ある日、出稼ぎに行った男から「彼女がフィリピンパブにいる」という話を聞いた。私は50歳になっていた。
迷いつつ私は東京へ向かった。繁華街から離れた細い路地の奥にその店はあった。
店の前で立ち尽くしていると、突然ドアが開き、客を見送る彼女と目が合った。
しばらく見つめあっていたが、私は絞り出すように声を出した。
「…久しぶりだね。」
「イラッシャイマセ、ドゾ。」
奥のボックス席に案内され、向かいに彼女が座った。
やがて彼女は流暢な日本語で話し始めた。
「私ネ、アナタノコトウランデナイヨ。オ母サンモウランデナイ。イロンナコト教ワッテ、ソレガトテモ役ニタッテル。…ダレモ悪クナイ。タダチョット、カンキョウガアッテナカッタ。ソレダケ。」
うつむいて話していた彼女が顔を上げた。目元の化粧が滲んでいた。
「今イッショニ暮ラシテイル人ガイルノ。トテモイイ人。オ金ハアマリナイカラ、ワタシモ働カナキャイケナイケド。」
「…そう、よかった。」
「子供モイルノ。5人キョウダイ。オナカノ中ニモイルノ。」
店を出た私を見守る彼女はあの笑顔で笑っていた。
これでよかった。彼女は幸せに暮らしている。
田舎へ帰る高速バスの中、彼女の笑顔が瞼を離れなかった。

…本当に彼女は、幸せになれたんだろうか?

濃い化粧を見たか?きわどい衣装を見たか?
荒れた肌を見たか?こけた頬を見たか!
化粧で隠した痣を見たか!目つきの悪いボーイを見たか!下衆に笑う客どもを見たか!
彼女の涙を!!…私は見なかったのか!?

彼女を守れなかった負い目のせいで、無意識に見たくないところから目を反らしてはいなかったか?

「それが彼女の幸せだ」とか、虫のいいことを言って、責任を逃れただけじゃないのか?

カブトムシは、最後まで世話をしなければいけません!!