文春オンライン11/13
https://bunshun.jp/articles/-/50031

■初めてシード権を逃した東洋大学
まずは東洋大学です。酒井俊幸監督が就任して以来、初めて東洋大学が全日本大学駅伝のシード権を逃しました。6区で菅野大輝選手の足が痙攣するというアクシデント、7区でさらに順位が後退し、シード権に52秒届きませんでした。

近年の大学駅伝を特徴するような結果です。全体的にスピードのレベルがあがったことで、駅伝のメンバーに選ばれるようなランナーの走力に大きな差がなくなった。そのためひとつミスをすると、リカバリーが難しい。今回の全日本大学駅伝は首位がつぎつぎと入れ替わる。駒澤、順天堂、東京国際、早稲田、(そして青学がトップと併走)東洋大は終盤6区のアクシデントであったため、すべての負債をアンカーのキャプテン宮下隼人選手が背負う形となってしまいます。

宮下選手は2代目山の神・柏原竜二さんに憧れて「東洋大学で箱根5区を走りたい」と入学してきた選手。5区を走るためには、スピードよりも強さがもとめられます。つまり長い距離を押していく力はあるが、一気に差を縮めるようなスピードランナーではないということ。

■腕にはデカデカと「その1秒をけずりだせ」
さらに10月の出雲駅伝では、足の状態が万全ではなく、宮下選手はエントリーを外れました。足に不調を抱え、山登り職人である宮下選手が、7区までの遅れを挽回し、シード権を獲得するために必死で前を追いかける。1つ順位はあげたものの、シード権には届かずゴールした宮下選手の右足はテーピングでグルグルになっていました。そして腕にはデカデカと「その1秒をけずりだせ」の文字。

辛い状況にあっても、シードを落としちゃいけないという強い思いが、彼をゴールまで走らせたのでしょう。キャプテンはその大学の思想を体現できる選手がなるものですが、彼は本当の意味で東洋大のキャプテンなんだと心が熱くなりました。

ちなみに東洋大ファンの方々へ。全日本でお会いした酒井監督。「あのオセロは血糖値を測定するものなのです。レース前後の血糖値を図ってデータ分析してるんですよ」と、先日、出雲駅伝で聞きそびれた東洋大選手の二の腕に貼られるオセロについて解説していただきました。今回もやっぱり見惚れるぐらい格好良かったことをお伝えしておきます。

■前倒しで返済していく「ローン繰上げ返済駅伝」がトレンド
今回の全日本で、最近の戦術の傾向が見えてきました。「繰上げ返済駅伝」。これが駅伝戦術のトレンドのひとつになるのではないかと思っています。

ひと昔前であれば、東洋大の柏原竜二さんや山梨学院大学のメクボ・ジョブ・モグスのような、1区間で全てをひっくり返すゲームチェンジャーがいたものです。ところが、今の時代は全員のスピードが上がっていて、1人で全てをひっくり返すのは難しい。最終区間でどんなにごぼう抜きをしようが、トップに追いつかなければ負けは負けです。そして1つのミスをすると、リカバリーはとても難しい。だから最終区までになるべく負債が少なくなるよう、早め早めに前倒しで返済していく。これが「ローン繰上げ返済駅伝」です。

例えば全日本大学駅伝に滅法強かった駒澤大学はアンカーにエースの田澤廉選手を置くのがセオリーでした。実際、去年の全日本もその配置で優勝しています。ところが今回、最終区間の1つ前、7区に田澤選手を配置した。これは先に田澤選手に借金を繰上げ返済をしておいてもらい、最後はアンカーの花尾選手が貯金をキープして勝つという戦略でしょう。全日本大学駅伝のコース変更から4年目。それぞれの大学が戦術変更してきたことにも注目ですね。

■3区と6区で貯金を作ろうとした東京国際大学
「ローン繰上げ返済」の考え方は、東京国際大学にもみられました。普通であれば、優勝した出雲駅伝で最終区間を走ったスーパー留学生、イェゴン・ヴィンセント選手に再びアンカーを任せそうなものです。ところが起用されたのは序盤の3区。もう1人のエース丹所健選手もアンカーではなく、6区。

この配置は3区のヴィンセント選手で出遅れの負債を一気に返済。その後、遅れたとしても、再び6区で返済をしてトップにたち、7、8区の選手は無理をすることなく、自分のペースで、そのまま上位でゴールするという戦略です。結果的にヴィンセント選手と丹所選手が作った貯金は切り崩してしまい、チャレンジ自体は失敗しました。だけどここにはもうひとつの意図が感じられます。それは箱根駅伝や次のシーズンに向けて、多くの選手に単独でトップを走る経験をしてもらうという意図です。トップで中継車のすぐ後ろを走るのが「人生初めてで緊張する」ではなく、「車が風除けになって意外と走りやすいよね」などとみんなにトップで走ることに慣れてもらいたいわけです。
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