0001湛然 ★
2022/10/02(日) 14:10:15.05ID:CAP_USER910/2(日) 12:02 AFP=時事
https://news.yahoo.co.jp/articles/047e825fb0058bb6e8e91f6552bc95a77ee42905
千葉県の蘇我スポーツ公園で開催された「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2022」でステージに立つAwich(2022年8月11日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News
https://newsatcl-pctr.c.yimg.jp/t/amd-img/20221002-00000015-jij_afp-000-2-view.jpg
【AFP=時事】私が日本のヒップホップクイーンになる──そう表明する沖縄出身のヒップホップシンガー、Awich(エイウィッチ、35)。反抗的だった10代でラップと出会い、米国で結婚し、その夫が銃で撃たれて死亡するなど、波乱万丈の人生を送ってきた。
ファンに伝えたいのは「自分自身のストーリーを受け入れる」こと。「そうやって私自身も世の中と向き合う強さを身に付けたから」だと言う。
ステージネームのAwichは、本名「亜希子」の漢字の意味を英語で並べた「Asian wish child」の略だ。10代の頃からラップを始め、沖縄のアンダーグラウンドのクラブで活動を開始した。
今年、アルバム「Queendom」でメジャーデビュー。ファッション誌ヴォーグ(Vogue)日本版で取り上げられ、東京・日本武道館で初の単独ライブを行うなど飛躍の一年を迎えている。
しかし過去には、活動を続けるのは難しいのではないかと思ったこともあるとAFPに語る。「自分が(ヒップホップ)クイーンだなんて、ずっと言えなかった」
「今チャンスに恵まれて、私の音楽、私の歌、私の言葉にこんなに共感してもらえて…すごいことだと思う」
メジャーアルバムのタイトルソングになっている「Queendom」では、19歳で米ジョージア州アトランタ(Atlanta)に移り住んだこと、そこで夫となる人と出会い、その人の死を経験したこと、日本で娘を育てるようになったことなどを歌っている。「私の人生を数分に凝縮したような曲」と言う。「だから歌うたびに、まるでジェットコースターみたいに感情の起伏がある」
ステージ上のAwichは、束ねた長い黒髪を大きく揺らし、あふれんばかりの自信をみなぎらせる。これまでの日本の音楽シーンとは「異質のエネルギー」でオーディエンスを挑発する。
自分にとって大切だと思うテーマについて発言することに躊躇(ちゅうちょ)はしない。反人種差別を唱える「Black Lives Matter(黒人の命は大切)」運動に参加し、また日本の女性は「かわいい」存在であるべきだという考え
■2パックとの出会い
教師の父と料理人の母の間に「浦崎亜希子」として生まれた。墓地に囲まれた、沖縄の大きな古い家で育った。
「沖縄はとてもスピリチュアルな場所」だと言う。「毎晩寝ようとすると、部屋の中に何か気配を感じて…それで一晩中、いろいろなことを書いていた」
14歳の時、米国の伝説的ラッパー、2パック(2Pac、本名:Tupac Shakur)のCDを聴き、夢中になった。そのリリック(歌詞)を勉強しながら自分の日記や詩に韻をつけていった。
5年後、アトランタの大学に留学する。在日米軍基地の約70%が集中している沖縄で「米国文化に囲まれて育った」影響もあったという。
戦争で大きく傷ついた沖縄。親戚には第2次世界大戦(World War II)で戦死した人もいる。祖父からは、米軍基地に忍び込んでスープの缶詰を盗み、貧しい近所の人たちと分け合ったという話を聞いたこともある。
「でも子どもにとってみれば、フェンス越しにアメリカの子どもたちの遊ぶ声が聞こえたり、遊んでいる場所が見えたりする。いろいろなものがカラフルで大きくて。みんなとてもフレンドリーなんだ」
「私たちはそういうことに複雑な気持ちを抱いている。それが、沖縄」とAwichは言う。「すべてが矛盾している」
■「怒りと悲しみ」
Awichはアトランタでアフリカ系米国人男性と結婚。曲のリリックにあるように「刑務所を出たり入ったり」を繰り返していた夫は、銃で撃たれて命を落とした。
まだ小さかった娘を連れて日本へ戻ったが、最初の2年間は「孤独で、途方に暮れていた」と話す。ただ「怒りと悲しみに向き合うため」に詩を書き続けた。