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暗殺者に同情的な文化は日本特有

――現代的暗殺にマスメディアが深く関わっているとすると、大正の暗殺事件の教訓を踏まえて、いまのメディアに求められる役割とは何でしょうか。

【筒井】暗殺という暴力は断じて容認できず二度と起こしてはいけない、という社会的な合意をつくり上げていく必要があります。そのうえでマスメディアの果たす役割はきわめて大きいはずです。

1921年9月28日に朝日平吾事件が起きた約1カ月後、原敬首相が中岡艮一(こんいち)によって暗殺されました。中岡を凶行に駆り立てた要因の1つは、安田善次郎を殺害した朝日がマスメディアや世論から糾弾されるより、むしろ同情・称賛されたことです。当事のメディア報道とそれによって醸成された世論によって、朝日平吾事件が原敬暗殺事件に連鎖したのです。

昨年の安倍元首相暗殺事件から約9カ月後の今年4月には、和歌山の漁港で岸田文雄首相に対して爆発物が投げ込まれる事件が起きました。両事件の因果関係ははっきりしていませんが、前者が後者を誘発した可能性は否めない。

岸田首相に危害を加えようとした木村隆二容疑者は、安倍元首相暗殺事件を模倣して犯行に及んだのかもしれません。これ以上「暴力の連鎖」を生まないためにも、マスメディアの報道のあり方を問い直さなければなりません。

――暗殺者に同情的な文化は、日本特有なのでしょうか。

【筒井】そう思います。大久保利通暗殺事件では、犯人の不平士族・島田一郎をモデルにした小説が暗殺の翌年に出版され、大衆の人気を博したほどです。日本の暗殺事件とその後の社会の反応を詳しく調べていくと、日本はこれほどまでに暗殺者に同情的な風潮が強かったのかと驚きました。

一方で海外を見渡すと、たとえばアメリカではこれまで、エイブラハム・リンカーン大統領、ウィリアム・マッキンリー大統領、ジョン・F・ケネディ大統領などが暗殺されましたが、犯人への同情的な意見はあまり聞かれません。

ケネディ大統領暗殺事件については、同事件を扱った映画『JFK』(1991年)をご存知の方も多いはずです。犯人のリー・ハーベイ・オズワルドは逮捕された2日後に殺害されていますが、彼には謎が残るばかりです。アメリカは暗殺者に対して非常に厳しい文化であり、他の欧州諸国もおおよそ同様の傾向にあります。