柴田勝家「羽柴秀吉殿と前田殿は友人だ。羽柴殿に前田殿が謝れば許してくれるであろう。」 [194767121]
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利家が生きてるうちは家康も露骨なことはしなかったのだから、有能な武将だったと思うよ
>>2 信長の反目側だったのにここまで取り立ててもらえば十分だろ
お市が勝家と死んだの、秀吉は悔しかっただろうなあ。
>>2 当初は佐久間の方が上では?
勝家は信長の弟の家臣だったし
>>2 逆に常にナンバー2以下狙いで己の分をわきまえてたから
敵をつくらず、取り潰しもされずに100万石到達できたんだろう
筆頭家臣は柴田
次いで佐久間
丹羽、滝川、池田と続いて羽柴、明智
名目上の序列はこんな感じだろう
信長自信の評価や信頼はまた別だろうね
柴田勝家は
なんやかんや言っても織田家の番頭
実際にはかなりの人物だったと思うよ
秀吉には敵わなかったのはしょうがないよ
他だって誰も勝てないんだから
実行されなかったけど唐入りの時に秀吉本隊、徳川隊と一緒に唐入り主力として渡海する予定だった。
秀吉は自分の親衛隊に抜擢するくらい徳川と前田を信用してたんだなと。
勝家って戦国史でかなりの重要人物じゃないか?
主役で見たい
この話嘘だろ
合戦中最悪のタイミングで裏切った戦犯だぞ
利家は当時の武将としては珍しく算盤使えて、計算高かったからなぁ
秀吉って何回負けたんだっけ?
ほとんど勝ってるイメージだけど
11歳 ロリ嫁の まつ さんが超絶あげまんだった説 には信憑性を感じます
>>30 小牧長久手は戦術的には敗北でも戦略的に勝利?
それなら朝鮮出兵は戦術的勝利でも戦略的敗北だが
>>2 毛利元就「我,天下を競望せず」
全国支配を望んだ戦国大名なんて極一部だろ
>>32 朝鮮出兵は秀吉は渡海して指揮してないからな
状況がちょっと違ったら
秀頼の政権を家康が家老として支える未来もあったんだろうか
よく言われるターニングポイントの一つに
信長の死亡を知らせる明智の使者が
ことごとく秀吉に捕まっちゃったけど
もし毛利に伝わっていたら
ちょっと未来は変わっていたかね?
太閤秀吉、関白秀次、内大臣徳川家康、大納言前田利家
官位高いほど渡海してない
秀吉の唐入りは本気モードじゃなかったのかも
>>36 毛利側の安国寺恵瓊は、本能寺の仔細を知った上で和議を結んだ説 に1票
その後に大名にまで取り立てられる優遇ぶりを見ると、そこまで勘繰りたくなります
>>36 毛利との和睦成立せず、
中国大返しできない
その間にキンカンが機内を固める
長久手は秀次が命令無視して敵と斬りあってるうちに
家康本体に逃げられたんではなかったかな
>>39 けど毛利本隊ももう持ちこたえる体力なかったからな
大返しできなくても秀吉本体に壊滅させられそう
>>46 え?毛利本隊が到着する前に秀吉は和睦しなかったけ?
秀吉とお市の関係が気になるんだがお互い相手のことをどう思っているとかの絡んだ資料って一切ないよね
>>14 おいおい林秀貞を忘れてるだろ
家臣筆頭は林秀貞じゃね?
>>33 信長くらいじゃね?、他を探してもせいぜい大内義隆くらいだろう。毛利元就は大内義隆の後継を自負してたが博多を大友に取られて財政的に天下を狙うには力不足だった
大内義隆は親父の義興が京に乱入して幕府政治を牛耳ってた時があるし、何しろ勘合貿易で巨万の富を得ていた
金の力で天下を狙ってたっぽい。まあ、だとしても早すぎた田中角栄だな
>>48 女の、史料なんて殆んど残らないからな
信長の妹か従姉妹かわからんのだろ?
