4096色同時表示可能 総天然ショック!
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
16色でいろんな色再現してたエロゲのドット職人は凄かったな これ持ってた
4096色もあるけど、ハードウェア直線補間でワイヤーフレームを高速で描画出来るので楽しかった テレビの色彩調節つまみを回せば
無限大色のなかの16色表示だ
とか言ってた 天然"色"と天然"ショック"引っ掛けたんやな!わかるでぇ〜 まあ、今あるノートPCも擬似フルカラーで実際には4096色くらいしか出てないんだけどね。 色数とかFM音源とか、どうでも良いことで競い合っていた日々 FM-7のキーボードのタッチは好きだったな
77は知らんけど フレームバッファ少なすぎて色の階調に容量使えなかったんだろうな
4096色というと12bitか PC-6001シリーズには必殺「にじみカラー」があるんだぜ! 好景気の26万色モードという当時他を寄せ付けなかったパワーワード パソコンなんてもちろん雑誌も買ってもらえなかったから
小遣いためてベーマガ買って店のパソコンで遊んでた >>15
8ビットパソコンでは一番大事な要素じゃねーかw どうせPC Watchだろって思ったらPC Watchだった >>29
いや、ソフトがいかに開発されるかだよ。
パソピア7は性能は抜き出てよかったが、ソフトメーカーが、参入しなかったから負けハードに。 >>20
88は縦長ドットでみんなよく作ってたと思う。
文字も縦長だったけど、スタークラフトが正方形の漢字(縦8ドット!)を使い出してからは、それに倣うメーカーも出だした。 >>33
IBM-PCのVGAだな。
VGAでも320×200ドットの方な >>36
パソコンの話題でエロゲを持ってこられるとほんとガッカリする 当時中学生だったので南野陽子の広告(顔だけの写真)で抜きまくった >>38
当時のエロゲって小麦色した肌色が多かったような気がするが
色数からそうなりがちだったのかな 友人が7,new7のあと発売直後のAVに乗り換えた。
そりゃもう感動ですよ。
当時は中間色出せるパソコンなんてなかったからね。
Macintoshだって白黒の時代だ。
まあMacなんて知らなかったけどw ダサい富士通の筐体はどうでもいいから南野陽子の写真を出せ! 私の初PCだった
デモディスクをずっと見てた思い出 色んな事で出来ると夢見たもんだけど、
実際手に入れるとソフトが高すぎて何も出来んかったわ。 ドット職人達はどこへ消えたの?
https://imgsb.minkch.com/imgs/minkch/i_20140429163805.gif 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:022ad5a8f10d31d9a00d253470cd2002) マイコンベーシックの間にはさんである中古PC屋の広告にワクワクしたなぁ 88ユーザーだったが、友達から貸してもらったことあり。
デモ画像が写真みたいだと驚いた覚えが。
ゲームを走らせると、キーを離しても止まらないのに再び驚く。
FMはキー入力処理が貧弱だった。 9821の256色 640x480ソフトもあまり出なかったな
すぐにWindows95の時代が控えてたし 富士通はホビー機よりも業務機でシェアがあったよね。
FMRは結構な数が出たと思う。
端末ソフトの充実でメインフレームを使ったオンラインシステムの端末で結構出てたと思う。 4096色だったらこの2年くらい前にソニーのSMC-777Cが >>60
竹井正樹とCG彩色グラフィッカーのインタビューでは
ドット打って仕上げる言ってたよ
原画のニュアンスをどう落とし込んでるの?ってインタビューに
手打ちでなんとかするしょせん●●●×◆◆◆のドット数ですしって 77はFDDついてるからいいよな
7にEPSON製のFDDだと動かないゲームがあったりしたわ(´・ω・`) 数字忘れてたけど640×400か
ドット数大したことないから最悪手打ちで調整とか言ってるのを
頭おかしいと思った思い出 >>69
その当時でもさすがにグラフィックツールはあるよw
細かいところはドット単位で修正は必要になるだろうけどな >>72
Z's STAFFとかマルチペイントとか鮪ペイントとかは覚えてる
それでも最後は力技でいけるっすよってCG担当の兄ちゃんの気概に恐怖したのさ >>65
