>>228
>>237にも指摘されているが
支那が間接侵略や浸透工作を強めたのは天安門事件後であり
欧米や豪州などには強い工作組織がなかったんだよ
だから、現地の華僑や留学生を中心にネットワークを構築して
更に支那には批判的な支那人も脅したり金で懐柔して取り込んでいった
だから北京からの命令に従いやすい組織ができた

一方日本では天安門事件前から活動している組織が多くて力が強い
だから、それぞれが縄張りを持っていてそれぞれが
自主的に活動している面があるから
必ずしも北京の思惑通りには動かないという理由があるのだろう