1945年デビューのピアニスト、80歳の頃に「ようやくピアノがわかってきた」
9/14(火) 15:47 読売新聞オンライン
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毎日ピアノに向かい、理想の音を追い求めている室井さん(8日、東京都世田谷区で)=守谷遼平撮影
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 100歳となっても、いきいきと自分の道を究める人たちがいる。1945年のデビューから76年間、国内外でピアニストとして活動を続ける室井摩耶子さん(100)=東京都世田谷区=は、コロナ禍の今年も舞台に立った。健康の秘訣(ひけつ)は、日々の練習と大好きなお肉の食事、そして、「ひたすら前を向いて、一日一日を生きること」と話す。(戸田貴也)

 「音楽って、音でつづる物語だと思うの」。9月上旬、室井さんはこう言って、自宅のレッスン室でピアノを弾き始めた。ベートーベンの「エリーゼのために」。明るい曲調のフレーズを奏でながら、「太陽が輝き、窓の白いカーテンがひらひらしているようなイメージ」と解説する。

 理想の音を表現するため、毎日の練習は欠かさない。演奏会の前は1日7〜8時間、ピアノに向かい、納得がいくまで音符一つ一つを確かめる。「80歳の頃にようやくピアノがわかってきた。間違えずに演奏することだけが、音楽ではないわ」。今年4月、演奏会で観客席に語りかけた。

 6歳でピアノを始めた室井さんは、1941年に東京音楽学校(現在の東京芸大)を卒業。戦時中の45年1月にオーケストラとの共演でデビューしたが、「何かが足りない。それは日本人だからだろうか」という思いが募った。

 35歳のとき、クラシック音楽の本場で学ぼうと、単身でヨーロッパに留学した。そこで、80歳代の女性ピアニストが、孫をあやすような優しい音色を奏でていたことに心を揺さぶられた。国籍や年齢にとらわれず、個性を追い求めることが大切だと気づいた。

 40歳代で出版社が選ぶ「世界150人のピアニスト」に選ばれ、評価が高まった59歳のとき、今度は日本に戻ると決めた。「今の評価に甘えず、母国で真剣勝負をしたい」と再スタートを切った。日本のプロオーケストラと共演を重ね、74歳からは、曲の解説を交えたトークコンサートを始め、80歳代になって、手応えがでてきたという。

 100歳となり、手指を素早く動かすことや、暗譜は若い頃と比べると難しくなりつつある。できないことは受け入れながらも、「100歳だから」と自分に限界を設けないように心がけている。

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