群馬から東京まで自転車で行ったときの話〜元たま・石川浩司の「初めての体験」
1/9(水) 0:20配信

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必至にペダルをこぐ(イラスト・古本有美)
中学3年の夏休み最終日の前夜だった。高校受験を控え、いつものように思いっきり遊ぶことはなく、かといって受験勉強をやりきったということもなく、なんだか悶々としていた。(石川浩司)

【画像】高校生の頃の石川さんと愛車。髪形も体形もいまとは違う

「このまま何もなく2学期に入ってしまっていいのだろうか」

そこで僕は突然思いついた。

「東京まで自転車で行ってみよう」

当時は群馬県の前橋に住んでいた。前橋から東京までの距離は往復約240キロ。電車で4時間の距離だ。これが自転車でどのくらいかかるのかは分からなかったが、僕は決意した。ここで何かをやらないと一生後悔するような気持ちに、突如襲われたのだ。

自転車はいまでいう「ママチャリ」。ごく普通の家庭用自転車だ。「東京にひとりで自転車で行ってくる」と言うと、親に反対されるのは火を見るよりも明らか。
そこで僕は、夜に風呂に入るフリをして、そっと風呂場の外ドアから庭に出た。心配させてはいけないので、自室に「本日中に戻ります」という書き置きを残して出発したのだ。

当初はそんなに大変なことだと思っていなかったので、大きなラジカセを自転車のカゴに入れ、ラジオの深夜放送を聴きながら気楽に走ろうと思っていた。しかしその思惑はすぐに砕け散った。夜中の国道は歩行者も自転車もいない。
トラックの往来が多く、かなりのスピードで僕のすぐ横を地響きも激しく飛ばしていた。その轟音でラジオの音は全く聞こえなかったのだ。

さらに、郊外に出ると街灯がまったく無い地域もあった。前が見えずに人の家の壁に激しく衝突して、ラジカセが放り出され、何の音も発しなくなってしまった。とはいえ当時のラジカセは貴重品なので、その場で捨てるわけにもいかず、ただの重い荷物として運ばざるを得なくなった。