9821でもBシリーズとか対応が中途半端だった覚えがあるし、9801も地味に並売されてたからなあ
あとEPSON機切り捨てになるのが地味にでかかったんじゃね FM77AV40だと262144色だっけ
結局その頃にでたx68kを買った
富士通すげえと思ってたけどシャープはぶっ飛びですごすぎたわ
自由度が上がると日本人はダメなのよね。。
「制限のある中でいかに異次元に突き抜けるか」こそが日本人の神髄。
俳句とかと同じで、8色、FM3音+PSG3音という制限があったからこそ、当時の
日本のゲームは異次元にいけた。
キーupの判定がないのか
ゲームの操作性が糞で
テンキーの5で止めるんだよなw
友達の家で爆笑した たくさん色を出せても生み出される作品はキモオタの作ったエロイラストばかりだったんだろ? >>65
9821はWindows95の時代になってもドライブレターが立ち上げ順に付けられる独自仕様だったから
WindowsソフトでもIBM-PCと互換性がなかった。Windowsソフトなのに互換性がないなんて信じられるか?w
IBM-PCは
Aドライブ・・・第1フロッピーディスクドライブ
Bドライブ・・・第2フロッピーディスクドライブ
Cドライブ・・・第1ハードディスクドライブ
Dドライブ・・・第2ハードディスクドライブ
みたいに固定されてたけど、98はハードディスクから起動するとハードディスクがAドライブになっちゃう。
だからIBM互換機用のWindowsソフトがちゃんと動かない。メインHDのつもりでCドライブを読んだらじつは今回のCドライブはフロッピーディスクドライブでしたってことだから。 当時はPCというよりゲーム専用機という感じだったな >>11
βもTownsも68000で試作されてたらしいな >>82
その同時発色数がでるようになった頃
XGAでも78万ピクセルなのにそれ以上の数があって何の意味があるんだ?って思ってた >>86
この時代にイカ娘があったら
読書投稿CGはそればっかりになってた。 >>72
ドットは一つづつ打つよ(´・ω・`)
スキャンや減色ツールはあったが
結局使う色を調整したりドット整理するしね
almost手が入る 塗りつぶしは使うからね 他は全部手で描く
荒れが見える作品集は手抜きです >>86
FM-77AVの頃はまだエロゲブームじゃなかった(ごく一部あった程度)
アニメ絵すら珍しかった頃 >>6
そういえばそんなツマミあったな。懐かしすぎる。 電波新聞社が移植したスペースハリアー
88シリーズはモノクロだったけど77AVはカラーだったのが羨ましかった 77AVかよって思ったらそのままだった
覚えてるもんだな リア厨でパソコン買ってもらえなくてベーマガを穴が開くほど読んでいた 富士通がこんなクソメーカーになるとは、あの頃は思いもしなかった ハードオフのジャンク箱に108円で転がってる15年前のグラボでさえFM77AVより高性能なんだよな 4096色と1677万色中256色と、どっちが偉いの? >>105
Windows10ならHDR10で30bitよ! デジタルディスプレイという一見凄そうで全くすごくないモニタ ゲームすんだけのパソコンに30万もかけて馬鹿だったな(´・ω・`) >>107
FM77AVはそこから15年前の合計30年前の1985年発売だぞ >>108
4096色はRGB各色16階調しかない。ただその色が全て同時に出る。
256色は各色256階調から選ぶ256色。
グラデーションにしたときに圧倒的な差が出る。
ただ256しかパレットがないからすぐ埋まるのが難点。 デスフォースは画面綺麗すぎてビビったな
ゲームの出来はアレだったけどw 『イース』77AV専用版は
77AVユーザーの誇りであった! >>47
背景の木製家具の色と共有してたりすんのな コンピュータを使った作曲や演奏
(当時はまだDTMという言葉すらなかった)
を行うプロミュージシャン自体が少なかった時代に
プロのミュージシャンである川崎燎氏は
Commodore64用に音楽ソフトを作成し、
そのソフトが市販ソフトウェアとして発売されました。
しかもそのソフトが日本のパソコン富士通FM-77AV用に移植されたました。
FM-77AV用ソフト 川崎燎 マジカルミュージクル (メッグ MEGG) 1986年
http://ameblo.jp/koorogiyousyoku/entry-12008721505.html >>110
Zeitが発売してたっけ?
