日本のテレビ番組『はじめてのおつかい』がNetflixを通じて世界に配信され、海外でも話題を集めています(タイトルは『Old enough!』)。

 筆者がまだドイツに住んでいた1990年代、夏休みに日本を遊びに訪れたときは、この番組を見るのが楽しみでした。未熟だけれど一生懸命な子どもたちの奮闘ぶり、テレビ画面越しに伝わってくる地元民の優しい雰囲気、そしてほのぼのとした独特なナレーションも好きでした。

 海外には『はじめてのおつかい』のような番組はありません。私の故郷であるドイツの場合、そもそも幼稚園児ぐらいの小さな子どもを「1人でどこかに行かせる」のは一般的な感覚とは言い難いからです。

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最も深刻な理由は「小児性愛者」の存在
 小さな子どもを1人でおつかいに行かせられない最も深刻な理由は、「小児性愛者(ペドフィリア)」の存在です。前述のドイツ人のお母さんは、「ペドフィリアが怖くて、子どもを1人で外に出すなんてとてもできない」とも言います。

 残念ながらペドフィリアの問題はどこの国にもありますが、日本よりもドイツの親のほうが子どもの被害について真剣に警戒している印象を受けます。ドイツの親は娘にテコンドーや柔道など格闘技を習わせることが多く、これは「女性として危険な目に遭ったとき、それに抵抗できるように」という防犯意識から習わせている側面もあります。

 筆者の場合、習い事には通っていませんでしたが、子どもの頃からドイツ人の父親に「歩道を歩くときは建物側でもなく、路上駐車が多い車道側でもなく、道の真ん中を歩け」と口が酸っぱくなるほど言われました。不審者に建物や車中に引きずり込まれることを心配してのことだったようです。

 そのほかにも、「子どもに愛想のいい男には要注意」「可愛い犬を連れた男は、その可愛い犬をもって、子どもの注意を引き、よからぬ行動に及ぶ可能性があるので信用しないこと」など、とにかく極端と言えるほど繰り返し言い聞かせられました。

 当時はまだ町中での監視カメラが一般的でなかった時代で、ドイツでは地下駐車場でのレイプが多発していた時期でもあります。

 筆者が思春期だった頃には、「地下駐車場には誰が潜んでいるかわからない。遠くから明らかに『女性がきた』とわかるような足音のするハイヒールを履くのは危ない」とまで言われました。

世界も日本のようになればいいのに
 ドイツで『はじめてのおつかい』が難しい理由は、治安だけではありません。「子育ての価値観」についても、日本とドイツの間には根本的な違いがあります。

『はじめてのおつかい』を見てもわかるように日本では、子どもがお店に向かう途中で寄り道をしても、地域の人が暖かくそれを見守ってくれます。きっと「子どもは地域全体が見守ることで育つ」という価値観が根付いているからでしょう。子どもが1人でお使いをするとき、その目的は「商品を買う」ことだけでなく、大人との接し方を知るなど「学び」の側面もあるわけです。

 一方のドイツでは、「子どものおつかい」に対して、「大人の用事のために、子どもを利用するのは虐待だと思う」という意見もよく聞きます。「本来は大人がやるべき仕事を、子どもにさせている」とドイツ人は捉えるわけです。しかし、そんなふうに考えていたドイツに住む筆者の友人も、Netflixで『はじめてのおつかい』を見てからは、その可愛らしさと日本の田舎の雰囲気の虜になってしまい価値観が変わったというので、人間わからないものです。

 ドイツと日本の両国で生活をしてきて思うのは、「世界も早く日本のようになれ」ということです。子どもがひとりでおつかいに行けるのは、周囲の大人の優しい心があってこそ。これまで述べてきたように、そうした雰囲気はなかなか一朝一夕で作り出せるものではなく、文化として貴重なものだと思うのです。

 もちろん欧米社会にも合理的で、日本よりよいところはたくさんあります。しかし、過去に「子どもをひとりでおつかいに行かせて、間違って店の物を壊したときに訴訟でも起こされたらどうするんだ」というドイツ人の懸念を聞いたときは、ちょっと悲しくなりました。だからやっぱり思うのです。世界も日本のようになればいいな、と。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3e84760ac4def2b147e8298a5e580d19b9c9389a