたわ この祭りが終わった後、パーカスの先輩が精神を病み、学校そのものに来なくなった。結構仲良かったし、一緒に帰ってたから付き合ってる噂もあった。ふつーに心配だった 冬になって、別のコンクールがあったが正直全く記憶にない。鬱っぽいのをあまり人に見られたくなかったので逆に元気に振舞ってたが、所詮は空元気、やっぱりただの抜け殻である。 パーカスの先輩 仮名Sは病んでから半年後に復帰した。
他校とのイベントにも一緒に出れたし、合同練習はめっちゃくちゃ楽しいので癒しとなった。
一緒に下校してる時、S先輩は俺に、「私たちって付き合ってる?よね?」みたいな事を言ってきた。
俺はそんなこと微塵も思ってなかったが、「そうなんすかねー」みたいな曖昧な返事をしてしまった。
なんとこのS先輩もメンヘラだったのである。 >>51
なんで惚れたのか聞いてみた。S先輩が休んでいる間、パーカスの楽譜の管理を俺がやってた。
そこで自分のロッカーに下手くそな切り方のパーカスの楽譜が大量にあり、惚れたと言っていた。俺はそれの何が良かったのか全く分からない >>52
行ってない。なんせ当時は自覚がないし、甘えとさえ思ってた。終盤に自力で治すぜ 俺とS先輩を皮切りにNも先輩と付き合いだした。
後輩に1人男子が増えたんだが、そいつも別の先輩と付き合いだした。これもまた別の事件に発展するがそれはまた別の話 そんなこんなで先輩は引退した。正直俺はめちゃくちゃ嬉しかった。俺は先輩がいなくなると騒ぐタイプだったからだ。鬱っぽい感じも良くなってきた。
ここでトランペットの後輩、Yがチューバになる。
こいつも所謂メンヘラだった。どうやら俺と仲良くなる人はメンヘラが多いのかもしれない。 >>57
やはりトランペットから来ただけあって急に低音をやらされるのは抵抗があるようだった。Yを指導するよう顧問に言われたが、全く喋ったことがないしチューバの教え方もイマイチ分からなかったので、ずーっとテキトーな事を言っていた。顧問には怒られた。 急な出来事で2人は急接近する。他校とのイベントだ。合同練習をきっかけに超仲良くなったのだ。
Yは明るくて結構可愛い子なので仲良くなって悪い気は全くしなかった。 >>59
そしてこの時期と同時に2人は楽器が変わり、ユーフォニアムパートになった。そこから俺は怒涛の成長を見せた。チューバは向いてなかったと言わざるを得ないくらいユーフォは上手かった。 顧問から「褒められる」という経験を1年半越しに味わい、それだけで俺は泣きそうだった。感覚が狂ってるなぁと今は思うが、怒鳴られるのが当たり前の毎日だと褒められるとめちゃくちゃ嬉しいんだなこれが 俺は誰にも止められないという無双状態の俺は、ある方法で完全にうつ病を脱する。
その方法とは、「自分が1番上手いと思い込む」ことであった。とにかく自分を1番に考え、地球は自分を中心に回っていて、周囲の人間は俺がいないと落ちぶれると、本気で思い込むことによって自己肯定感は上がり、他人にも優しくなれた。
これはマジでオススメ。自分のこと大好きになったし、自信がついた。 ちなみに「ここまで」で 2個上の先輩は1人、1個上の先輩は2人、同期で1人、一個下の後輩は3人、部活を辞めている。俺は常に部活は辞めたかったが、絶対に辞める気は無かった。顧問に負けた気がするからだ。ボロカス言われてただ辞めるのはあまりに悔しいという気持ちだけは鬱になっても忘れてなかった。 3年生が引退してから俺は更に多忙になった。
まず後輩を最優先で教えなければならない。自分のせいで怒られてしまっては良心が痛む。しかし2年生同期たったの5人に対して1年生は10数人。俺は金管木管打楽器全て経験済みなのでだいたいの1年生を教えなければならなかった。部活中俺は常に教えて回り、自分の練習はほぼ出来なかった。 >>65
こんな調子で他のパートばかりに時間を割いていたため、後輩Yのメンヘラ具合が顔を出し始めた。 俺はYとはめちゃくちゃ仲が良かった。だから練習中に私語するのは必然といえる。鬱の頃だったら考えられないけどね。でもある日、全然話しかけてこないんだ。俺から話しかけても会話にならない。機嫌が悪いだけだと思っていたし、次の日には治るだろうと思っていたが、この調子が2週間続いた。 >>68
