桐生悠々と防空演習 週のはじめに考える

北朝鮮が弾道ミサイル発射を繰り返し、国内では避難訓練も行われています。かつて関東上空での
防空演習を嗤(わら)った桐生悠々なら何と評するでしょうか。

きょう九月十日は明治後期から昭和初期にかけて健筆を振るった反骨のジャーナリスト、桐生悠々の命日です。
太平洋戦争の開戦直前、一九四一(昭和十六)年に亡くなり、七十六年がたちます。

本紙を発行する中日新聞社の前身の一つである新愛知新聞や、長野県の信濃毎日新聞などで編集、論説の
総責任者である主筆を務めた、われわれの大先輩です。

■非現実の想定「嗤う」

(中略)

■ミサイルは暴挙だが

(中略)

政府は日本に飛来する可能性があると判断すれば、全国瞬時警報システム(Jアラート)を使って避難を呼び掛けます。
八月二十九日早朝の場合、発射から四分後に北海道から関東信越までの十二道県に警報を出しました。

とはいえ、日本の領域内に着弾する場合、発射から数分しかありません。政府は、屋外にいる場合は近くの
頑丈な建物や地下への避難を呼び掛けていますが、そうしたものが身近にない地方の都市や町村では、
短時間では避難のしようがないのが現実です。

八月の発射でも「どこに逃げるか、どのように身を隠せばいいか。どうしていいか分からない」との声が多く出ています。

住民の避難訓練も同様です。ミサイル発射を想定した国と自治体による合同の避難訓練が今年三月以降、
すでに全国の十四カ所で行われていますが、専門家からは訓練の想定や有効性を疑問視する声が出ています。

北朝鮮は、在日米軍基地を攻撃目標にしていることを公言していますし、稼働中であるか否かを問わず、原発に
ミサイルが着弾すれば、放射線被害は甚大です。

しかし、政府は米軍基地や原発、標的となる可能性の高い大都市へのミサイル着弾を想定した住民の避難訓練を
行っているわけではありません。有効な避難場所とされる地下シェルターも、ほとんど整備されていないのが現状です。

訓練の想定が現実から遊離するなら、悠々は防空大演習と同様、論難するのではないでしょうか。

■原発稼働なぜ止めぬ

戦力不保持の憲法九条改正を政治目標に掲げる安倍晋三首相の政権です。軍備増強と改憲の世論を盛り上げるために、
北朝鮮の脅威をことさらあおるようなことがあっては、断じてなりません。

国民の命と暮らしを守るのは政府の役目です。軍事的な脅威をあおるよりも、ミサイル発射や核実験をやめさせるよう
外交努力を尽くすのが先決のはずです。そもそもミサイルが現実の脅威なら、なぜ原発を直ちに停止し、
原発ゼロに政策転換しないのでしょう。

万が一の事態に備える心構えは必要だとしても、政府の言い分をうのみにせず、自ら考えて行動しなければならない。
悠々の残した数々の言説は、今を生きる私たちに呼び掛けているようです。

中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017091002000107.html