地元民がグーグルアースで見つけた全長450メートルの巨大地形 専門家「99%卑弥呼の墓だ」
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福岡県赤村で確認!“新・卑弥呼の墓”は本物か?
福岡県赤村で見つかった前方後円墳型地形は全長450mと巨大
https://i.imgur.com/fwmhduU.jpg
福岡県田川郡赤村に巨大な前方後円墳らしき地形が見つかり、卑弥呼の墓ではないかと注目を浴びている。
卑弥呼が女王として君臨した邪馬台国はどこにあったのか?江戸時代から大論争が続いてきたが、今もって謎のまま。
今回確認されたものが本当に卑弥呼の墓なら、日本の古代史を塗り替える大ニュースとなる。
さっそく、その正体を求めて現地で第一発見者を直撃した。
* * *
きっかけは衛星写真だった。
第一発見者の福岡県田川郡に住む男性A氏(60歳)が語る。
「今から6年前、グーグルアースで地元の衛星写真を見ていたら、赤村に巨大な前方後円墳のようなものが見えたのです。
九州には全長200mを超えるような大きな古墳はない。
しかし、この古墳のようなものの全長は約450mと巨大な上、円墳にあたる部分の直径が『魏志倭人伝』に卑弥呼の墓と書かれている大きさの約150mと一致したのです」
このA氏は、地元の歴史愛好家が集まる「豊の国古代史研究会」のメンバー。
地元に隠れた古墳はないかと、日頃から探していた。
「邪馬台国は九州にあったとの説も根強く残っています。
『もしかしたらこれは卑弥呼の墓ではないか?』とも考えましたが裏づけるものが何もない。
ところがその後、『日本書紀』などの歴史書の解釈と長年にわたるフィールドワークから、ここが卑弥呼の墓に間違いないと言ってくれる先生に出会いました。
最初は半信半疑でしたが、今では私もここが卑弥呼の墓ではないかと思うようになっています」(A氏)
それにしても全長450mとは巨大。
本当に古墳なら大阪府にある国内最大の大仙陵(だいせんりょう)古墳(仁徳[にんとく]天皇陵)の525mに次ぐ規模だ。
しかも、赤村は福岡市から東に40kmほど離れた場所にある人口3000人ほどの村で、今まで注目されたこともない。
そこに本当に卑弥呼の墓があるのだろうか……。
★専門家が「99%卑弥呼の墓」と語る根拠とは?
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http://wpb.shueisha.co.jp/2018/05/15/104614/ >>24
女子中学生が目つぶって手を広げて その後ろで小学生の子供が転んで犬が逃げてるあの写真だろ >>92
じゃあなんでその時代の幽霊の話が全くないんや
だいたいが平安時代以降の幽霊ばっかり
そもそも霊能者は邪馬台国人の幽霊を霊視したらええやろうが
恐竜に羽毛があったかとか恐竜の霊を霊視しろ >>51
3D表示すると、すぐ横の小高い丘に隣接したただの平地じゃんこれ
前方後円墳はそれ自体が小高い丘だから、これは偶然こういう形で伐採されただけの普通の平地にある林だと思うが >>27
自然地形だと思う
でもな、精密測量の結果と航空測量の結果を並べるのは反則だぜ 木を見れば分かるけど徐々に伐採していってるやん
形が悪いし下手くそ 魏志倭人伝で邪馬台国は大和と同じとあって結論出てるのに(´・ω・`) 丸い方が後ろで裾広がりの方が前って知ったときは衝撃だった
だって鍵穴の形なのに逆さだってことだろ? >>98
この辺は石灰石が採れる
そしてその山は掘り過ぎて高さが元の半分になってる 前方後円墳の写真は、ほとんどの場合前円後方墳っぽく映ってる その時代はそんな巨大な古墳はないよ。
天皇陵でさえ300mに満たない。
100年はズレてる。 >>27
一枚目の斬撃受けたみたいになってるのはなんで? >>27
この赤い画像のやつサイエンスZEROでやってたな
この画像を元に山城を探す回 >>10
土地をおさえるまで発表しなかったんじゃね >>27
こういう検証一切無しのアナログな世代のじい様達は
自分の思い込み元に好き勝手説を唱えるだけで良かったんだから楽だよなあ これ前の記事でしょ?
結局は自然のものだって結論が出たはずだけど >>102
おそらくこのよに強い未練がないと幽霊にならないんだろ。原始人になればなるほど悔いなき人生を生きてたと思われ 今まで誰も気付かなく、忘れ去られてたって事は
卑弥呼よりさらにさらに昔の可能性はないの? 普通に考えたら邪馬壹國の読みはヤマト国で奈良のことだよな
最古の古墳だって奈良にあるし
なんで邪馬壹國をわざわざ九州にあったと言い張る必要があったのか?
