毎日新聞 12/1 17:52
https://mainichi.jp/articles/20221201/k00/00m/050/049000c

マスク姿の観客はほとんど見当たらず、ゴール裏からはサポーターによる大合唱が響く。国外から最大で約150万人の来訪が見込まれるサッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会。新型コロナウイルスが猛威を振るって以降、初めて世界各国から大観衆が集う巨大スポーツイベントは、感染拡大のリスクをはらみつつ、「コロナ後」の様相を呈している。

中東初開催のW杯は11月20日(日本時間21日未明)に開幕した。国際サッカー連盟(FIFA)によれば、1次リーグ第1戦の計16試合の観客数は収容人数の平均94%に達し、最多は24日のブラジル―セルビアの8万8103人。混み合うスタンドでは声を出しての応援が認められ、マスクを着用している観客を探す方が難しい。

入国規制や隔離措置など厳しい感染症対策を敷いてきたカタールだが、W杯開幕を前に「大幅緩和」にかじを切った。10月23日以降、マスクの着用義務は医療施設内のみとし、公共交通機関を利用する際の着用は任意とした。さらに渡航者はPCR検査の陰性証明も不要となり、W杯では入場制限が設けられていない。

大半の会場が無観客だった2021年夏の東京オリンピック・パラリンピックとはかけ離れた状況が広がっている。

◇「コロナ下」忘れそう
首都ドーハなど街の様子も「ポストコロナ」を思わせる。

W杯に合わせて開業し、各スタジアムを結ぶ地下鉄「ドーハ・メトロ」に乗れば、ノーマスクの各国サポーターの歌声や鳴り物が響く。街中では消毒液がなかなか見当たらず、現地で記者が「COVID-19」(新型コロナウイルス感染症)の文字を目にすることもない。

日本サポーターも、母国との違いに困惑を隠せない。川崎市の会社員、高島祥子さん(61)は「街の人々や景色を見ていると、コロナ下だったことを忘れてしまいそうになる」と衝撃を受けていた。大阪府高槻市の会社員、上浜利雄さん(54)も「日本人は真面目なので対策をきちんとやっているんだ、と改めて思った。帰国してから、何かあっては仕事で迷惑をかけてしまう。気を緩めないようにしたい」と語った。

◇日本代表は厳戒態勢
大会では当初、2日に1度、選手らの感染の有無を調べる検査を実施する方針が示されていたが、結局行われていない。試合会場での取材対応でも、チームによって温度差がある。

記者会見に出席する記者にマスク着用を求めるチームは、日本、イングランドなどに限られる。

11月21日に行われたイラン戦後のイングランドの会見では、ほとんどの記者がマスクを持参しておらず、スタッフが配るマスクの箱はすぐに空っぽに。会見中にマスクを外す記者に対して、スタッフが個別に「しっかり着用してください」と伝え回っていたが、このような対応は少数派だ。

出場チームの中で、日本代表は格段に厳しい対策を講じている。新たに合流した選手には、新型コロナの潜伏期間を考慮して3日間にわたり抗原検査を実施した。宿舎では、うがい・手洗いや手指消毒などの徹底が呼びかけられている。食事会場の円卓は席数を奇数にして、選手同士が正対しないようにしている。

ドーハ市内の練習拠点に報道陣が入場する際には検温があり、ミックスゾーン(取材場所)では選手も記者もマスク着用が求められる。中にはマスクを手渡されて不服そうな表情を浮かべる外国人記者もいるが、チーム関係者は「何が大事かと言ったら、一番は選手が試合に出ること。そのためにできることをやる」と強調する。

◇異なる「向き合い方」
専門家が懸念するのは、W杯を機に新型コロナの感染リスクが増大することだ。国際医療福祉大の松本哲哉教授(感染症学)は「マスクをせず大きい声を張り上げ、相当な規模の観客が、会場に3時間ほど滞在する。感染している人が絶対いないということはないので、スタジアム内で感染が広がるリスクは十分考えられる」と見る。

変異株の流入などの可能性を念頭に置きつつ、松本教授は「日本と海外とでは確実にコロナに対する向き合い方が違う。その典型が今回のW杯だと思う。リスクはあると思うが、世の中の状況を考えると、残念ながらやむを得ないのでは」とも指摘。「W杯のやり方がスタンダードだと思われたり、間接的に感染拡大を助長するようなきっかけになったりするのは怖い」と語る。

「コロナ後」に突き進む世界と、「コロナ下」で慎重姿勢を崩さない日本。その違いが顕著に表れたW杯だ。【尾形有菜、ドーハ細谷拓海、村上正、長宗拓弥】