娘と診察にきた80代男性
精神科の診察室に座っていると、俗に「色ぼけ」と呼ばれるような問題行動を起こし、家族に連れてこられる高齢の男性にお目にかかることが少なくない。

たとえば、80代の男性が娘に付き添われて私の外来を受診したのだが、聞けば、妻に先立たれて独りで暮らしていたマンションで、AVビデオを大音
量で見ていたため、近所から苦情が殺到したのだとか。それだけで病院に連れてくるのか、と不思議に思ったのだけれど、苦情を告げてもいっこ
うに収まらず、受験生のいる家庭がたまりかねて警察に通報したらしい。警察が、離れて暮らしている娘に連絡し、精神科受診を勧めたようだ。

耳が遠いので、大音量にしたというのはわからないでもない。もっとも、受験生からすれば、性欲を抑圧して一生懸命勉強している真夜中に、隣からあえぎ声が聞こえてきたら、やっていられないだろう。   

個人的な興味としては、そのAVはどんな内容だったのか、どうやって手に入れたのかなどについても尋ねたかったのだが、とにかく診断を下すために脳のMRI検査と心理テストを行った。

その結果、とくに異常は認められなかった。そこで困り果てている家族に「脳に病変があるわけではありません。ただ、加齢によって、衝動や感情
を抑制する脳の機能が弱ってきて、コントロールできなくなっているようです」と説明した。

「コントロールできない」のはなぜか
このように自分の衝動や感情を抑制できなくなった状態を、精神医学では「脱抑制」と呼ぶ。「脱抑制」は、躁状態になっているとか、薬物やアルコー
ルを摂取しているという場合にも起こりうる。日頃は借りてきた猫のようにおとなしいのに、酒が入ると人が変わったようになって暴言を吐いたり暴
力を振るったりする方がいるが、こうした豹変は、アルコールの影響で脳の抑制機能が一時的に失われるために起こる。

「脱抑制」は認知症の患者さんにもしばしば認められる。行列に割り込むようなマナー違反から万引きのような違法行為までさまざまだが、いわゆる「色ぼけ」と呼ばれる言動が問題になることも少なくない。



http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56168