2週間くらい経つと何事も無かったかのようにいつものYに戻る。この無視を俺は定期的にされることになる。Yは1年生の中でも上手かったので自然と他の1年生を教えていたからYがガチ嫉妬をしていると他の1年生からこっそり聞いた。 >>70
ただの嫉妬なら可愛いもんだと思うが、完全に無視されるので教えようと思っても突き放される。コミュニケーションが取れないので練習にもならない。そして笑顔を全く見せない。俺にだけ。他のやつに対しては普通にしているので余計に怖かった。 忘れられてるかもしれないが、この時俺はまだS先輩と付き合っていることになっている。(勝手に)
毎日長文のLINEがきたかと思えば次の日の朝には送信取り消しで埋まってたりする。俺はそもそもLINEが大嫌いなので基本無視してた。今思えば最低の人間だが、当時はそれほど怖かった。 >>72
余談だが、「次送信取り消ししたら別れる」って送ってみたことがある。次の日案の定取り消しがあったから、さよなら とだけ送ったら、S先輩の友達からすげー怒られた。「Sちゃんに何したの!?今すぐ謝れ!」ってさ S先輩の話をしたのは、彼女にストーカーが現れたからだインスタに粘着している当時高校2年の男がいた。何故かLINEもバレているらしい。何とかしてくれと頼まれたが俺は無視した。正直面倒なことはゴメンだ。この1件で俺は更にLINE嫌いになった さらにさらに面倒なことに、Yが他の1年生2人と喧嘩している。3人とも俺が教えていたのでお互いの悪口を聞き合うことになる。非常に不快だった。あいつを何とかしろ と何度言われたか分からないが、俺は何でも屋さんでは無いし、1年生同士の喧嘩とか正直俺には関係ないことだ。俺はことごとく回避していた。 >>75
さらにさらにさらに面倒なことに、2年生(同期)の1人であり、俺の幼なじみの女が、Yと喧嘩している方(1年生2人)に味方をして、Yの事を悪く言ってくる。1年生同士の喧嘩なら百歩譲ってまだ分かる。
ただ先輩が後輩の悪口言うなと俺は思い、幼なじみの事を心底軽蔑した。引退までこの派閥は対立を続ける。 >>76
ちなみにこの幼なじみはリスカをしていた。
そう、またまたメンヘラだったのである 後輩との喧嘩に巻き込まれ、面倒なことになっている最中、未だにS先輩との縁を切れないでいた。家にも何回か行っていたので、誰かにバレやしないかとヒヤヒヤしていた。先輩はただの憧れの存在であって恋愛とかそういう感情はない。でも先輩だからはっきり言えないし、言ったとしても大号泣し俺が悪者になってしまいかねない。今までは部活の環境で鬱になっていたが、今度は人間関係が俺を苦しめているのだ。 もうすぐ2年生も終わりが近づいて来た冬、引退した3年が見に来るらしい。それだけならまだしも、その日Nと後輩男が用事で休みとの事。これは事件である。吹部男子は1人いないだけで大打撃。その日を男1人で、しかもOGも来るとなると俺は初めて部活を休もうと思った。 >>79
なぜここまで行きたくなかったのか。
色々端折っているのだが、その時部長はNで副部長は俺だったのである。なぜ男子?となるだろう。
これには理由がある。そもそも同期は5人、そして幹部は3人(部長1人副部長2人)が必要だ。面倒なことに同期のうち2人が喧嘩をしているのだ。どちらかが部長になれば片方は必ず不満を言うだろうし、中立な子は人をまとめるタイプではない。そこで平等を期す為に、副部長を俺のみにし、幹部が男子のみという特殊な体制をとったのだ。 >>80
そしてそのNが休みとなれば副部長の俺がその日を仕切ることになる。副部長あるあるだが、部長がいないととても不安になる。俺はその日を乗り切る自信は無かった。 人生で初めてズル休みをしようと決意した。
しかしその時も呪縛は完全には解けておらず、顧問には下手なことは出来ない、嘘は付けないという気持ちが発動する。、、そこで俺は合法的に休みになればいいのだと考えた! 人生で初めてズル休みをしようと決意した。
