【恒例】沖縄・翁長前知事の県民葬で安倍首相の追悼の辞を代読したガースーにサヨクが罵声浴びせる
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「故翁長雄志沖縄県知事県民葬」のライブ中継(録画)
https://ryukyushimpo.jp/pages/entry-815987.html
一番上の動画27分頃〜
菅義偉官房長官が安倍晋三首相の追悼の辞を代読し、沖縄の基地負担軽減に取り組む決意を示した際、参列者から「うそつき」「いつまで沖縄に基地負担を押しつけるんだ」などと批判や抗議の声が相次いだ。
菅義氏は「翁長知事は文字通り命懸けで沖縄の発展に尽くされた」と功績に敬意を表した。
さらに、翁長さんが沖縄に米軍基地が集中する状況を打破しようと力を注いだことに理解を示し「沖縄に大きな負担を担っていただいていることは到底是認できない。政府として基地負担軽減に向け、一つずつ成果を出す」と語った。
翁長さんが沖縄に米軍基地が集中することの不条理を全国に訴え続けた一方、沖縄の基地負担は軽減するどころか、沖縄が反対の民意を示しても名護市辺野古での新基地建設を強行しているというのが実感だ。
菅氏が追悼の辞を読み終える前から、会場の四方八方から「うそつき」といった声が相次いだ。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/326934 日中戦争を泥沼化させ、破滅的な対米戦争へのレールを敷いた近衛文麿首相と、勝てるはずのない戦争に突き進み、国民を自国の底に引きずり込んだ東条英機首相が、いずれも国民に選ばれた議員ではなかったことが象徴的だ。最大の戦争責任は為政者、大日本帝国政府にあった。 沖縄と中央政府の溝は深いな
まあ今まで沖縄に酷いことをしたんだから
当たり前だな >>930
なんなんだろ
良くないかも知れないが、個人に責任を負わすようなものなのかな
侵略戦争なんて、当時はどの国もやっていた。
アジア(有色人種)初の列強国として覚醒した以上、アジア征服を目指すのは、ごくごく自然。座して西洋からの侵略を受け入れよと言うのか? >>931
そういうのは全部鳩山のせいにすればいい よく知られているように、県民は日本軍からも危害を受けた。貴重な食料を奪われたり、避難していた地下壕を追い出されたりすることもあった。家族などが集団で自殺に追い込まれることもあった。 >>934
戦争だからね。
パヨクとしては、戦争も、交通事故も、米軍ヘリの墜落もあってはならないんだよね。完全にゼロにしろと。
はいはい 第二次世界大戦末期の1945年3月26日、
米軍は沖縄・慶良間諸島に、ついで4月1日に沖縄本島に上陸した。
兵力で圧倒的に優位な米軍は、空襲や艦砲射撃を間断なくあびせた。
それは後に「鉄の暴風」と評されるほど激しかった。
日本軍は本土防衛の時間稼ぎをすべく持久戦を展開したが、多くの一般住民が巻き込まれた。
戦死者は一般住民約9万4000人、旧日本軍9万4136人、米軍1万2520人、計約20万人が犠牲になったとされる。
ただ沖縄県民の死者については、当時の人口の4分の1に当たる15万人とする推計もあり、正確な数字は不明だ。 本土が勝手にやった戦争に沖縄は巻き込またのだ
悲惨なものだろその時の沖縄わ 太平洋戦争末期、米軍は占領した沖縄から本土 爆撃を開始し九州などで民間人への無差別攻撃をおこなった。米軍史料から知られざる実態に .. >>929
国民主権で国民全員が厭戦思想だとしても
それどころか全人類が一人残らず非戦を望んでも、必ずどこかで戦争は起きる。
小室直樹がデュルケムの社会学を用いて
説明したのは、もう30年以上前のことだった。
オーラルヒストリーには、たしかにそれなりの
重さはあるけれど、第一次大戦を経てなお戦争が起きたメカニズムについて理性的に考察する必要もあるだろう。 武器を持てば防御というが
武器を持てば敵も武器を持つ
いたちごっこだろ
戦争の始まりだ
銃を持たない日本
銃を持つアメリカ >>940
しかし現実に国際社会に於いての平和は
国家間相互の力の均衡が保たれることで維持され、崩れると紛争や戦争が起き、武装が無い空白の地域は一方的に蹂躙されてきた。
日本の場合は9条の欠陥を米軍のプレゼンスで
補って成り立っている。換言すると、9条はGHQ支配かそれに準ずるものが無ければ破綻してしまう。 >>942
アメリカがいないと例えばどんな風になってどんな風になるの? >>943
フィリピンに先例がある
9条を変えないまんまでアメリカが撤退した場合、近似した展開がどこかで起きると予想するのは自然なこと フィリピンが米軍を追い出した意気やよし。
惜しむらくは準備が整ってなかった。
今日の南シナ海情勢は、その延長で不穏になっている。 今思えば、沖縄は日本に返還されない方がが良かったんじゃね?