利家ってリアル・ホルホースよな
ナンバー1よりナンバー2
信長の茶坊主を殺したり、一向宗に果断な処罰を与えたり、柴田を裏切ったりと、結構冷酷な人物。
一方でそういった人柄が戦国の世に相まって加賀百万石の礎を築いたともいえる。
>>54 いや、そりゃ今の価値観で言えば冷酷な人物だろうけど、当時の感覚ではそうでもないんじゃね?
利家の妻「あなたは多くの殺生を行ったのできっと地獄に行くのでしょう…」
利家「いや、俺は無駄な殺生は一切行ってない。だから、地獄に行くわけがない、もし地獄に行ったなら先に行った部下たちと戦って鬼どもを退治してくれるわ!」
>>24 自分も利家が良い人扱いされてるのもにょる
キリスト教の布教を許可して、「邪魔もしないが応援もしない。布教が、上手くいくかは宣教師たちの頑張り次第」と言ったのも良いよな
ルイス・フロイスの人物評では柴田勝家が一番評価高いんじゃないか?
一回出奔したあとは信長に忠実だった
賤ヶ岳の戦いで柴田勝家裏切って秀吉についた
秀吉のもとで佐々成政をいびり倒した
後継の利長が家康と対立しそうになったけど何とかまつのおかげで家康と和解できた
そこまで突出した武功立てたわけじゃじゃなく他にもっと凄い大名とか、武将とかいたのに
要所要所で勝ち馬にうまくつけたってだけで、最終的に江戸時代では外様ナンバーワン大名になれたな
>>50 どの段階での序列か分からんから佐久間追放前で序列決めたんよw
>>58 >要所要所で勝ち馬にうまくつけた
それを戦略眼に優れると言うんじゃね?
1番上になる能力はないが、そんな自分でもそれなりに上に上がる戦略眼に優れていたということなんだろう
>>47 到着して睨み合いしてたろ
本体は輝元じゃなく両川だぞ
>>59 信長家臣の中では全く無名でもないのに居なくなった段階での序列で決めるなんて…
林秀貞が可哀そう…w
>>54 柴田裏切ったとは言え相手は成り上がりの同期の秀吉だろ
柴田より親近感持っててもおかしくはない
柴田も裏切った前田を許したわけだし
奴のロリコンっぷりは当時の低い倫理観でもドン引きレベルだった
利家って勝家直属の家臣じゃなくて
信長から派遣されてきただけなんだろ?
柴田を裏切ったと言っても柴田自身が甥っ子の統制も取れないで下手こいて負け戦確定させたからなあ
今さら前田利家が出って言っても勝てない状況では秀吉方に行くしかなかろう
>>67 うん、利家の主君は勝家じゃなく信長、信長の命令で勝家の与力をやってただけ
勝家の軍事指揮下ではあるが、主従関係はなく、核は違えど共に同じ織田家の家臣
>>65 まつが若すぎて信長に叱られた・周りがドン引きしたはネットのデマで何の資料もないよ
>>38 何はともあれ安国寺恵瓊が秀吉に気に入られるほどのことをしていたというのは間違いなさそうだな
>>61 そうだっけ
それじゃ大返しなんか絶対無理やん
利家は若い頃から勝家になついてて「親父殿」と呼んで慕っていたという話もあるな
とはいえ、前田家の存亡がかかっていたら私情は抜きにして生き残れる道を行くしかないわな
まあ、秀吉とも仲良かったようだし、勝家方で参戦とは言っても勝家は主君ではないわけだし
>>74 ムリだろうね
毛利殲滅した後には引き返すだろうけどその時には明智がどうなってるかわからん
>>74 毛利はもう兵糧切れてた って話が残ってるから
殿部隊と一戦するのがせいぜいで
秀吉軍本体を追撃するまでの余力は無かった って今は言われてるよ
>>78 そんな状態では秀吉軍を追撃は無理だわな
どうせ途中の備前で宇喜多軍が立ちはだかって止めるんだろうし、短期間にそれを撃破は兵糧あっても無理そうだ
