0001伝説の田中c ★
2021/07/18(日) 20:07:19.82ID:CAP_USER9卓越したテクニックと得点力を誇ったジーコ氏は、母国の名門フラメンゴで長年プレーし、ブラジル代表としても1978年、82年、86年とワールドカップに3度出場。セレソンの10番を背負ったスーパースターは、91年に鹿島の前身である住友金属に加入し、“常勝軍団”の礎を築いて94年に引退した。その後は日本代表監督などを経て、現在は鹿島のテクニカルディレクターを務めている。
そんな伝説の司令塔が、自身の公式インスタグラムに住友金属時代のスーパーゴールの映像を投稿した。来日した1991年の8月18日に行われたJSLカップ1回戦・三菱自動車戦(現・浦和レッズ)のものと見られるが、10番を背負ったジーコ氏は敵陣でボールを受けると、ゴールまで20メートル以上ある位置から左足を一閃。ドライブ回転のかかった一撃は相手GKの頭上を破りゴールネットを揺らした。
ジーコ氏はこのゴールについて「美しさだけでなく、歴史的にも私はこれが本当に好きです」と振り返っている。当時の住友金属は93年のJリーグ開幕時からの加盟が決まっていたものの日本サッカーリーグ(JSL)2部に所属しており、同1部の三菱などよりも戦力的に劣ると見られていた。そのなかでジーコ氏自身がゴールを決め、チームも勝利したことから、思い出深い一撃になっているようだ。
ジーコ氏は最後に「現在、住友はJリーグの鹿島アントラーズで三菱は浦和レッズであり、日本で最大のライバル関係が続いている」と、30年を経た2チームの関係性に言及。自らが礎を築いた鹿島とJリーグの発展に、感慨深い様子だった。
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