中途半端に返還されるから基地問題とか邪魔くさいことで話がややこしくなってんだろう。 外国人が元を売りまくり〜♪
シナチスはチベット人、ウイグル人の臓器を抜きまくり〜売りまくり〜♪
シナチスのトップが「ホ モ近平」じゃもうアカンかもなw 助けて〜 ホ モ五毛党〜 憤 青〜
外貨を持ってそうな奴を片っ端から捕まえても、ジェニが全然足りないの〜 w
元が急速に子供銀行券化してるの〜
と〜れとれ!ピ〜チピチ!臓器移植! 1900万匹の中からお好きな個体を直ちに活〆
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1538905405/
中国によるウイグル人弾圧レポート
http://uyghur-j.org/20180908/uyghur_japan_report_20180908.pdf >>267
人を指で指すわ、人の話を聞かないわ
どちらも、ろくでもない人間だな。 >>2
対立煽りお疲れ
実際は職業左翼の方の発言だろうね デニーになると中国が攻めてくるんだっけ?
来ないじゃない 葬式で大声出した馬鹿は無罪放免なんだろ?
分断工作だとかなんだと言われてるけど、沖縄県民も受け入れちゃってるんだよな >>957
八方美人ぽいから
何も成せないタイプと見た。 沖縄では14歳の少年までも本土を守るために戦わされた
沖縄戦では、日本軍は10代半ばの少年たち約1000人からなる少年ゲリラ部隊も組織しました。
当時から存在が隠されていたこの組織は、故郷を護(まも)る隊という意味で「護郷隊(ごきょうたい)」と名付けられます。 1944年後半にもなると、追いつめられた日本軍はゲリラ戦を本土防衛の対抗策として期待します。
それまでは17歳以上からしか招集をかけることが出来ませんでしたが、
1944年12月、本土防衛の最前線である沖縄と一部の地域では、
17歳未満であっても招集できるよう法令(陸軍省令)が変更されました 条件は、「14歳以上でかつ自らの志願であること」です。
しかし、実態は志願とは程遠いものでした。
元護郷隊員の証言では、彼らは校庭に集められ、
軍人から護郷隊に入ることを勧められた際、
「帰ってもよい、しかし帰ったらはがき一枚で呼び出して死刑にする」と言われました。 護郷隊に配属された少年たちには、軍事訓練だけではなく、
死を恐れない従順な兵となるよう、徹底した教育が施されました。
一人が敵を10人殺すまで自分は死んではならない「一人十殺」の精神を叩きこまれました。 は山嶽(さんがく)よりも重く 死は鴻毛(こうもう)よりも軽しと覚悟せよ
(義務は山より重く、死は羽毛より軽い)
を引用し、命令には絶対服従で、死ねと命令されればいつでもしななければならないと教わりました。
また、死んだら靖国神社に送るから喜べという教えで、上官による暴力も交え死に対する恐怖感を徹底的に抜きました。 1945(昭和20)年4月1日、アメリカ軍は沖縄本島に上陸。
18万の上陸軍のうち、5万の兵力で本島北部の攻略を行いました。
護郷隊は恩納岳(おんなたけ)、多野岳(たのたけ)に合計約1000名配置されました。 子どもであることを利用し、アメリカ軍に近づいて敵陣地の情報を調べ、襲撃を行ったりしました。
子どもでありながら、敵と殺し合う体験は、次第に少年たちを変えていきます。
親友の死を目の当たりにしても悲しみも感じず、他人を心配する余地もなくなっていきました。 突然死の卒中や心不全でもないのにガンで余命が分かっていて
死ぬまで権力の座にしがみついた独裁者 ただひたすら命令を一生懸命こなすだけになります。
友に対する優しさも、死に対する恐怖も感じなくなっていきました。
恩納岳山頂付近の野戦病院では、意識ははっきりしているものの、自力では歩けなくなった少年兵を軍医が拳銃で撃ち殺した瞬間を目撃した隊員もいました。 安倍政権最大の失政を問う
亡国の「移民政策」
<激論> すでに世界4位の“隠れ移民大国”
これが人口減少社会への答えなのか──
http://bunshun.jp/articles/-/9185
▼新宿区新成人の45%は外国人
▼ベトナム、ネパールが急増中
▼留学生=労働力では世界の恥
▼悪徳日本語学校は野放し
▼技能実習生は行方不明年間7千人
▼ドイツ、韓国に学べ
外国人比率トップ群馬県大泉町の悲鳴
「コンビニ外国人」は何しに日本へ このような壮絶な体験は、元隊員を戦後もずっと苦しめることになります。
少年時代のあまりにも辛く苦しい体験だったため、多くの隊員が戦後ずっと家族にも話すことができずにいました。
当時16歳だった元隊員は言います。
戦争はまるっきり異次元の世界 人間の尺度があてはまらない 沖縄における日本軍の組織的抵抗が終わる前日の6月22日には、「義勇兵役法」が成立。
子どもであっても男子15歳、女子17歳から戦闘に参加させることが、正式に法律で決まります
義勇兵役法によって動員できる人数は2800万人にのぼり、
まさに「一億総特攻」のかけ声通り、全国の子どもを戦場に送ることが出来るようになりました。 レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。