しかしその時も呪縛は完全には解けておらず、顧問には下手なことは出来ない、嘘は付けないという気持ちが発動する。、、そこで俺は合法的に休みになればいいのだと考えた! まず思いついたのは怪我をすることだ。階段から落ちて捻挫か骨折しようと俺は本気で思った。だが、この方法では後が怖い。1日だけ休む方法を模索した。俺はふと、水曜のダウンタウンで浜田が言っていた仮病で、醤油をコップ1杯飲む という物があることを思い出した。これをやると熱が一気に上がるらしいので浜田は昔使っていたようだ。俺はこれだ!!と思った 朝4時に起きてコップに醤油を入れる。コップの4分の1くらいだったと思う。お試しで飲んでみた。その時点で寒気がしてきて喉が焼け、体の内部から攻撃されてるみたいな感覚に襲われた。俺はトイレで思っきし吐いた。 >>85
当時、胃腸炎が流行っていたので俺は合法的に休むことが出来た。 春になり、3年生になった俺。未だにS先輩との縁を切れないでいた。S先輩は吹奏楽強豪の私立に進学した。しかし早くもその部内でハブられているというLINEが来た。なんだか自殺しそうな事を言っているので流石に相談に乗ってあげた。基本、俺は無視しているので久しぶりに返信が来て嬉しそうだった 1年生がまた沢山入ってきてくれた。、
俺はさらにさらに多忙になった。2年生を教え、1年生ほぼ全員を教えながらもYの時間を取らなければ無視されてしまう。このループを4,5回繰り返した。 この時期に、市から「部活動で1週間に1日の休み」が義務付けられた。当たり前だがうちの吹部は全く守らなかった。、、
コンクール期間が近づくに連れてさらにさらに多忙になっていく。自分達は最後のコンクール、本気で挑もうと思った。 本気で身を粉にして練習したが、結果は甘くない。3年生5人に対して下級生が多すぎたのかもしれない。、、県大会には出場することは出来なかった。 S先輩はこの頃にはもう自然消滅みたいな感じだった。俺はたまにYとお出かけに誘われるようになった。コンクール後に、俺とNと後輩男子とYと他女子2人のトリプルデート的なものがあった。
それはそれは楽しい時間だった。帰り道に、Yから電話が掛かってきた。告られた。先輩、大好きですとただそれだけ。俺はビビってすぐ切ってしまった。この時ほど自分を嫌になったことはない。、
その後も何も変わらず過ごした。俺は最低な人間だ、、 おなじみの学校での祭りみたいな物で最後の演奏を終えた。その後は引退まですぐだった。
引退式に貰った手紙もクソデカ色紙の寄せ書きも今までの楽譜もすべて取っておいてある。
今でも思い出話をしたくなる経験だった。
俺の話はここで終わり。見てくれた人いるんかな?
単なる自己満だ!読みにくくてごめんね >>92
ちなみに俺は高校では吹部をやってない。こんな経験は二度としたくないと思うことが多すぎたから。
でもたまーにテレビで吹部特集があると楽器をやりたくなったり楽譜を見たくなる時がある。 俺が引退してからYは部活をやめた。そして俺の行ってる高校に入るために猛勉強していたらしいが、結局無理だったみたいだ。
コロナの影響で一個下の代の演奏会に行けなくて本当に悲しかった。後輩の成長は最後まで見届けたかったな 超絶ブラックなのは伝わったがうつ病のくだりが少なすぎてあんまりうつの印象が残らなかったよ >>95
すまねぇ、、文才もないし、、スレタイミスったな〜〜 印象に残ってる顧問の罵詈雑言
・早く人間になれ
俺は豚なんだってさ
・あなたの将来が心配だ
ちょくちょく計算の問題を出してくる。だいたい10秒以内に答えないと言われる
・あなたのような卑怯な人間は〜〜
汎用性が高いやつ
・へー、自分の事上手だと思ってるんだー
午前練のとき居残りせずに帰ろうとすると言われる
・みんなあなたの事いい加減だとおもってるよ?
皆は優しいから言わないけど僕の事をどうしようも無い人だと思っているんだってさ NとT先輩とYは卒業後どうなったの?