闇が深そう >>133
ない
卑弥呼が死んだのが2世紀中盤で前方後円墳が作られ始めたのが2世紀中盤の奈良だから 何言ってんだこいつw
> 『もしかしたらこれは卑弥呼の墓ではないか?』とも考えましたが裏づけるものが何もない。
>
> ところがその後、『日本書紀』などの歴史書の解釈と長年にわたるフィールドワークから、ここが卑弥呼の墓に間違いないと言ってくれる先生に出会いました。
> 最初は半信半疑でしたが、今では私もここが卑弥呼の墓ではないかと思うようになっています」(A氏) 「俺調べ」や「自社調べ」レベルの調査で卑弥呼の墓と認定したんだろ(´・ω・`) この爺たちは
「最先端技術でわかった!卑弥呼の墓」
とでも言いたいのではないだろうか とりあえず
何か発見できたら って話だな・・
敷地内でなにかあるのか、古墳の周囲の成形方法はどういうものなのか
上空からみた形が似てるから だけでは証拠にはならないし何かも分からない 卑は魏の時代でも明らかに侮蔑の意味
卑しい扱いのシャーマン(卑しいと呼ばれる者)が方々の小集団で神託の儀式を行っていたと読むべき
2500年前のギリシャポリス社会でも麻薬漬けにしてろれつの回らない女に
いろいろ都合いいこと言わせて神託扱いに利用してたのと同じ
卑弥呼は個人ではなく麻薬漬けか拷問で精神破壊された贄となる女集団を差す言葉だ
だから墓なんていくら探しても無いし当時の日本に統一王朝などない
証拠に卑弥呼が居たとされる時代以前の巨大墳墓が無いではないか
巨大勢力でなければあれほどの事業は成し得ない 宅地で削られているが、もし仮にこれが卑弥呼の墓だったとして、住民は立ち退き料どれくらい貰えるんだろうか。 日本書紀は嘘くせえ
大化改新、壬申の乱とあって日本は成立した
それ以前の事を都合良く書いただけだろ
百歩譲って仮に嘘では無かったとしても、
それまでの日本の歴史のメインストリームではないだろう 卑弥呼は韓国から渡って来たんだから九州に墓があるに決まってんだろ
なんでわざわざ奈良まで移動する必要があんだ 卑弥呼かどうかはともかく
相当な実力者の墓なのは間違いないな
でかすぎ コンクリの詰まったドラム缶とかトカレフがたくさん出てきそう >>27
おぉ、すげー
パッと見ではそれっぽくても随分と違うもんなんだな 山の形でこんなのは探せば他にもあるだろ
碑石や言い伝えもないのに本当かよ? 天孫降臨からの話で高千穂から近畿のほうへ行く話は火山から逃れる話
逃れた先で開墾しその余った盛り土が古墳
卑弥呼は火山で死んだ説
古事記や日本書記が嘘なら九州のほうからやってくる話にはならないはず ハニワが出る古墳なんかより土偶が出る箇所の方がすごいわ
土偶って一体なんなんだよ、謎すぎる、解き明かしてくれえ >>27
こりゃ自然地形だわ
こいつら地形図も見ないで騒いでんのか >>27
平地にドーンと建ってるから王の威光的なもんが示せるんだよな
山に隣接してたら山の一部ですよ 地元民なのに、グーグルアースなのかよ
歩いて見つけたんじゃないんかよ たまたま自然の地形だったとしても、それが古墳でないことを証明することにはならない。一番最初の前方後円墳であとのものはそれを人工的に模倣したものかもしれないでしょ。
とりあえず発掘調査してみないとなにも分からない。 植生がおかしい
古墳の堀って近代に水路つくって水ひいてるんだよ
なにが言いたいかっていうと、忘れ去られていた古墳なら
植生を隔てるようなものはなかったはずなの
周りの山と同じ植生になってるはずなの、1800年も経ってるんだからさ >>98
鳥羽水族館に行ったとき
伊勢湾の景色が最高と思ったのに
その背景に超巨大な削られた山が見えてすごい残念だったの思い出した 岐阜かどっかの一夜で消えた
城下町とかも見つかってないの? >>147
魏史で嘘を記述する理由がないだろ
向こうから見たら単なる辺境との外交記録でしかない 6年前
に発見はない
こんな地形ならとっくに古墳扱いされてる >>175
帰雲城?
正確な位置は分かってないみたいね ユーチューブで見たけど卑弥呼が誰かに渡した円盤みたいなものの中心に北極大陸を真上から見た地図が描かれてるのは鳥肌立った >>185
あれよく見たら全然違うしこじつけだと思う 鰹節マンコに刺さってたら本物で間違いない10本以上入ってるとこ見た事ある 国土地理院で福岡県田川郡赤村内田で検索
mapps.gsi.go.jp/
1947年の航空写真では丸い部分がハゲてますが
あとから植えてしまったんか?怒らないから正直に言いなさい >>127
いや、発見後ではなく発見前の話だよ
空撮一発で分かりそうなものをなんで2012年まで誰も目に止めなかったんだよと 青森の黒又山(クロマンタ)を徹底的に調査して欲しい >>186
南極大陸はそのまんまだったけどな。二つ目はちょっと微妙だけど似てるところもあった
>>188
南極大陸だった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています