【柔道】吉田秀彦氏「奇跡信じてた」古賀さんとのお別れ全文 [征夷大将軍★]
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日刊スポーツ2021年3月29日17時16分
https://www.nikkansports.com/sports/news/202103290000698.html
24日に53歳で死去した92年バルセロナ五輪柔道男子71 キロ 級金メダルの古賀稔彦さんの葬儀・告別式が29日、川崎市内の寺院で営まれた。柔道関係者ら約1000人が参列した。
弔辞はバルセロナ五輪男子78 キロ 級金メダルで、柔道私塾「講道学舎」で苦楽を共にした後輩の吉田秀彦氏が読み上げた。進行役から「お願いします」と名前を呼ばれてから約1分間は言葉が出ず、涙で言葉に詰まりながら大好きな先輩へ6分37秒のラストメッセージを送った。
以下、全文。
「早すぎますよ。亡くなる前日、会いましたね。その時、手を握って頑張ってと声をかけたら、先輩は手を握りかえしてくれましたね。その感触は今でも残ってます。あれは『俺頑張るよ』という返事だと思ってました。先輩との出会いは私が中学校3年の時。講道学舎で。その時、先輩は高校2年生。既に柔道界のスーパースター。もちろん私の中でも憧れの先輩でした。ヒョロヒョロで柔道も弱かった私を投げやすいからといって付き人にしてくれましたね。柔道以外でも耳かきがうまいからといって毎晩のように先輩の部屋に呼んでくれましたね。先輩の部屋には学舎では禁止のTVが隠してあって、先輩の耳かきをしながらそのTVを見るのが楽しみな時間でした。先輩は大学生になってもいつも学舎の私の部屋に泊まりにきてましたね。気が付くと先輩のぶっとい腕で、腕枕で寝てたこともありましたね。そして私のパンツを勝手にはいて、じゃあまた後でといって練習に行ってましたね。先輩の近くにいたから柔道でも先輩に追い付きたいと思うようになり、いつか同じ世界の舞台で戦いたいという夢ができました。その夢が実現したのがバルセロナ五輪。日本中から金メダル確実と言われていた先輩。けがをさせてしまった時、頭の中が真っ白になりました。今でも思い出します。その日、選手村に帰ると、先輩私に気を使って『俺これで金メダル取れるよ。だからお前も絶対に取れ』といってくれましたね。でも実際先輩はベッドから動くこともできない状態で、いつ棄権を申し出るのかと思っていました。それから試合までの10日間はほとんどの食事を取らないで減量に励み、本気で金メダルを取ろうとしてる、その姿を見て、この人なら本当に金メダルを取れるかもしれないというふうに思わせてくれました。古賀先輩の頑張りに報いるためにも先輩の前日に試合がある私は絶対金メダルをとって先輩にバトンをつなごうという思いでした。この先輩と過ごした10日間で強い精神力、勝つためには何をしなければいけないかを学びました。そんな強い精神力を持った先輩がまさかがんに負けると思いませんでした。ともに過ごしたバルセロナの10日間を見ていたので、先輩なら必ずがんに打ち勝ってまた奇跡を起こしてくれると信じていました。今まで先輩のマネばかりしてきました。先輩のマネをすれば強くなるんだな。先輩がひげを生やせば僕も生やして試合に出ました。でもこんなに早く死ぬことだけはマネできません。もっと先輩と語りたかったです。天国でゆっくり休んで下さい。先輩、東京でやる五輪、見たかったですよね。日本選手の活躍を楽しみに見守って下さい。先輩にサヨナラを言いたくないのでお疲れさまでした。 令和3年3月29日 吉田秀彦」 亡くなる前日に会ったなら、病状は聞いていたんだなぁ
やりきれない お疲れ様
いやな挨拶だ
「さようなら」って、じゃあね、くらいの軽い挨拶で俺は好きだけどね ガンに勝つことが奇跡か…
相当悪かったんだな。
何で癌になるんだろ。
死亡の一番の原因なのに治せない。
難しいね。 テレビで訃報を聞いて本人の顔写真が出たときに、あまりいい印象がなかった。何でだろうと調べたら、本人の父親がガンで治療で奥さんが看護していたが、そのとき愛人とホテルに入っていくのがマスコミにバレて離婚になったという記事が目に付いた。早いもので、それから25年、その愛人と入籍し、複数の子供にも恵まれ子供は柔道をやっているということだ。 日本柔道の象徴のような人だったよね。
80年代以降だと山下と古賀。
五輪実績に限れば斉藤、野村のほうが上かもしれんが
山下と古賀はやはり別格のような気がする。
これ書きながら気づいたが、二人とも足を
負傷しながらの金メダルだね ガキの頃サンデーで読んだ吉田秀彦物語を思い出した
合掌 >>6
長生きできるようになったけど、身体はやっぱりガタがでてくるんだろ
昔はガンになる前に死んだ 古賀稔彦さんに向けての言葉
・山下泰裕「惜しい人を亡くした。東京五輪を見てほしかった」
・小川直也「高校時代からの付き合いだから…言葉が出ない」
・吉田秀彦「早すぎますよ。奇跡を信じてました」
・内柴正人「12号房、便水願います!」 耳かきとか部屋に泊まりに来てぶっとい腕枕で寝るとかホモの話かよ・・・ >>1
やはり腎臓癌だったのかな。
格闘技の人はプロテインを過剰摂取し過ぎだから職業病だなあ、もう。 五輪前に怪我したときの相手、吉田だったのかw
寿命縮んだろうな、お互い しんみりと読んでたら
思ってたのと違う方向に話が行った 腕枕だの自分のパンツ履いて帰っただの気になりすぎるだろ 漫画の「柔ちゃん」て古賀選手を参考にしてるのか?
一本背負い・無差別級と。 >>25
80年代以降の柔道漫画は全て古賀の影響を受けてる 今吉田って何してんの?
格闘技やってていきなり消えたよね? >>27
帯をギュッとね!の主人公もだよね
粉川だし >>1
良い弔辞だね。古賀さんの人と為りが分かってみんな思い出を思い返してみ送ったと思う。
>>16
さいごのとこ笑えんな。内柴が何歳迄生きるのか興味ある。
>>19
てかステロイド増強剤の方じゃないかな?血管を傷めるのは。
今だと大野将平くんが一番近いところにいる感じかな。丸山くんも完成されてそう。阿部くんはもっと技術入れれたら楽しみ。
古賀さんは左右どちらでも掛けれたのが凄かったのと、やはり神社石段うさぎ跳びとか足腰が強く片足でもタイミングを狙えたのが尋常じゃないところか。
巨人の星の柔道版だよね。 しかしこんなにあっさりと世の中から消えていいのだろうか
そんな小物ではなかったと思うが
人のしとはこんなに軽かったか あれだけ強靭な肉体・精神力があっても簡単に死ぬんだな…まったり生きることにするわ >>40
スポーツは体に悪いだろ、活性酸素取り過ぎで 手を握り返したりの下り、亡くなった母を思い出す
練習で何度となく触れた先輩の手が弱々しくなったのは
辛かっただろうな 腕枕とか人のパンツ穿いたり
も、もう、これは
アッー! パシリが金メダルとってしまったレアケースw
でもこれ読むと吉田がうまく世の中渡ってきた理由がわかった気がする 耳掻きまでやる間柄だったのか
もう少し時間があれば
アッー!
だったな >>1
どう見てもBLw
お疲れさまでしたアーッ! 弔辞の内容はともかく、彼以外をおいて誰が言えるだろうと思うね
戦友だったから、亡くなる前の日にも会うことが出来たんだろうし こんな強い男が50代で死に、腕立て1回もしたことない俺のばあちゃんは90代。何なのだろう? >>15
言葉はあれだが確かにそう言う感じなんだろうと思う
特に寮に入ったりしてるような選手は憧れのかっこいい先輩と慕ってくれる可愛い後輩の間で恋人に似た信頼関係というか絆が生まれたりすることは結構ある
先輩みたいになりたいって感情から真似するのも子供だと普通にある >>1
不倫相手と結婚して子供まで生まれたのは奇跡だろw ・早すぎますよ
・先輩は〇を握り返してくれましたね
・その感触は今でも残っています
・毎晩のように先輩の部屋に呼んでくれましたね
・気が付くと先輩のぶっとい・・・
・頭の中が真っ白になりました >>58
分かるw
僕も柔道してて高校は寮に入ってたけど憧れてた先輩の真似してたw
先輩のルーティンとか真似したし食いもんも同じもの食べたりとかぶっちゃけ服も色違いの同じのとか買ったりしてた、、、
側から見たら馬鹿そのものっていうかホモ?みたいに思われてたかもしれないけどそういう感情じゃなくてなんか少しでも先輩のレベルに近づきたくてなんでも良いから真似したことあるわw
それこそ先輩が髭剃らなきゃ自分も剃らないぐらいのレベルで真似っこしてたわw 長男、次男ドルウリ崩れの芸能活動でフジテレビに出てたぞ 吉田は本当にショックだったろうよ
完全なる舎弟だっだもんな。しかも憧れてる上に超絶な負い目まで感じてる舎弟 >>30
パーク24という実業団の総監督?やってる。 >>27
柔道部物語は最初は緩い部活ものにしてすぐ畳む予定だったのが
古賀稔彦からファンレター貰ったので
気合入れて真面目にやったって作者が語ってたな
三五vs飛崎戦の片手背負いは親交のできた古賀の試合を見に行った時の技を漫画で使わせてもらったとか あの時期の、後の時代にも語られる伝説級の柔道四天王って古賀、吉田、小川、田村って感じかな
田村はその後もオリンピック出続けて、次の世代メンバーにも入るけど
しかしこの中で純粋に柔道だけで存在感を示し続けた古賀さんは凄いな
引退後、それぞれ、柔道家(指導者)、総合格闘家、プロレスラー、政治家だし >>73
古賀さんは本当に柔道家というか三四郎だったなと思うわ
天才なんていうと安っぽく聞こえるけどほんとに天才だったと思うし本当にかっこよかったし柔道が柔道であることを示してくれた唯一の存在だと思ってる
無差別と言いながら実際は重量級しか勝てない全日本で決勝まで行って当時世界王者の小川選手と7分やりあうとか後にも先にもいない
惜しくも準優勝だけどボクシングみたいなPFPがあったらダントツ古賀選手だったと思うしあと一歩でそれを実現できるレベルまで到達していたことがすごい
顎技が無茶苦茶綺麗
試合なのに教材ビデオのお手本に使えるような綺麗な技をいくつも使いこなしそれを綺麗に決めて一本勝ちする選手は古賀さん以外で見たことがない
本当に残念でたまらない 金メダリストだけど求道者という感じではなくやたら女にだらしない、でも人懐っこくて憎めない
会ったことはないけどそんな人だったんじゃないかと思うよ >>27
花マル伝の主人公も古賀式一本背負やってたな >>77
花マル伝メッチャ好きな漫画だったけど古賀さんモデルに勝った時はマジあり得んと思ったw
漫画だから仕方ないけど
花マルお前じゃない!!!
って思ってしまったw どっちかって言うと篠原モデルに勝ったことの方があり得んレベル
まあ新花マル伝はインフレし過ぎて力関係訳分からんことになってるからな 吉田が合宿所の風呂場でYWRちゃんとやりまくってた伝説好き どんな大物でも今は大規模な葬式やってないのに
脳筋はやるんだわ
ニュース見てないこの人たちがオリンピックで集まったら
どうなるやら スポーツ選手は短命多い
平均60代
活性酸素は発癌、老化のリスク
体にいいのは適度な運動まで >>86
ただの大物ならここまではしないだろ
少なくとも日本柔道界にとってはここまでしなきゃ気が済まないレベルの他に類を見ない至宝だったんだよ >>90
時期が違う
バルセロナの60kg級代表は越野忠則
野村が代表になって金取るのはその後だし、更に3連覇でレジェンド評価されるのは更に後 >>56
過度な運動を続けるのは寿命を削っているという事だよ >>26
同じこと思った
ガンに負けたとか言わんでもって
勝負の世界で生きてきた人たちだから感覚が違うのかも ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています