東電福島第1原発事故で全町避難した福島県大熊町の渡辺利綱前町長が7日、同県双葉町で講演し、「国は『西へ逃げろ』と言うだけ。避難先は各自治体が自分たちで決めねばならなかった」と当時の混乱ぶりを語った。
当時約1万1千人が暮らした大熊町は発生翌日、西隣の田村市の体育館などに避難。その後、さらに西の会津若松市に町民用の住まいを確保し、2019年4月に町の一部が避難解除されるまで仮役場も置いた。
避難開始から10日が過ぎても国や県から指示は無く、会津若松市とも独自に交渉。渡辺氏は「同じことをまたできるかと言われると分からない。火事場のばか力でした」と述べた。

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