Z's Staffの会社 >>36
え、すげーな
インターネット普及のきっかけもそうだが、やっぱエロパワーは世界を変えるね >>138
むしろ普通っぽくなってしまって、心ときめかない >>135
武尊なぁ
初めて使うって友達がブランドもんの2000円ぐらいの高いディスク事前に買って
武尊に500円入れてさあこのディスクを入れて
と思ったらガゴンってコレに書き込めと生ディスク出てきて
オメーディスク付いてくるなら先言えや!ってなってな。2000円完全にムダ
あれ笑ったわ そんなこと言ってもLenovoの20万以下のノートPCは、77AV40と同じ26万色同時発色だぞ?(液晶が6bitタイプのため)
Tabletやスマホの方が同時発色が多い(約1677万色同時)セコい世の中だ。 256と4096の違いは素人の俺でもわかったな
それ以上はよくわからんかった ゲーム発売移植順は
88>(98、X1)>>FM77 だっけ?
もしくはFM版は無し ハイドライドUがBGM付きで驚いたわ
でもキー操作が・・・ >>135 >>141
俺は武尊を「ぶそん」って呼んでたな(笑) >>141
俺もまったく同じ経験をしたわ
しかし俺はかなり安い10枚800円くらいのノーブランドを用意したけど >>17
弟が7買って自分が77買ったけど、見かけはそっくりのキーボードだったけど、キータッチが全く別物だった(明らかに劣化してた) それでも昨今の安キーボードよりは良かったかな
レノボやAnkerのストロークの短いタイプは当時はなかったし、これはこれでいいと思うけど >>68
それは4096色中16色表示で、同時表示じゃなかっただろ。 >>131
88版と全然変わらなくて藁多。 4096色使わない忠実な移植で良かったねwww >>151
ちなみに88はメカニカルスイッチだった。
キータッチが実に気持ちよかった >>156
ラスボスのテーマにメインのメロディーがちゃんとあるんだよ
88版とかはバックのみだったという事実 エロゲのために
ファミコン以下の性能に何十万も出していた奴ら >>155
確かFMシリーズのキーボードは、押したことを感知できても離したことを感知できなかったんだよね。
だから5という新たな入力でキャラクターを止めていた。 FM-7の2CPUグラフィックサブシステムという構成は今のGPUやマルチコアCPUにつながる先進的思想だったな >>80
ジョ、ジョイスティックを使えば平気たから… レイトレーシングのプログラムもらってやったけど表示されるまで8時間くらい掛かった覚えがある これでベストプレープロ野球と三国志やりたぐつてたなぁ PC98は16色な事よりパレット情報が流れるのが痛かった。
何の色で描画してるのかをハード側で知る術が無いというのは欠陥そのものだった。 >>173
8bit機を持っていた自分からすると解像度が高いのが羨ましかった
98の大戦略を見てやる気ちょっと失せた >>7
は?
ビジュアルショック!
スピードショック!
サウンドショック!
のメガドラさんが総ナメだろうず! SILPHEEDっていうシューティングが好きだった。
pc88だけど FM77版のイースUはダイエットに成功したリリアが話題だった >>177
VRAM96KB、68B09x2基装備のモンスターマシンだ!
じゃーん >>22
おっちゃんはパソピア7にCPM移植してμLISP楽しんでたで
プログラミングならなんでも一緒じゃ >>74
久々にその名前を聞いた
懐かしすぎて涙出そうw >>22
パソピア7は当時の人気ゲームはとりあえず網羅してたから、
コピーせず売ってるもん正価で買うなら何の不足もなかったはずなんだよな。 力業で32色だか64色を表示させるビュアーがあったな X1ターボ買って貰った時は嬉しかったなぁ。太陽の神殿とかやってた。友達はX68000買って貰って、そいつん家でスペハリやってた。 86音源ボードだけ手元にあるんだけど売れないかねぇ
ちびおと載せてるから普通の店には売れんだろうし >>141
出てくるって知ってて
どこのメーカーのかも分からんもんにかきこめるかっってクソ高いディスクを突っ込んでたわ
良く考えりゃ ディスク代入れるとパッケージ版が買えたんだよなw こんなにカクカクしてたのか
ttp://image02.seesaawiki.jp/c/i/chitentai/117aa45c0e50fbbe.gif ttps://pbs.twimg.com/media/DJCJTx9VoAAu6Na.jpg
まぁ、南野陽子 MSX2+「ぐぬぬ、オレの自然画モードももっと使い勝手がよければな......」 >>167
当時は98でも640×400ピクセルデジタル8色フルカラーで約10時間かかったりもしたしな 知り合いがFM7持ってたけど
このマシンてキー入力?に欠陥がなかった?
