河野外相 「徴用工判決だけど韓国政府が責任を持って支払え」

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1名無しさん@涙目です。(愛知県) [US]2018/11/03(土) 19:42:44.51ID:qX01l9GR0?PLT(12000)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181103/k10011697411000.html

「徴用工」判決 「韓国政府が責任持って補償を」河野外相
2018年11月3日 19時21分

韓国の最高裁判所が、太平洋戦争中の徴用をめぐる裁判で日本企業に賠償を命じた判決について、河野外務大臣は、
国交正常化の際に韓国国民への補償は韓国政府が責任を持つと取り決めたとして、個別の補償は韓国政府が責任を持って行うべきだと強調しました。

韓国の最高裁判所は先月30日、太平洋戦争中の徴用をめぐる裁判で新日鉄住金に損害賠償を命じる判決を言い渡しました。

これについて河野外務大臣は3日、神奈川県で行った街頭演説で「1965年の国交正常化でいちばん問題になったのが補償や賠償をどうするかで、
日本が経済協力として一括して韓国政府に支払い、国民一人一人の補償は韓国政府が責任を持つと取り決めた」と、これまでの経緯を説明しました。

そのうえで「判決はこの取り決めに完全に違反するもので日本としては受け入れられない。韓国にすべて必要なお金を出したので、
韓国政府が責任を持って補償を行うべきだ」と述べ、個別の補償は韓国政府が責任を持って行うべきだと強調しました。

447名無しさん@涙目です。(茸) [NL]2018/11/03(土) 23:07:05.19ID:JEyyWhsV0
>>442
韓国の最高裁の事実認定

旧日本製鐵は1943年頃平壌で大阪製鉄所の工員募集広告を出したが、
それには大阪製鉄所で2年間訓練を受ければ技術を習得することができ、
訓練終了後に韓半島の製鉄所で技術者として就職できると記載されていた。

原告X1及びX2は1943年9月頃上記広告を見て技術を習得し我が国に帰って就職できるという点に惹かれて応募し、

旧日本製鐵の募集担当者と面接して合格し、上記担当の引率下に旧日本製鐵の大阪製鉄所に行き訓練工として労役に従事した。
大阪製鉄所では原告X1及びX2は一日8時間の三交代制で働き、月1、2回程度外出が許され、
月に2、3程度の小遣いが支給されるだけで、
旧日本製鐵は賃金全
額を支払えば浪費するおそれがあるという理由を挙げて
原告X1及びX2の同意を受けないまま上記原告ら名義の口座に賃金の大部分を一方的に入金し、
その貯金通帳と印鑑を寄宿舎の舎監に保管させた。
上記原告らは火炉に石炭を入れて砕いて混ぜたり、
鉄管の中に入って石炭滓を除去するなど火傷の危険があり技術習得とは何の関係もない非常に過酷な労役に従事したが、
提供される食事はその量が非常に少なかった。
また警察官が頻繁に立ち寄り、上記原告らに
「逃亡しても
すぐ捕まえてやる」と言い、
寄宿舎にも監視人がいたので、上記原告らは逃亡を考えることもできなかったが、
原告X2は逃げ出したいと言ったことが発覚して

寄宿舎舎監から殴打される体罰を受けた。

448名無しさん@涙目です。(茸) [NL]2018/11/03(土) 23:07:15.62ID:JEyyWhsV0
>>442
こうした中、日本は1944年2月頃、訓練工らを強制的に徴用し、原告X1及びX2は徴用後には小遣の支給も全く受けられなくなった。
大阪製鉄所の工場は1945年3月頃アメリカ合衆国軍の空襲で破壊され、この時訓練工のうち一部が死亡し、
原告X1及びX2を含む残りの訓練工らは1945年6月頃咸鏡道清津に建設中の製鉄所に配置され清津に移動した。
原告X1及びX2は寄宿舎の舎監に賃金が入金された貯金通帳と印鑑を渡せと要求したが、
舎監は清津に到着
した後も上記通帳と印鑑を返してくれず、
原告X1及びX2は清津で一日12時間工場建設のため土木工事をしたが賃金を全く受け取ることができなかった。
原告X1及びX2は1945年8月頃、清津工場がソ連軍の攻撃で破壊されると、

ソ連軍を避けてソウルに逃げ、日帝から解放された事実を知った。

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