>>54 信長の茶坊主切って切腹させられそうになったのを助命嘆願したのは柴田勝家なのにね
清洲会議の後、利家は勝家の家臣ではないので誰に付くかは自由
賤ヶ岳の半年前に勝家側から秀吉への和睦交渉として派遣された前田、金森、不破の3人が賤ヶ岳にて戦線離脱してるので、この交渉時に前田金森不破は秀吉に対して不戦を約束してる
要するに前田も金森も不破もはじめから羽柴派であったものの位置関係的にそれが不可能なので土壇場での撤退をせざる負えなかった
まぁ柴田側からすりゃたまったもんじゃないけど柴田側も前田に人質提出させたりもしてるししゃーない
>>80 創作物だと勝家が信長に訴えたりっていうのが多いけど特に誰それが助命嘆願したとかはない
>>45 隆景の地位が上がったの秀秋養子にしたおかげだしなぁ
>>16 戦後日本郵政に徳川と前田の嫡流子孫がいて当時の上司が徳川前田を部下にしたのは太閤と俺だけだとご満悦なエピがあるとかなんtヵ
信長が編み出した与力制度というのは派遣先の武将の軍事指揮下に入るだけでなく、派遣先の武将に対する監視役も担っていた
派遣先の武将が不正行為や不実行為、謀反を画策などあった場合は主君の信長に通報する役目も担っていた
そして、知行は織田家当主の信長からもらっていた。利家は勝家の与力とは言え、勝家の小間使いというわけではなかった
>>58 柴田側に付いて秀吉を倒してたらニ百万石ぐらいもらえたんじゃ?
>>36 長宗我部がすぐに動けなかったのが痛いな
長宗我部が四国を完全統一出来てたらな
>>52 そもそも濃姫が何者なのかほとんどわかってないしな
義家は勝家の与力だったからなんとなく柴田派にされただけだから
渦中の派閥争いだから裏切りとはまた違うような
金森とかも勝家から秀吉にいったし
与力は勝家に忠義を尽くすのではなく織田家当主に忠義を尽くすのが仕事
清須会議以降は三法師に忠義を尽くすことになった。そもそも利家ら与力は勝家は主君じゃないから忠義もへったくれもない
勝家に味方するなら織田家家中の政治闘争での個人的な合力でしかない、秀吉に味方もまた同じ
勝家の失敗は家臣でもない与力に人質を差し出させたことだな
これで勝家が勝ちそうなら勝家に味方してもいいかも的な思いは消え失せたろう
織田家家臣として勝家の監視役でもあったのが突然、人質を差し出させられて屈服させられるのでは人情として味方する気持ちも消え失せてしまう
>>12 ルイス・フロイスの観察によれば織田家のNo.2は柴田
信忠でも羽柴でも明智でもない
柴田勝家がほしかった茶器を信長はすぐあげず、ずっと後になって柴田が戦果上げたときに信長が茶器あげたエピソードみりゃ信長は非凡で天才だってわかる
やっぱ拠点が極端に寒かったり暑かったりする勢力が天下取るのはどうにも難しいね
信長の革新で覇王シナリオの寿命あり柴田は面白い
ゴミみたいな武将ばかりで鼓舞すら出来ないっていう
勝家がすぐ死ぬし跡継ぎは統率12の柴田勝豊だけ
前田家は百姓持ちたる国である加賀の一向宗を支配構造に上手く組み込んだからな
>>33 毛利領ってデカかったけど
内実は大名連合みたいな感じで
その筆頭が毛利家って組織だったからな
集権力では織田にかなわない
>>104 織田家(実質羽柴家)の最高幹部の池田恒興を討ち取ったのがデカかったな。これで家康強しを強烈に印象付けた
消耗戦でゴリゴリ徳川領を削って行っても秀吉は老人でヨボヨボになるまでに徳川を制圧できる状況でもなくなった
まあ、秀吉としてはこうなったおかげで得意の人たらし母親人質作戦で徳川を素早く臣従に持ち込むことができたから不幸中の幸いだった