テンキー使うアクションゲームで自機を止める場合は常に「5」のキーを押さなければいけないという。
キーを離しただけでは止まれないの。 32年待ち続けた77AVユーザーよ
ついにゼビウス77AV専用版が出るぞ!! MSX2+ 19268同時発
PCエンジン 512色同時発色
スーパーファミコン 256色同時発色
MSX2 256色同時発色
メガドライブ 64色色同時発色
マークIII 64色同時発色
ファミコン 25色同時発色 >>165
ザナドゥだとキーを押し続けなくても勝手に戦ってくれるからいいね(笑) >>208
YJKモードは実質静止画しか使えないし VRは流行らん高すぎるとかいう奴いるけど
昔はエロCG見る為に20万のPCが売れてたんだよな
これからは仕事で使うからと言い訳をして買っていた >>107
>ハードオフのジャンク箱に108円で転がってる15年前のグラボでさえFM77AVより高性能なんだよな
当たり前だろ、、 >>36
16色?
グラデとか入ってるけど、これホントに16色なんか? 40EXをTV兼ねて使っててモニタが逝かれちまった。TV映らなくていいからモニタだけほしい
今のモニタにつなぐケーブルのほうがいいな だれか作らないかな >>86
ニダさんおーつ
>>141 >>150
武尊を使おうかという時点で
その程度のことは知ってるはずなんですが。
田舎から高い電車代出して必死の思いで買いに来たのなら仕方ないけど。
>>160
あの時代のキーボードは単純なキーマトリックス回路を使ってた。
それだとNキーロールオーバーとかすると、
信号線で電流の逆流が起こる可能性があるけど
まだまだタッチタイプでキーを高速に打ち込む連中の存在を考えてなかったので
本来なら実害はなかったんですわ。
だからキーボードに大量のダイオードを追加する改造と
ソフトでキーボード補助ドライバを準備するなんて手もあった。
なお、現在広く使われてるキーボードは
実はキーを押したタイミングでキー入力とはせず
キーを離したタイミングでキー入力が行われたという扱いにしている物の方が多い。
これはそういう事情。 ビデオメモリ何メガかで表示できる色数が変わるから
昔はパソコン選びでビデオメモリも重要な指標だったな ローエンドモデルのディスプレイだけで10万越えの時代だったね >>202
スプライトがあったPCって、MSX、X68000、fmtowns くらいじゃないの?
それ以降はハードの性能が上がったから、力技でスムーズなキャラの動きやスムーズスクロールを実現していたような。 >>230
自己レス。
そういや88VAとかにもあったかな? >>230
townsはフレームバッファでスプライトやってたから当時で言うスプライトとは違うね >>129
昔のPCって、フォトショもイラレもないのに
何して遊んでたの?なんかできたの? >>236
グラフィックソフトはあったよ
あとゲーム、作曲、インターネット普及する前はパソコン通信
CDROM機なら曲も聞けるし
今とそこまで違いはない マック使いだっだけどフォトショもイラレも93年にはもうあったから
多分それよりもっと前からあったはず 最近、またプログラミングを20年ぶりに再開して、グラフィックなアプリをWindows上で書いてるが、なんというか、大したテクニックも何も必要がないw
マシンスペックが速すぎて、ウエイト入れなきゃ動きがおかしくなるほど >>189
友達のX1Cで音楽聞きたさに太陽の神殿をプレイさせて貰ったら文字がバーコードだったwww
漢ROM積んで無いから文字出ないんだよって悲しげに言われた
88ユーザーの俺 コマンド覚えててサクッとエンディングを見せてやった
やっぱX1のFM音源は音がいいや >>245
X1の音源はYM2151だっけか。
アーケードゲームにこぞって採用されたチップだったな。
その流れでX68000にも2151搭載だったような。 残念なのは3.5インチフロッピーが2Dの320KBだったんだよね
総天然色のCGが2枚も入らないw >>248
まああの頃のFDDはこのクラスでは2D一択だろうからな。
88のmシリーズでも2HDはちょっとオーバースペックみたいな空気だった。 走査線毎にパレットを切り替えて多色表示に見せかけるとかあったな T&Eは大半の新機種で真っ先に専用ソフト出して凄さを見せ付けてくれたけど、
やる度に弱体化していくのが目に見えてかわいそうだった
そしてついにあのヴァーチャルボーイで・・・(´;ω;`) >>253
遥かなるオーガスタの衝撃は忘れられない >>75
2kだと2^24で16777216色