その吹奏楽部は今でもブラック? >>99
顧問の人間性に大きな問題があるね
嘘の報告も常態化してるようだし気分次第で練習時間が決まるところもだし
生徒を従えてる自分を王様だと思ってる >>100
Nは吹奏楽を続けています。たまーに見かけます。
T先輩は引退してから数回見に来ましたが、その後は分かりません。Yは学校は分かるけど部活は分からないですね。今はそこまでブラックじゃないと思われます。 >>101
ですよね〜笑
よく高校で元吹部の友達とあるあるトークします笑 >>102
顧問は偽悪者なんだと俺は勝手に思ってます。
共通の敵をつくって団結してもらう みたいな?
ただ悪役が上手すぎて本気でぶちコロしたくなりますけどね ここまで見てくれた暇人よ!ありがとう!
そしておやすみなさい〜 >>106
自然消滅どころかなんにもなかったよー
顧問は恐らく来年変わると思われる! >>105
フォローもしっかりしてるね
でも部活の雰囲気はかなり悪いみたいだし
現にメンヘラが大量に出てるし
君もうつ病みたいになってるし
3年生が少なかったとはいえこれだけ練習して県大会に進めなかったし指導力もなさそうだね、まあそこはよそも同じくらいやってたのかも知れんけど…
はたから見るとクソ無能悪徳顧問にしか見えない
ちゃんとした指導者は悪役になるんじゃなくて真っ向から生徒に向き合ってしっかりとモチベーションを上げるものだと思うよ
理想論かも知れんが >>109
その顧問は厳しさで有名な人みたいです。全国大会も常連と聞いています。、指導力というより、練習内容に意味が無いものが多いな〜って思いました。全員疲弊しきっているし、言っても無駄なので反発する生徒はいませんでしたが..
ただ気まぐれで練習内容をガラッと変えたりするのは大嫌いでした。顧問が全部メニューを決めるので生徒は従うだけで全く主体的じゃなかったです >>110
デートというか買い物一緒に行ったりするのは何回かあった。コンクール後のお出かけで告られた。その後は何もない。 >>111
はい 女性恐怖症みたいになっちゃって卒業しても女の子と喋ると怖くなりますね笑
あと女の子の前でご飯が食べれなくなりました笑 西関東で銀だと群馬か山梨あたりかな?
A組で支部とか全国目指すバンドはホントひどい環境だよね
俺もチューバの先輩から毎日譜面台で頭を叩かれたよ
目から星が出るとはこの事かとw
部活なんてゆる〜くやる位で丁度良いよ
お疲れさまでした >>115
恐ろしいことにBだったし全然強くなかったんですよね 練習だけ無駄に厳しい笑
先輩は仲悪かったけど優しかったです笑
さっき後輩と会いまして思い出話に花を咲かせました。久しぶりに楽器やりたいなぁ 全国大会常連だけど全然強くない?
常連というのは過去の話かな >>116
後を引かない人間関係羨ましい
俺は二度と会いたくない
でも楽器演奏するのは好きw >>117
顧問は界隈で結構有名人(?)みたいですし、全国常連というのも噂に尾ひれがついたようなもんなのかも知れません。前の学校で生徒を自さつに追い込んだことがある なんて噂もありました。あくまでも噂ですけどね笑 >>118
正直、仲良い人は3分の1もくらいで他の先輩は信頼できるような人では無かったです笑 陰口ばっかりで.. 音楽辞めても突然無性にやりたくなる笑
楽譜とかは全部とっておいてあるのでたま〜に >>121
吹部ではないですがバリバリ運動部です
でも吹部の方が圧倒的に辛いです笑
メンタル鍛えられてたんだなぁ〜って思います 追い付いた
子供は絶対に吹奏楽部には入れないって決めたわ
彼女さえいないけど >>123
さすがにここまで酷いのは珍しいと思う笑
人生で一番辛い時間を過ごしましたが全く後悔はしてません。自己犠牲の心と鋼のメンタルを手に入れられましたし、音楽に興味無かった自分でも最後のステージでのソロの気持ちよさは一生もんです!!自分だったら、その学校の吹部の事情を調べまくって安全そうなら勧めたいですね笑 追いついた〜 今中3の吹部だけど一時期かなり辛かったな
今はなれてしまった >>125
分かります..最後の方は慣れすぎて何にも思わなくなってくるんですよね笑
コロナ禍で大変だと思うけど最後まで頑張って! >>126 そういってくれると嬉しい
秋の引退まで頑張ろうと思います 『天皇賞+APEX世界大会ミラー前日の雑談』
(18:35~放送開始)
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