本来であれば格差問題の解決に取り組むべきリベラルが、なぜ「新自由主義」を利するような「脱成長」論の罠にはまるのか。「令和の新教養」シリーズなどを大幅加筆し、2020年代の重要テーマを論じた『新自由主義と脱成長をもうやめる』が、このほど上梓された。同書著者の一人でもある中野剛志氏が、経済成長と「財政支出」「政府債務」の関係について論じる。

4月9日の財政制度等審議会財政制度分科会において、財務省提出資料「成長、人口・地域等」が配布された。

その資料の中に、目を疑いたくなるような、驚くべき一枚が挿入されていた。同資料の6ページである。

 この資料は財務省の信用を失墜させかねないものだったが、国会でもマスメディアでも問題視されることはなかった。

 しかし、30年に及ぶ日本経済の停滞の真相が、この一枚の資料の中に凝縮されていると言っても過言ではないのである。

 そこには、こう書いてある。

〇拡大する財政出動の結果、過去20年で政府債務残高は約2倍となったが、名目GDPはほぼ横ばい。積極的な財政運営が持続的な成長にはつながっていない面もある。

〇先進国の債務残高(対GDP比)と実質経済成長率の関係性を見ると、必ずしも正の相関関係は見られない。
 この資料を示すことで、財務省は、いったい何が言いたかったのであろうか? 

 おそらく、財政支出を拡大しても経済は成長するとは限らないことを示すことで、積極財政論者を牽制しているつもりなのであろう。

 もし、そうだとしたら、笑止である。

 まず、財務省は、「積極的な財政運営」を示すデータとして、「政府債務残高」を持ち出しているが、それがもう間違いなのだ。

 財政運営の積極性を示すデータは、言うまでもなく「財政支出額」である。政府債務残高ではない。

 財務省が反論しようとしている積極財政論とは、財政支出の拡大を要求する議論であって、政府債務の増大を要求しているのではない。政策的な効果があるのは、あくまで財政支出であって、政府債務ではないからだ。

 念のため確認しておくと、「財政支出の拡大」と「政府債務の増大」は、同じことではない。財政支出が拡大しても、税収が増えて財政が黒字化すれば、政府債務が減少することもあり得るからだ。