>>88 勝家が賤ヶ岳の戦いに勝つとたぶん勝家には織田家、同盟大名をまとめられないから
もう一度戦国時代に巻き戻ってるんじゃなかろうか
>>105 元々は安芸国人一揆契約で同格の国人衆で毛利元就が大内義隆との関係を強固にしたことで盟主的な立場になった経緯だしな
陶隆房の謀反に加担して安芸国人衆のまとめ役として大内家に認めさせ盟主的立場を完全に確立させてから陶を討って中国地方の大内領を併呑した
これで実質、毛利家と他の安芸国人衆は主従関係になったが、武田家と同じ領主連合の盟主という立場で、その通り集権力では織田家にはかなわない状態だった
>>108 その可能性は高いだろうな。秀吉を完全に滅ぼせるかどうかも問題だ。主力決戦で勝ったんだから圧倒的に勝家有利になるけど
秀吉はバケモノだからなあ。上手いことやって巻き返してくる可能性も十分ある。秀吉方に付いた武将をどれだけ寝返らせられるかも勝家の度量だと微妙だ
秀吉のことだから家康を丸め込んで味方に付けて巻き返してきそうだ。そうなると勝家不利に一気に傾く。戦国時代巻き戻しの可能性は十分ありそうだ
>>62 弟は信長本人に討たれててもっとかわいそうだろ
>>86 郵便局制度ってのが士族(元大名)の救済みたいなモンだったからね。
その逸話は郵便局制度を考えた『前島密』かも知れん。
ちな、江戸を東京に改名してそのまま首都にしようと発案したのもこの人らしい。
>24
>56
気持ちは判るが前田家は今も名門一族として君臨してるから、権威ある学者やら有名作家も悪役として書けなかった。
有名作品ではたぶん漫画の『花の慶次』が一番悪い利家像だと思うレベル。
前田利家は12歳と結婚したロリコン
さらに上は12歳の時に13歳と結婚しすぐ孕ませ産褥死させた武田信玄
>>31 ロリコンで有名な前田利家だが、正室の松には33歳で娘を産ませている。
>>40 ねね(寧々)って呼び方は橋田壽賀子のオリジナル(NHK大河『女太閤記』より)で、実際はどうやら『お寧(おねい)』が正解らしい。
>>82 確か逐電期間中に柴田勝家から経済的に援助してた的な内容の資料があったとか
>>107 小牧長久手の直後に大きな地震もあったしな。
実は関ヶ原の戦いの後に起きる南海トラフ地震の前兆地震だった可能性あんだよ。
だから今宮崎沖の地震も「南海トラフの前兆では」って騒いでるの。
>>121 忘れたが『阿〇候(前田利家の別名)~記』とか言う、前田利家が晩年に自分の身辺警護してる若者達に話した思い出話を記録したモノだったと記憶してる。
>>122 亜相公御夜話に出奔中に柴田勝家に経済的支援を受けたとの話はないよ
>>89 三好がまだ生き残ってたからな
姫路の秀吉を攻めると淡路か備後〜備前しかないがそれだと背後から三好にやられる
謝るもなにも賤ヶ岳のとき既に内通してたって話じゃん
>>125 秀吉を絡ませるなら毛利も絡ませる必要があるから無理があるな
>>123 違ったか。だとすると何で読んだかワカランなぁ。
>>128 それ資料とかじゃなくて戦国無双とか戦国BASARAがブームになった頃に山ほど出てたWikipediaの内容そのままコピーしたり大河ドラマの設定盛り込んだ戦国特集本とかじゃね
>>130 長く勤めて生き残った人間には人望があるからね。逆の見方をすれば家康とは自分が死ぬまで戦わなかったとも言えるし。
家康は本当に慎重な人間で、結果だけ見れば戦国史上最も戦争をしたがらないが準備は常にしている戦争巧者に見える。
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