――自殺対策に関心をもったきっかけは?

松本: もともと、精神科医として、依存症の分野にとり組んでいました。アルコールにしても、薬物にしても、依存症の患者さんは自殺が多いんです。駆け出しのときに、苦い思いを経験しました。ある患者の姿がしばらく通院してこないなと思ったら、
警察から捜査情報照会があって自殺したことを知らされたり、院内でトラブルを起こした別の患者を強制退院させたところ、帰り道にシンナーを吸引した状態で橋から転落して亡くなったりしたことがありました。

医師によっては、患者の自殺を経験すると、自殺の多い分野から身を引いたり、基礎研究の道に進んだりします。しかし、僕の場合は、「自分には臨床しかできない。なんとかしなきゃ」と思ったんです。
なんとか防ぐことはできないかと。そんな中で、自殺の研究をすることになっていきます。自殺予防の専門家は、こういう経験をしている人が多いのではないでしょうか。

――"自殺を防がなければ"という思いがあったのですか?

松本: 「自殺は防げるのか?」と思ったことがあります。「防げないのではないか」と虚無的な気持ちになったこともあります。当人が本当に苦しみの中にいるとき、どうしようもないんではないかと。患者が自殺をしたときに、僕ができる治療では、自殺を防げないのではないかと思ったこともあります。
「防げない自殺もある。それを含めて、寿命なんだ」と自分を納得させた時期もありました。一方で、医療の側が、自殺などの面倒なことに巻き込まれたくないという思いがあったり、リスク評価を怠ったことで、自殺に至ることもあるという考えもありました。

リストカット(リスカ)など自傷の研究を始めた当初、不思議に感じたことがありました。彼・彼女たちは「死にたい」と言うんですよ。しかし、自殺を遂げる手段としては、リスカは難しい。最初は意味がわかりませんでした。死にたいのなら、なぜ確実に死ねる方法ではないのかと。
でも、そうじゃなくて、彼・彼女たちは、死にたいくらい辛い感情に苛まれているんですよね。そして、そうした感情を一時的に和らげて、自殺を延期するための対処療法として、リスカをしているんです。

こう言い換えてもよいでしょう。死ぬために切っているわけではないが、切っていないときには頭の中は死ぬことでいっぱい、切っているほんの短い瞬間だけ、少しだけ死の考えから遠ざかっているのだ、と。その意味では、この段階でなんとかしないといけないのではないかと思うようになりました。


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