4kだと2^30で1073741824色
8kだと2^36で68719476736色 厨房の時、学校の技術室にFM-TOWNSが整然と並んでいた様は今でも忘れんな デスフォースという77AV専用ゲームがあったけど、難しくて投げた。
クリアした人いる? 同じ4096色同時発色でもX1turboZ専用ソフトなんてほとんど発売されなかったんだぞ
それに比べてFM77AV専用ソフトはそこそこあっただろ贅沢言うな >>262
turboZどころかturbo専用のソフトも出なかった >>235
どう見ても少色環境での絵にしか見えないけど >>260
最後の出口の無い場所で場所で自殺するとクリアなんだぜ >>266
印刷に出す時インクにピンクを追加するといい感じになる値段が上がるけど デスフォース懐かしいわ。買ったけどやった覚えがないw TOWNSのセガタイトル移植が
素材ぶっこみ感丸出し 水平線がボッコボコのアフターバーナーとか出してたっけ >>235
職人芸だな
こういうのは限られた環境で情熱がないと発達しないから、もう引き継がれないな >>279
こういうエロゲーの存在は知ってたが、やったことはなかったな
にしても、半角カタカナのゲーム画面ってのは風情があるね >>281
まだ3DCGのテクスチャで生き残ってるぞ
いつまで持つかしらんが >>87
それプログラムがヘボいからじゃねーか
ちゃんとAPI叩いてドライブ取得してりゃそんなことにならねぇよ
あと98版Windowsには起動ドライブをCドライブにするオプションがありました >最終的にはPC-8801mkIISRシリーズの牙城を崩すことは出来ませんでした。
結局こうだったんだよな 100メガショックは平成生まれにはわからんだろうな 20の時に将来の為とかいっちゃってX68K買って貰ったわ
結局ドラゴンスピリット1回やっただけで売っちゃったけど
バブルの頃で親も給料高かったからなぁ >>286
そうPCATで作ってるプログラムはヘボが多かった
セクターサイズ512バイトで固定してたりとか >>235
なんかこのカッチリした色具合は見てて気持ちいいな そもそもどのパソコンも画質モードがあってゲームなら320 x 240px 26万色中256色同時発色って感じだったから26万色全色は使えなかった >>297
ttp://fm-7.com/museum/softhouse/fujitsu/520200600.html >>297
今まじまじとスペック表を見たら
AV40無印が足を引っ張ってるように見えるね。
FM-7系/AV/AV40/40EXと4種類のメモリマップがあるわけか。
たしかに640x200が4枚あっても使い道って無いよな。 >>264
パレットでやるのとディザリングでやるのはだいぶ差がある 26万色って65536色の4倍か
V-RAMにだいぶメモリを使っているな >>138
ドット単位で指定した色が出せないからボケた画像になるよな >>10
98とかいうパソコンでメーカーの公表値が16色だったのに
ゲームで32色とか出してたんでしょ? >>36
ニュー速でスタープラチナのCG見ると思わなかった 昔は同時発色数に制限があったからデータ側がフルカラー画像でも表示出来ないので、表示プログラム側でディザリング処理をして無理矢理表示してた
MAKIやMAG画像くらい昔だとデータ自体にディザリング掛かってて当時のデータを引っ張り出しても今は見れたもんじゃない画質のものもある。
80年代にほぼフルカラー出せてたのはUNIX系のワークステーションくらい。当時としては破格の性能だが値段も破格。
PC98末期くらいになると2Dアクセラレーションカード(今で言うGPU)でようやく1677万色が出せるようになった。
Windows登場でフルカラー環境とかネット接続を必要とする人が増えたからグラボ開発競争が起きたが、今生き残ってるメーカーは殆どない。
しかも当時はD-SUBによるアナログ接続でCRTモニタに出してたので発色が環境によって違うという…HDMI接続と液晶は偉大だなぁ。OLEDならさらに綺麗だけどPC用ディスプレイに使うと焼き付くという問題が残っている。 MZの時に薄くなってた小倉さんの頭がX1turbo出た辺りからふさふさになってて不思議に
思って見てたパソコンサンデー >>310
阪大のLINKS-1とかインパクトあったな >>36
輪郭抽出とぼかしレイヤーで今風の塗りになる恐ろしいテクニック >>310
16bitで良ければ68kであったけどね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています